エピソード36 乾いた石の上の鍵
倉庫から古い役所まで
人々は群れになってではなく
ちぎれた波のように動いた
デランの手の帳簿を追う者
ショーンゴとその仲間のあとにつく者
真実がもう日の下に出てしまった以上
板の下へ押し戻すことなどできないと
ただそれだけを感じて歩く者
ベレンは最初でも最後でもなく
そこへ上がった
まだ鍵と印章と
慣れきった秩序の残りを握っている者たちを
集めるだけの時間はあった
だからこそ
古い役所の中庭は静けさではなく
彼らより先にここへ届いていた緊張で迎えていた
古い役所の中庭は
倉庫より一段高いところにあった
長い上り坂が一つ
その先に石の家々のあいだを曲がる細い角が二つ
中庭の中央には
とっくに干上がった水盤があった
底には埃と枯れ葉と
一本のひびだけが残っている
水盤の左には
通りへ抜けるアーチの黒い口
右には
帳簿部屋へ上がる低い三段の石段
さらにその先
軒の下には
印章と紐と古い箱をしまった小部屋が並んでいた
倉庫の前でショーンゴが出口を見ろと言った若い衛兵は
もう裏の倉へ抜ける通路に立っていた
鼻のつぶれた大柄な衛兵は
アーチを押さえていたが
ランゼが近づき
盾の縁をその左の石へ立てると
何も言わず半歩だけ脇へずれた
自分でも
どこが本当の線なのか分かったみたいだった
ショーンゴは乾いた水盤のそば
底を走るひびより少し右で止まった
そこなら
アーチも
帳簿部屋への石段も
通りから集まってくる人の流れも
全部見えた
セイガは右寄り
帳簿部屋の前の一番下の段に立った
体で塞ぐのではない
横の通路と
書記机の奥の窓
その両方が見える位置にいるだけだった
ケルトは水盤のそば
ショーンゴの少し後ろに残った
ミロスが倉庫で奪った綴じ帳の表紙を
何度も乾いた掌で触れる
紙ではなく
その中にある嘘が
あとどれだけ保つのかを確かめるみたいに
リオルは人々に近い側へ移った
だが群れの中には入らない
左手は水盤の縁に置き
右手は自分の手首の拍を探っている
彼が見るべきは帳簿ではない
顔だった
メラとランとレルタは
右の低い壁と軒の近くに立った
町の側でもなく
まだ仲間の側でもない
古い秩序にはもう戻れず
新しい側にもまだ名を与えられていない
その狭い場所に立っていた
デランは第二の波と一緒に来た
帳簿は
紙や革以上の重さを持っているように
両手の中にあった
硬貨はまた指のあいだにあったが
今度も回ってはいなかった
赤い髪の女も小さな子と一緒に来た
二人は真ん中でも端でもなく
リオルより少し左
アーチ寄りに立った
子どもは
もう溺れるように袖へ縋ってはいない
母の手を握っていた
人は一気には集まらなかった
二人
三人
一人
そんなふうに波になって入ってきた
昨日までは
互いの目を一瞬以上見ようとしなかった者たちが
今はそこで立ち止まり
誰が最初に口を開くのかを待っていた
ケルトが低く言う
視線は帳簿から離さない
- まだ少しでも骨のある連中が残ってるなら
- 手ぶらでは来ない
- そうでないなら
- こっちから取りに行くしかない
ショーンゴは帳簿部屋の石段を見ていた
- 来る
平らに言う
- まだ何かを握り直せると思ってるからだ
その読みは外れなかった
最初に中庭へ入ってきたのは
四十五ほどの女だった
痩せていて
黒髪
顎は高い
腰では細い鍵の鎖が
歩くたびに腿へ当たっていた
袖は不揃いに捲られ
指には青い蝋の染み
そして言葉の前に
親指と人差し指で二本の鍵をきゅっと挟む
それだけが
自分を保つ方法みたいだった
名はサルマ
町では長く外倉を任され
どの錠がいつ軋むかまで知っていた
そして必要以上に長く話したことがない女だった
その後ろには
肩の丸い大柄な男
飾りのない暗い外套
こめかみには白いものが混じり
左の頬には古い傷の跡
両手には
小さな木箱を抱えていた
青銅の留め具付きの箱だ
木でも金具でもなく
慣れた世界の最後の欠片でも入っているみたいに
慎重に持っていた
名はオルデク
町の印章を預かる男で
人より錠前を信じるとよく言われていた
その半歩後ろに
ベレンが現れた
あの
指にインクをつけ
手首のそばに傷を持つ
痩せた男だ
髪は相変わらず整っていたが
目までは疲れを隠せていなかった
背後には書記が二人
一人は年かさで
唇は薄く
指はインクで黄ばんでいる
もう一人は若く
痩せ
尖った顎の下に
灰色の怯えを隠しきれていなかった
サルマが最初に水盤の前で止まる
頭は下げない
すぐにも喋らない
ただ
アーチのそばの見張り
