エピソード21 壁のない線
地上では街がまだ夜を抱えていた
だからこそ 払う音が聞こえた
路地で誰かが犬を呼ぼうとして
名は最初の音で消えた
喉から言葉を引き抜かれたみたいに
店の階段で女が一歩
止まる
次の一歩が 頭の中で生まれなかった
倉庫の下
石の拳の中の光が震えた
細くなる
鋭くなる
指じゃない
規則に締められているみたいに
ショーンゴが一番近い
拳から半歩の距離
ランゼは中央
盾は斜め
腹と胸を覆う
セイガは左
床の線に沿って光の糸
リオルは右の壁
指は温かい
血を受け止める準備
ケルトはショーンゴの背
肩が触れるほど近い
迷わないために
ミロスは後ろの影
通路寄り
退路を見る
気配を光らせない
ナイルは右側
札を握り潰しそうな手
目は怒り
石の拳が もう一ミリほど緩む
中から線が出る
光でも廊下でもない
壁のない線
境界そのもの
線は闇へ伸びる
壁が無いのに
扉みたいに
開くのは空間じゃない
許可だ
ナイルが掠れた声
- お前らはまだ知らない
- それは光じゃない
鍵だ
札を上げ
指の骨に打ちつける
拳のそばの石が短く瞬いた
灯りじゃない
捺印みたいな瞬き
空気が濃くなる
肋に吊るされたみたいに
ショーンゴの頭の中で 自分の名が一瞬小さくなる
いま名を言えば それが支払いになる
セイガが歯を食いしばる
光の糸が崩れかける
縫い目みたいに保つ
壁のない線を消させないために
ランゼが囁く
- 引き戻してる
拳をまた握らせたいみたいだ
リオルが盾のベルトに触れる
指の熱
一息だけ
ベルトの灼けが消える
石と治癒が 一息だけ折り合ったみたいに
ケルトは黙る
黙り方を覚えた
沈黙も道具になる
ナイルが拳へ一歩
その瞬間 床から黒い糸
ナイルへじゃない
壁のない線へ
切らない
線を借りとして書き込もうとする
道そのものを他人のものにするために
ミロスが消える
次の瞬間 石と糸の継ぎ目にいる
刃が糸へじゃない
根元へ触れる
冷えが手首を叩く
石が言うみたいに
触れた分も払え
ミロスは動じない
刃の角度を変える
糸が自分から裂けたがる場所を探す
ショーンゴが掌を上げる
圧が戻る
硬い
鉗子みたいに
床の糸は動きの途中で止まる
壁のない線は細いまま
それでも生きている
ショーンゴはすぐ代価を感じる
右腕が重い
心臓が一拍ずれる
空間が一秒だけ拗ねる
それでも立つ
ナイルが短く笑う
喜びはない
- 結び目を押せ
押せ
結び目は餌が好きだ
また札を打つ
石の拳が急に締まる
中の光が震える
壁のない線が細くなる
見えない指で喉を絞られたみたいに
セイガが歯の間から
- 奪ってる
光る権利そのものを
ランゼが盾を拳へ寄せる
殴るためじゃない
方向を塞ぐため
金属が石に鳴る
暗い痕が走る
負債の烙印みたいに
ランゼが息を吐く
- 祝い事だな
ここで倒れないのが
ケルトが肩を揺らす
笑いじゃない
その手前
ショーンゴはナイルを見ない
拳を見る
糸が集まる場所
街の勘定を支える場所
圧をずらす
石へじゃない
握るという仕組みへ
規則の指の間に楔を入れるみたいに
石がカチリと鳴る
割れじゃない
許可が正確に外された音
拳の光が弾ける
一秒だけ
地上の街が息を吐く
路地で声が戻り
階段で二歩目が生まれ
誰も倒れない
その一秒で ミロスが弱点を掴む
刃が継ぎ目をなぞる
黒い糸が音もなく裂ける
最初から割れたかったみたいに
壁のない線が 髪の毛ほど広がる
そして今度は伸びるだけじゃない
呼ぶ
ナイルが半歩下がる
逃げじゃない
道具が危ないと 身体が理解した動き
- お前らは破っている
ナイルが言う
語尾が鈍る
廊下が怒りの欠片を持っていく
ショーンゴが小さく返す
- 奪うなら
返せる
掌を拳へ近づける
触れない
だが圧が一点に届く
拳がもう一ミリほど緩む
光が外へ出る
欠片じゃない
塊だ
長い間 握られていたものが そのまま出てくる
光が空気に触れた瞬間
空気が軽くなる
リオルが鋭く息を吸う
自分の呼吸だと分かる
セイガが耐えきれず
ほとんど無音で
- これ 俺たちのか
ショーンゴは言葉で答えない
言葉は代価になる
ただ指を握る
光が彼の方へ寄る
命令じゃない
犬が勝手に主を選ぶみたいに
壁のない線が震え
通路になる
扉でもアーチでもない
闇が一歩だけ退く場所
その向こうは暗いんじゃない
正しい
戦うものじゃない
署名するものの気配
ナイルはショーンゴを見る
目の中に新しい項目
こいつは人みたいに折れない
道筋を折る
- いい
ナイルが言う
- なら本人に見せろ
闇の奥で音が落ちる
歩みじゃない
声でもない
空の行に印が押される音
ショーンゴが通路へ一歩
頭の中で 自分の名がまた小さくなる
廊下が借りとして消し込みに来る
ショーンゴは許さない
前へ進む
光を手で持たない
意志で持つ
はっきりした
奪ったのは力じゃない
証拠だ
街は勘定から切り離せる
だから次は
勘定のほうが
自分でここへ来る




