エピソード37 開いた空の下の痕跡
セイガの言葉のあと
古い役所の中庭はざわつかなかった
むしろ
さらに静かになった
ランゼは左のアーチのそばに残り
盾の縁を石に押し当てていた
ショーンゴは乾いた水盤のそば
底のひびより少し右に立っていた
セイガは帳簿部屋の前の石段にいた
ケルトはショーンゴの後ろ
散らばった紙のそばにいた
リオルは中庭の左側
人々に近い場所に残っていた
ミロスの姿はまるで見えず
ただ軒の下の影だけが不自然なほどまっすぐだった
メラとランとレルタは右側
低い壁と脇道への出口の近くに立っていた
最初に沈黙を破ったのはデランだった
- どの帳簿がないんだ
セイガは窓の奥の暗い廊下から目を離さなかった
- 受け渡しの綴じ帳だ
と彼は言った
- 借りの帳簿じゃない
- 倉の帳簿でもない
- 上の列と下の列が一つになっていたやつだ
- ここで記された人間が
- そのあとどこへ回されたのか
- それが全部つながっていた
アーチのそばの赤い髪の女が青ざめた
- じゃあ それがないなら
- 人はただ消えただけだって
- まだ言えてしまうのね
- 言える
ケルトが答えた
- それどころか
- お前たちの勘違いだとまで言える
- 借りだった
- 逃亡だった
- 移送だった
- 真実以外なら何にでもできる
オルデクは重く息を吸い込んだ
印章の箱はまだ
皆の前の乾いた石の上に置かれていたが
もう
さっきまでより小さく見えた
- あの帳簿は偶然持ち出されるものじゃない
と彼は言った
- 真っ先に救い出されるか
- それとも
- 誰にも何が起きたか分かる前に
- 先に隠されるかだ
ショーンゴはベレンを見た
- 誰が触れられる
ベレンはすぐには答えなかった
手首のそばの袖の縫い目に触れる
倉庫の前でもそうしていた
あの癖のままだった
- 俺
- オルデク
- 年かさの書記
- それと
- 上から個別の許可を持って来る者だ
デランが目を細めた
- 上って
- どこからだ
ベレンはその視線を受け止めた
- この中庭の上だ
人々のあいだを
短く重いざわめきが走った
恐慌ではない
もっと悪いものだった
この町の机そのものが
最初から自分の足で立っていなかったと
急に分かった瞬間のざわめきだった
サルマが空いた腰の鎖を強く握る
- 誰が持っていったの
と彼女は問う
セイガはようやく石段を下りた
ショーンゴの少し右に立ち
人ではなく
アーチの上の空
屋根越しに見える明るさのほうを見た
- 持ち出した奴は
- 中庭を通っていない
と彼は言った
- もっと早くに
- 乾いた通路を使った
- その先はもう地下じゃない
- 町の上だ
それで変わったのは意味ではなく
感触だった
地下は終わった
だが嘘はもう
下の回廊を走ってはいない
生きた家々のあいだ
地上の道を走っている
ショーンゴは一度だけ頷いた
- ランゼ
- 中庭はお前に任せる
- 動かねえ
とランゼはぶっきらぼうに返した
- リオル
- 人を見ろ
- 読み上げが始まったら
- 群れが裂ける前に拍を切れ
リオルは短く手首をなぞった
- 分かった
- ケルト
- 紙と印と倉から出た帳簿を見ろ
- 先に
- もう隠せないものから始めろ
ケルトは黙って頷いた
余計な言葉はなかった
まるで
この瞬間を長く待っていたみたいだった
- デラン
- お前はここだ
- そのつもりだった
とデランは言った
- サルマ
- オルデク
- 一言もなく動くな
- 鍵と印章は石の上に残せ
サルマは言い返さなかった
オルデクもただ鈍く息を吐いただけだった
それからショーンゴは
セイガとメラとランとレルタを見た
- お前たちは俺と来い
メラがわずかに眉を上げる
- もう自分がいなくても
- 中庭は持つと思ってるのね
