第8話 多忙な生徒会長+2
千秋の理解不能な行動により、桐谷の小さな悲鳴が聞こえてきた。
茜色の空色が部室に射し込み、床や紙は暖かな色を反射していた。
「八前庶務…?」
「皆さんに協力してほしいことがあるんです。今から10分ほど、静かにしていてくれませんか? もちろん、部活動は続けていただいて構いません」
千秋の要請に壁新聞部の部員は従い、夜居八以外の二人の部員は壁新聞部としての部活動を再開する。
「ちょっと八前庶務! 勝手な行動は――」
「会長、協力してほしいんです。今は詳しく説明することはできませんが、仕事を受け持った借りを返すと思って協力してくれませんか」
「で、でも……それとこれとでは話が違います」
「なあ、生徒会庶務。生徒会長サマには言ってねぇのか?」
夜居八の言葉に桐谷はハッと何かに気がつき、千秋を敵視する。
「なるほど。八前庶務も仕掛け側だったんですね」
「残念ながら、俺や夜居八先輩たち壁新聞部の部員はほとんど仕掛けられた側なんですよ」
「でもっ、八前庶務は夜居八さんと手を組んでいたんでしょう?」
「そうですね。組んだのはつい最近ですが」
「なら、余計に怪しいですっ」
桐谷は千秋に対する信用と行動の正統性を見つめ合わせていた。
その中には自身の願望を含まれていることは桐谷自身も分かっていた。
「生徒会役員が悪事に手を貸すのは生徒会の信用問題に関わるんです。それを分かっていてやったのであれば、私は八前庶務であろうと強く非難します」
「説明してやればいいじゃねえか。ここにはオレたち以外誰もいないんだからさ」
「……分かりました。ただし、質問は後々返答するので、俺が話している間は静かにしていてください」
桐谷はすぐに千秋の出した条件に頷く。
壁新聞部部室に備え付けられている背もたれのない四つ足の椅子にそれぞれ座り、千秋は小さなため息をついて話をする場を整える。
「全て言いますけど、夜居八先輩は構いませんね?」
「好きにしろ」
「なら端的に言います。夜居八先輩は南谷先輩を当選させたくないと考えていたので、周りの評価を下げるためにあるポスターを制作していたんです。それがあれですね」
千秋はホワイトボードにマグネットで止められたA4サイズのポスターを指差した。
人の目を引く赤色と黄色が特徴的なポスターに書かれているのは、嘘などではなく、本当にあったことだけ。
視界の端で桐谷が固まっているのに気付いて、千秋は「見えなかったら立って見に行ってもいいですよ」と呼び掛けるも反応がない。
「会長?」
「……寝た、のか?」
目を閉じて前傾姿勢で椅子にちょこんと座る桐谷に何を言おうが反応を示さない。
過度な披露が薄暗い教室という空間と椅子に座ったことで眠気を増幅させたのだろう。それほど桐谷は疲れていたのだ。
「何日も連続で大量の仕事に追われてましたからね。夜居八先輩も見たと思いますが、会長、結構な隈ができてましたよ」
「あれ隈だったのか。目付きが悪いのかと思ってたんだが」
「それは流石に酷いですよ。ひとまず、毛布とかの暖を取れるものはありませんか?」
千秋が立ち上がって部室内を探してみるも、そのようなものは何一つ見当たらない。
「段ボールなら腐るほどあるが」
「敷いて寝るならまだしも、寝ている人を移動させるのも大変ですし、座ったまま段ボールに体を突っ込むわけにはいかないですよ」
「それ以外は厳しいぞ。まずここは寝るところじゃないし」
「それはそうですけど。お昼寝同好会くらいじゃないですか、部室で寝るのが普通なところ」
「そんな部活あるのか……」
夜居八が諦めていることを悟り、千秋は自身のブレザーを脱いで桐谷に羽織らせる。
「俺ので我慢してください」
「……お前ら、付き合ってるのか?」
「まさか。これはただの親切心です。元来、俺は嘘吐きですから、こんなに誠実な会長とは釣り合いませんよ」
「今のもどこまでが嘘なのか測りかねるな」
「もしかしたら本当に付き合っているかもしれないですね」
ニヤニヤして言うと、夜居八も冗談であることは理解してくれた。
ともかく、これで後は犯人がここに来るのを待つだけだ。
「本当に来るんだろうな」
「来ますよ。そうでなければ、人として疑います」
「そこまで言い切る自信があると」
「ただし、条件があと一つ確定しないと成り立たないですけど」
「条件?」
「ここの部屋の鍵ですよ。どこにあるかが分からないですけど、それを持つ人物が犯人でないと成り立たないんです」
「なるほど。だが、そこは問題ない。昨日鍵を持ち出した人物がいてな」
「前梁先輩ですか」
夜居八は小さく頷く。
これで条件は揃った。あとは犯人に気づかれないように静かに待つだけだ。
すやすや眠る桐谷がいきなり寝言を言わなければいいのだが。
全員に2連続のメッセージを送ってから早5分。
長森がついてこなかったことと会長があれほど真っ当な人物ということを知らなかったこと以外は完璧だった。
千秋の目論見通りの結末を迎えるのはもうすぐだ。
先程までの慌ただしかった部室は、今では物静かなものに変わっていた。
全員が手を止め、廊下からの音に集中する。
足音からして人数は一人、金属がぶつかる音も聞こえてくる。
「……来ますね」
「……どうやら、そうらしいな」
小さな声で千秋と夜居八は言葉を交わし、作業をする他の部員に手を止めるように合図する。
足音はやはり壁新聞部の部室の前で止まり、何かを床に置いた音の後、鍵を開けた。
ドアの溝に指をかけてドアを開けた犯人が見えたその時、千秋は犯人に向かって言う。
「お疲れ様です。南谷先輩」