ひびの横に立つショーンゴ
デランの手の帳簿
右の壁際のメラ
それを順に見た
指のあいだの二本の鍵が
小さく触れ合う
- じゃあ本当なのね
静かに言った
メラは頷かなかった
ただその視線を受け止めた
- 本当
と答える
オルデクは水盤の縁に木箱を置いた
蓋へ置いた掌だけが
一呼吸ぶん長く残る
- これが本当なら
ベレンもショーンゴも見ずに言う
- 日が落ちるまでに
- 町の半分は
- 自分は何も知らなかったと思い出し始める
デランが乾いた笑みを浮かべる
- もう半分は思い出し始めてる
ベレンが半歩前へ出る
急ぎはしない
だが人々と
鍵と印章を持ってきた者たちとのあいだに立つ位置だった
- だからこそ
- こんな中庭ででもなく
平らな声で言う
- 群衆の前ででもない
- 帳簿は文脈を失う
- 人は
- 俺たちが秩序を支える前に
- 互いを裂き始める
リオルはすぐそれを聞き取った
自分に言うみたいな小ささで
- こっちのほうが本音だ
と言う
- 自分だけじゃない
- 町そのものが今ここで裂けるのを怖がってる
ケルトがようやく帳簿から目を上げた
- もう裂けてる
と言う
- 問題は
- 誰が最初に破片を拾うかだけだ
サルマが短くベレンを見る
- で
- どこへ運ぶつもりだったの
と問う
- 役所の下か
- それとも最初から火か
ベレンは彼女のほうへ体を完全には向けない
- 町が今夜を越えられるようにしたかった
- 証人抜きで
デランが乾いて返す
オルデクは自分で留め具を外した
中には印章が三つ
重く丸い町印
それより小さい徴税印
そして細長く平たい
倉と物資の印
中庭の人々は
その金属を見た
ざわめきの質が変わる
印章はもう言葉じゃない
何年も
口を
扉を
借りを閉ざしてきたものだからだ
ショーンゴは箱に触れなかった
- そこへ置け
と言う
水盤の縁の
皆から見える位置を示して
オルデクは一瞬だけ止まった
それからその場所へ箱を置いた
人々が少し前へ寄る
押し合いではない
答えへの飢えのせいで
セイガが石段に立ったまま
ふっと頭の角度を変える
人ではない
書記机の奥の窓を見る
- 左の窓
低く言う
- 中に誰かいる
ベレンのそばの若い書記が
肋を打たれたみたいに震えた
ショーンゴは振り向かない
- ミロス
軒の下からは何も返らない
だが一呼吸のあと
窓のところで何かが跳ねた
乾いた紙束が外へ放られる
地面へ落ちる前に
黒い手が空中でそれを掴んだ
次の瞬間には
ミロスが窓の少し右
軒の下に立っていた
紐で括られた書類束を手に持っている
いつそこへ現れたのか
ほとんど誰も見ていなかった
若い書記は完全に青ざめた
- 俺は
と言いかける
- 後だ
ショーンゴが断つ
ミロスは水盤まで歩き
箱の横へ束を投げた
衝撃で紐が解け
紙が乾いた石の上へ散る
数枚は裏返り
そこに書かれた行が
中庭の全員に見える向きになった
最初に屈んだのはケルトだった
その目はさらに乾いた
- 二段書きだ
と言う
- 上段は町向け
- 下段は下へ回す分だ
そのあとの静けさは短かった
だがここまででいちばん重かった
赤い髪の女が一歩近づく
ベレンにではなく
紙に
指先は一つの行の上で震えた
触れはしない
- これ うちの夫の名前
喉の奥で言う
- 借りじゃない
- 引き渡しって書いてある
後ろから来ていた老いた荷運びが
頭を寄せる
- こっちは俺の弟だ
と言う
- 逃亡で消えたと聞かされてた
- うちの父親もある
人々の中から声が上がる
声は増えた
まだ叫びにはなっていない
だがすでに
一つ前の波より重い波として
中庭を打ち始めていた
ベレンが強く顎を噛む
- お前たちが見ているのは断片だ
はっきり言う
- 本帳が無ければ
- ただの切れ端でしかない
- ここで群衆に行だけを食わせれば
- 町は
- 互いを裂き始める
ショーンゴはそこで初めて
まっすぐベレンを見た
- なら全部言え
平らに言う
- ここで
- 今
- お前たちが何年も下へ送ってきた者たちの前で
ベレンはその視線を
一瞬しか保てなかった
- お前は
- 秩序が真実だけで保たれると思っている
と低く言う
- 違う
- 人間は
- 真実を小分けにされるからこそ耐えられる
サルマは
初めて彼を同じ側の者ではなく
長く知っていた汚れを見るみたいに見た
- その小分けを選んでたのは
- こっちじゃない
と言う
オルデクはゆっくり木箱を閉じた
だが手は離さない
- それに
- 俺たちだけでもない
と付けた