- 今
- この町を握ってるのは中庭じゃない
とショーンゴは言った
- 時間だ
ミロスの声がどこか横から落ちた
姿は見えない
- 俺は上を行く
- 行け
ショーンゴは答えた
彼らは古い中庭を
暗い通路からではなく
そのまま町へ出ていった
通りの空気はもう
湿った石ではなく
遠くの窯の灰と
暖まった木の屋根と
乾いた埃の匂いだった
太陽は倉庫の前にいた時より低い
光は建物のあいだへ
長く差し込んでいた
窓にはすでに人がいた
群衆ではない
顔だ
カーテンを少しだけ開ける者
玄関先へ出てくる者
ショーンゴたちが通りを進むのを見ると
子どもの肩を抱いて家の中へ戻す者
左後ろには役所前の広場
右へ行けば西の倉へ続く通り
さらに屋根の向こうには
町壁の上端と
門の暗い輪郭が見えた
セイガはショーンゴの右
建物の壁に寄るように歩く
足元は見ない
影と光の継ぎ目だけを追っていた
よその痕跡が残るとしたら
そこだとでも言うみたいに
ランは左寄り
石畳から固い土へ変わる町の縁を歩いた
何度も指先で荒い壁に触れる
聞いているのは町ではない
その乾いた背骨だ
メラは倉と物置の扉寄りを歩いた
見ているのは奥ではない
錠前
庇
脇道
長いあいだ人が
見せてはいけないものを隠してきた
その習慣だった
レルタは少し後ろに残る
見せつけるように背を守るわけじゃない
ただ
後ろの役所前の中庭と
前の路地から出てくるかもしれない誰か
その両方が見える距離を保っていた
ショーンゴは真ん中だ
急ぎはしない
だがこの行列を
ただの石畳の上の移動だとは
町に思わせなかった
二つ目の角で
道は二つに分かれた
左は店並みと古い市の方へ下っていく
右は倉のあいだを縫って
布と蝋と草を干す建物の並ぶ細い坂へ上がる
そっちの風はもっと乾いていた
湿り気ではなく
油と埃と熱を持った板の匂いがした
セイガは分かれ道で止まった
- 右だ
と彼は言った
- あの帳簿は地下では運ばれていない
- 人の少ない
- 日の当たる方を通った
- 蝋を湿らせないためだ
メラが鋭く彼を見た
- ただ運び出したんじゃない
と言う
- 受け渡しの形に整えてた
ショーンゴは先に右へ進んだ
細い通りは
長い倉庫の列のあいだを抜けていく
左には
重い扉と鉄の輪のついた低い倉
右には
木の柱に支えられた乾燥小屋の列
上の窓は開いていて
中から熱い空気がゆっくり流れてくる
そこへ乾いた蝋の匂いが混じっていた
窓辺のひとつには黒い鳥が止まっていた
下を見下ろす目は
この町などとっくに見飽きたと言いたげなほど静かだった
通りの先
乾燥小屋の向こうには
西門の一部が見えた
門の前にはすでに衛兵が二人
検めを待つ荷車が数台
ここからでもそれは見えた
それが
どんな闇より鋭く刺さった
逃げる先が深淵ではなく
夕方の光のほうにあるからだ
ミロスは声より先に屋根の上に現れた
暗い影が屋根の縁を滑り
次に乾燥小屋の庇へ移り
それから初めて声が下へ落ちた
- 二つ目の窓
- 右だ
- さっきまで煙ってた
セイガはもうそこを見ていた
乾燥小屋の細い上窓が少しだけ開いている
木の縁には
細い緑の蝋の筋があった
小さい
だがまだ新しい
ショーンゴは扉を壊そうとはしなかった
乾燥小屋の右手にある
外階段へ向かった
木の階段で
通りに面して開いていた
下には乾いた縄が二本
空の籠が二つ転がっていた
- ラン
ランがいちばん下の梁に触れる
- 二人が上がってる
と平らに言った
- 一人は
- 自分の足で下りていない
レルタは通りの先
西門のほうへ目を向けた
- もし帳簿がまだここにあるなら
- もう長くはない
- もし無いなら
とメラが低く言う
- その先で迎えられている
それで十分だった
ショーンゴが先に上がる
