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エピソード28 核の敷居

地上では 町がもう完全に目を覚ましていた

だが 口を開く者は少なかった

空気そのものが 余計な音を嫌っているみたいに


井戸のそばには あの灰色の目の男がいた

背は中くらい

肩は広い

暗い短い上着

指の間で硬貨がまだ回っている

一度

二度

三度


その隣に 赤い三つ編みの女が立った

灰色の外套

巻かれた袖

目には疲れがある

それでも背はまっすぐだった


- また感じたの


男は水から目を離さない


- ああ


- 今度は何


硬貨が指の間で止まる


- もう乾かしてはいない

- もっと下で

何かが目を開けたみたいだ


倉庫の下


アーチの向こうでは

橋の感触がまだ足裏に残っていた

まるで石がまだ確かめているみたいに

ここまで来たのが自分たちの足なのか

それとも 他人に書かれた道筋なのかを


円い広間は

これまで下で見てきたどの場所よりも大きかった

高い黒い板が 円を描いて並んでいる

平らで

滑らかで

文字はない

巨大な本の頁みたいに

読むためじゃない

書き足されるための頁


床は輪になって下へ下へと落ちていく

次の輪は前の輪より低い

そして一番下

この広間には深すぎる距離の底で

一点だけが鈍く灯っていた


火じゃない

結晶でもない

見たこちらを見返してくる

そんなものだった


ショーンゴは最上段の輪の縁に立つ

ランゼはすぐ後ろ 中央 盾は斜め

セイガは左 光の糸を石板の縁へ

リオルは右 黒い板のそば

ケルトはショーンゴの肩の後ろ

乾いて 青い

ミロスはすでに二枚の黒い板の間の影に消えていた

この広間そのものが

彼に別の入口を渡したみたいに


レルタとランは後ろのアーチで止まる

それ以上は進まない


レルタが短く 親指で手袋の縁をなぞる


- ここが敷居

- これより下は もう廊下じゃない

- これより下は 意志よ


ランは中央を見たまま

瞬きもしない


- 自分の歩幅を失えば

この広間が代わりに選ぶ

- どこへ落ちるかを


ランゼが鼻を鳴らす


- ここは何でも人の代わりをしたがるな


ランは静かに彼を見る


- だからお前たちはまだ生きてる

- そうでなければ とっくに問われもしない


ケルトが息を飲む


- ここまで来たなら

敷居で止まるのが一番悪い


ショーンゴは答えない

見ているのは黒い板だ


一見すると全部同じ

だが違う

左側の二枚の間の継ぎ目は細い

右側の三枚の間では石の呼吸が違う

そして真正面

中心へ向いた一枚だけは

セイガの光をまったく返さなかった


セイガもそれに気づく

光の糸を輪の下へではなく

板と板の継ぎ目へ置いた


光が黒に触れる

その瞬間

縁に細い灰色の網目が浮かぶ

まるで板は一枚の塊ではなく

もっと細い線で組まれていたみたいに


- 記録がある

セイガが囁く

- 上にはないだけだ


リオルが右の石に触れ

すぐ手を引く


- 冷たさが石のものじゃない

- 触れられた記憶を持ってるみたいだ


ショーンゴは次の輪へ一歩


その瞬間

新しい感覚が来た


渇きでも

圧でも

歩幅を奪われる感じでもない


反響


この広間そのものが

いまの動きを少しずらして真似したみたいに

すぐそばで

もう一人のショーンゴが

違う角度で足を置いたみたいに


ランゼも緊張する


- 聞いたか


ケルトがすぐ返す


- 横を見るな


遅かった


右の黒い板には もう映っていた

鏡じゃない

影でもない


ランゼ

だが盾がない

セイガ

だが光がない

リオル

だが両手は骨まで乾いている

ケルト

まるで最初から ここにいなかったみたいに


そして中央には

ショーンゴ

顔は同じ

だが立ち方が違う

この広間に

自分の名を名乗る権利を渡してしまった者みたいに


板が瞬く


規則が動いた


広間の空気は重くならない

逆に 従順になる

だが こちらにではない


最初に顔色を失ったのはリオルだ

胸に手を当てる

自分の心臓が

まだ自分の拍で打っているか確かめるみたいに


セイガは

光の糸が間違った板へ行きたがるのを感じた

継ぎ目じゃない

光を失った自分の像へ

まるで広間が

空っぽの形に従うほうが楽だと勧めてくるみたいに


ランゼは盾を強く握る

失うのを恐れるみたいに

声は低くなる


- こいつは見せてる

- 俺たちを どうしたいかを


ショーンゴは中央の板から目を離さない


- 自分を見るな

- 縫い目の嘘を見ろ


板の間の闇から ミロスの声

低く

だが正確だ


- 全部 少しずれてる

- 同じ場所に立ってない

- この広間は角度を誤ってる


セイガはすぐに

一番近い二枚の板の継ぎ目へ光を走らせる

像へではなく

像の下へ


光は刃みたいに置かれ

黒の下の灰色の網目が震えた


ランゼが一歩前に出る

板の中の自分へじゃない

その横へ

盾で継ぎ目へ


強打ではない

だが正しい


黒い面が波打つ

割れない

ただ 一呼吸だけ均衡を失う

盾を失ったランゼの像が横へ流れた

まるで広間自身が

その像を信じきれていなかったみたいに


リオルはその瞬間を掴む

熱を身体へではなく

彼らの間の空気へ流す

記録された姿ではなく

まだ残っている本当の拍を思い出させるために


ショーンゴが掌を上げる

だが圧は前へ出さない


像と身体の境目をずらした

まるで刃で

人を間違って写す権利そのものを裂くみたいに


微細な代価はすぐに来る

右手が重くなる

体の他の場所は一瞬だけ危うく軽くなる

心臓が歪み

床が半掌ぶん遠ざかったみたいに感じる


それでも 境目は動いた


中央のショーンゴの像が乱れる

顔はまっすぐ

だが肩だけが別の角度へ流れた

広間が形を保てなかったみたいに


後ろのアーチで

レルタが小さく息を吐く

初めて 冷たさのない息だった


- 彼は記録を受け入れなかった


ランは中央から目を離さない


- いや

- 記録のほうを誤らせた


黒い板が輪になって応える


音ではなく

回転で


一枚

次に二枚

そして三枚


ゆっくりと内側を中心へ向けた

その裏にあったのは像ではない

道筋

すべてが下の一点へ集まっている


セイガが青ざめる


- ただの広間じゃない

- 分配盤だ


ケルトが囁く


- なら 町全体がここを通ってる


ショーンゴは下を見る

床の輪を見る

板の間の線を見る

底の一点を見る


今はもうはっきり分かる

中央には ただの灯りじゃないものがあった

細い石の台

その上に 浮いた暗い結び目

ポンプより小さい

だが密度はもっと高い

圧縮された意志みたいなもの


その時

輪の底のさらに向こう

深いところから声が来た


静かで

大きくない

だが二度聞きたくない声


- ずいぶん長く案内されたものだな


ランゼはさらに盾を握る

セイガは糸を上げる

リオルは壁から離れる

ミロスは影の中で止まる

ケルトはまったく動かない


ショーンゴは下を見たまま


- 自分の足で来た


広間は一瞬 静まり返る

黒い板さえ回るのをやめたみたいに


同じ声が下から返す


- 見せてもらおう

- まだ何が お前たちのものなのか

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