ケルトはそこをすぐ拾った
- 後だ
短く言う
- 先に
- まだ燃えてないものを押さえる
セイガはまだ窓と
その奥の暗い通路を見ていた
- まだ二人いる
と言う
- 一人は包み紐の棚のところ
- もう一人は奥の机のそば
- 逃げてない
- まだ持ち出せるものを探してる
ランゼはアーチのそばから動かなかった
だが声は
盾が石を打つみたいに中庭を渡る
- ここで一言もなく帳簿へ手を出した奴は
- 次は担がれて出ることになる
ランが軒下の低い壁へ掌を滑らせる
- この壁の向こうに
- 裏庭へ抜ける細い通路がある
と平らに言う
- そこを押さえないと
- あっちから逃げる
レルタがそちらを見る
- 私が立つ
と言う
返事も待たず
そのまま右の壁沿いへ歩いた
乾いていて
無駄がなく
扉が終わる場所と
逃げ道が始まる場所を
最初から知っているみたいに
メラはすぐには動かなかった
長く散った紙を見ていた
それから小さく
だがショーンゴには十分聞こえる声で言う
- 地上でも同じことをしてた
- 板も
- 結び目も無しで
- ただ机越しに
ショーンゴは一度だけ頷く
- だから暗い部屋にはしない
今度は皆へ向けて言う
- 帳簿はここで開く
- 一行ずつ
- 証人の前でだ
- 綴じ帳一つにつき
- 通りごとに二人立てろ
- 閉じた扉は無し
- 火も無し
- 自分たちだけで都合よく説明する時間も無しだ
ショーンゴはサルマを見る
- 外倉の鍵は
サルマは二本の鍵をさらに強く握った
指の骨が白くなる
- 私が持ってる
と答える
- 置け
中庭が止まる
ベレンでさえ
完全に彼女へ向き直った
サルマは乾いた水盤を長く見た
それから
赤い髪の女を
老いた荷運びを
その手につかまる小さな子を
下段の行を
オルデクの箱を
順に見た
- 私は
- あんたのためにやるんじゃない
ショーンゴへ言う
- でも
- あんたに逆らうためでもない
- 朝までに
- また町の半分が
- 今度は紙の上でだけ消えるのが嫌なだけ
そして
水盤の縁へ鍵の輪を置いた
金属が乾いた石へ当たる音は
大きくなかった
それでも
全員に届くには充分だった
オルデクはその鍵を
数拍ぶん見ていた
それからもう一度箱を開き
細長い倉印を取り出して
その横へ置く
- 壊れるなら
掠れた声で言う
- せめて暗闇の中ではなく
- 壊れろ
ベレンは
肋骨を一本抜かれたみたいな息を吐いた
- 二人とも
- 何をしてるのか分かってない
と言う
- 分かってる
サルマが返す
- ただ
- 初めてあんたたちのためじゃなくやってるだけ
デランが水盤へ歩み寄る
硬貨を
鍵と印のあいだへ置く
- もう隠せない
静かに言う
群衆はさらに近づいた
ショーンゴへではない
石へ
金属へ
紙へ
これまで閉じた扉の向こうでしか生きていなかったものへ
ショーンゴは人ではなく
動きを見ていた
ランゼが左のアーチを押さえている
セイガが右で
机と隠し場へ通じる線を読んでいる
リオルは人の拍を見て
群れが斬り合いへ傾かないようにしている
ミロスは
ついさっきまで紙を隠そうとしていた場所にもう立っている
ケルトは乾いた行の中に
地下の結び目と同じ仕組みを読んでいる
メラとランとレルタは
認めていなくてももう
仕組みではなく
その葬りに手を貸している
そこでショーンゴは言った
その瞬間から
この中庭はただ集まる場所ではなくなった
- 今この時から
- この町の記録は
- 証人無しでは一つも消えない
- 倉は
- 二組の目が無ければ開けない
- 印章は
- 閉じた扉の向こうで紙に落ちない
そしてベレンを見る
- お前はここに残って話せ
- 先に尽きるのが
- お前か
- お前の嘘か
- それだけだ
ベレンはもう言い返さなかった
諦めたからじゃない
見えたからだ
この中庭が
力に従って動いたのでも
怒声に従ったのでも
恐れに従ったのでもないと
初めて見えるようになったものに
人が動き始めたのだと
鍵は乾いた石の上にあり
印章もその横にあり
下段の行は誰にでも見えていた
もうこの町は
何も起きなかった顔はできない
地下では結び目が死んだ
そしてここ地上では
人を紙の中に隠す
古いやり方が
今まさに死に始めていた
セイガは窓の向こうの暗い通路から
一度も目を外していなかった
- まだ終わってない
静かに言う
- 一冊足りない
ショーンゴがそちらを見る
- どれだ
セイガは一拍ぶん息を止め
それから答えた
- 倉庫から出る前に
- もう持ち出されてた帳簿だ