すぐ後ろにセイガ
左寄りにメラ
ランは階段の途中に残り
板の軋みを聞いていた
レルタは下で
通りと入口の両方が見える位置に立つ
ミロスはまた上のどこかへ消えた
乾燥小屋は地下の間とはまるで違った
あまりにも生きていた
足元の薄い板には
昼の熱がまだ残っている
細い窓からは黄ばんだ夕方の光
天井からは
草や布を干すための空の枠が吊られていた
壁の隙間からは
町の鈍い音
門の金具の鳴る音
遠い犬の吠え声
下の人声が聞こえてくる
右の窓の下には
ひっくり返った丸椅子があり
部屋の中央寄りの机には
大きな帳簿があったはずの
四角い埃の跡が残っていた
そして奥の壁際
棚と机のあいだには
年かさの書記が横倒しに倒れていた
ショーンゴが近づいたのは
死体ではない
机のほうだ
セイガはその左へ立ち
板
窓の縁
割れた封蝋の欠片へと視線を走らせた
- 帳簿はここから持ち出されてる
と言う
- もっと前にここへ運ばれて
- 出されたのはそのあとだ
メラは死んだ書記ではなく
机の四角い跡を見ていた
- ここは隠し場所じゃない
と低く言う
- 受け渡し場所
- 長く置いていたんじゃない
- ここで待っていた
ランは死体のそばにしゃがんだ
触れずに
首の角度と
床と
靴を見る
- 逃げようとしたんじゃない
と平らに言う
- ここで自分の役目をさせられて
- そのあと消された
ショーンゴは窓を見た
その向こうでは
もう日が西門の上端に触れていた
細い開口から
通りの乾いた風がまっすぐ入ってくる
ミロスは棚の陰から
音もなく現れた
それにメラでさえわずかに反応した
彼の指には
封蝋の小さな欠片があった
- ここの印じゃない
と言う
- 町の印でもない
欠片は鈍い緑色だった
そこには小さな刻印
花びらのような
裂けた葉のようなものが押されている
セイガが屈み込む
- 倉では見たことがない
と言う
- 倉のためのものじゃないから
メラが返した
彼女は誰よりも遅く机へ近づいた
木のほうが
人より先に自分を思い出すのを恐れているみたいに
- 一度だけ見た
と言う
- 単独の許可証についていた
- 町の中から来たものじゃない
- 下にも写しは残らない
- 上から来て
- そのまま先へ流れるものだった
ショーンゴが彼女を見る
- どこの上だ
メラは必要以上に長く黙った
背後の窓からは西門が見える
下では誰かが衛兵に叫び
荷車の車輪が石を打った
- 外の机だ
と彼女はようやく言った
- そこから先は
- 断りたくても断れない
下の階段からレルタが鋭く声を上げた
- 通りが動いた
- 門の前
それと同時に
倉の側にいた若い衛兵が下から叫んだ
- 包みだ
- 西の列だ
- 検めへ運ばれてる
ショーンゴは窓へ寄る
体を全部は出さない
門へ続く横道が見えるだけの位置で止まる
下
二台の荷車のあいだを
旅装の外套をまとった男が歩いていた
頭巾は深く下ろされている
包みは手ではなく
外套の下
腰の脇の帯に固く固定されていた
その横には門の衛兵がいた
止めもせず
むしろ送り出すように歩いていた
その衛兵の袖で
最後の陽が一瞬だけ
緑の封蝋を光らせた
ショーンゴは瞬きもしなかった
ただごく低く言った
- つまり帳簿は
- もう町から出ていくんじゃない
- 町を通って先へ渡される
ミロスはもう窓のそば
セイガは立ち上がり
ランは階段のほうへ頭を向け
レルタは下で立ち位置を変えていた
メラはその衛兵の袖の緑の光を見て
さらに顔色を失った
ショーンゴは西門を見ていた
そこでようやく
いちばん大事なものがはっきりした
町は
死んだ結び目からは引き剥がした
だがその町のさらに上では
もう別の秩序が長く動いていた
そしていま
それは彼らの目の前で
自分のために門を開けていた




