第9話 生徒会選挙には裏がある
「一体何のことかしら」
足元にポツンと置かれた投票箱の向こう側でシラを切る南谷に千秋は少し煽ってみせる。
「俺の予想より遅かったですね。道にでも迷いましたか?」
南谷は千秋と壁新聞部の部員たちを睨んで歯噛みする。
足元の投票箱を跨いで壁新聞部の部室に踏み入れると、千秋を指差して高らかに宣言する。
「この方が全て指示したのですわ!」
南谷の言葉に釣られる人間はおらず、誰もが不快な視線を送りつけていた。
「南谷先輩は知らないようなので特別に教えてあげます。人には信頼が必須なんですよ。誰かの上に立つ役職なら余計にです。行動一つで上げることだって下げることだってできるんです」
「そもそも、あなたは何様のつもりかしら。人に説教をする程、位のある人ですこと?」
盗みをしておいてよく位がどうこう言えるな、などと言いたい気持ちは山々だったが、ここで暴れられてカッターや画鋲などの怪我の危険性が高いものを手にされては困るため、ここは一旦我慢する。
「俺はどこかの偉い家庭の出身でもありませんし、富んだ家庭の出身でもありませんよ。所謂、一般の人ですね」
「そのような方が何をもって私に説教をする権利があるのかしら?」
「権利なんてありませんよ。俺が持つのは理由だけです」
「理由なんて意味を成しませんわ。私に必要なのは良い結果と希望だけ。それを阻む方々はみな敵ですわ」
「なら、俺もその敵というわけですか」
「今すぐここを出ていくというのなら話は別ですわ。ですが、そうでないのならあなたも私の敵ですわ」
一歩ずれて廊下へと続く道を開ける南谷は、どうやら千秋を試しているらしい。
壁新聞部の部員たちが見守る中、千秋は南谷と対峙する。
「……分かりました。では、俺は邪魔にならないようにしますね」
夜居八と他二名の壁新聞部の部員は驚きの声を上げるが、こればかりは致し方ない。
千秋が廊下に出ると、南谷から一言、「懸命な判断ですわ」と上から目線で告げられた。
(すみません会長)
先に謝っておき、千秋は足元に置かれた銀箱を蹴った。
金属が変形しながら甲高い音を響かせてドアに当たり、ドアに側面を擦らせながらドアのレールの上で止まる。
同時に部室からは「ぴにゃぁ!? なに!? なに!?」と桐谷の可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「ちょっとあなた何をしているの!?」
「何って、単なる嫌がらせですよ。投票用紙を盗んだ罪人に対してですけど」
「罪人ですって? 誰がそんな――」
「あなたしかいないですよ。南谷先輩」
開いた口を静かに閉じ、南谷は軽蔑するが如く態度で示していた。
まるで、やってもいないのに犯人にでっち上げられたかのような仕草に、千秋はため息をつく。
その中でも、一人だけ現実を受け入れられていない人物がいた。
「美琴ちゃん、本当なの?」
「……桐谷さん、どうしてあなたがここに」
「生徒会の仕事と投票用紙を取り返しに、です。それよりっ、美琴ちゃんが投票用紙を盗んだって本当なの?」
「……。」
大切な友達に大きな嘘を吐くには、それなりの覚悟と責任が必要だ。
その友達を手放す覚悟と、友達の信用を裏切った責任だ。
自身のブレザーの上に千秋のを羽織る桐谷は、千秋のブレザーが落ちないように肩の位置で手で押さえながら立つ。
「南谷先輩、正直に言う方が後々楽ですよ」
「……ええ。そうですわね。投票用紙を盗んだ犯人は私ですわ」
「美琴ちゃん……」
これで一件落着だ。
せめて南谷が少しでも楽にできるよう、千秋は壁新聞部の部室のドアだけ閉めておく。
「別に、私はもう逃げも隠れもしませんわ」
「いえ。誰かに聞かれるのを防いだだけです。今回のことは他の誰かに言うつもりもありませんし、議題に挙げるつもりもありませんから」
「どうして、あなたが議題のことを……いえ、そういうことでしたのね。あなたも桐谷さんと同じ生徒会でしたか」
「はい。第24回生徒会庶務であり、第25回生徒会会計になります」
「あなたは権利を持つ役職についておきながら、私に権利がないと嘘をついたと?」
「そうですね。でも、先に嘘を吐いたのは先輩ですよ」
南谷は自身の行動を振り返り、大きなため息をついて過去の自分を責めた。
人類が感情を持ってから今日に至るまで、人は嘘によって他人を惑わせ、自身の過ちや行動を後悔する。それがこの世の真理だ、と言った人がいた。
それには続きがあった。
その経験を得て、人は正しい道を選び、他人と共に歩めるよう日々成長するものだ。失敗しない者は失敗する者よりも成長することができない、と。
南谷はまだ成長できるのだ。過ちを経験した人であれば、次は違うアプローチで成功へ道を切り開くことができるだろう。
「あなたはいつから私が犯人だと分かったかしら。私も細心の注意を払っていましたのに」
「先輩が犯人だと気づいたのはかなり早い段階からでしたよ。一週間前の生徒会選挙の翌日には行動を始めていたことは知ってます」
「全部お見通しだったということですのね」
南谷は素直に認めると、壁際に避けられていた椅子に座り、千秋にも座るように促す。
「八前庶務、最初から分かっていて誰にも言わずに一人で警戒していたの?」
「他の人の負担を増やすわけにはいきませんでしたからね。それに、生徒会選挙期間に理由を説明した生徒を連れて移動なんてできませんから。会長も、緊急措置で生徒会長になってから忙しくなったことくらい俺でも分かりますよ。第一、行動に起こすかは分かりませんでしたし、やってもいないことで時間を奪うことは再選挙をする理由をもう一度することになってしまうので」
「そこまで考慮してたなんて流石八前庶務だ。もう足向けて寝られないかも」
「会長はもう少し睡眠時間を増やしてその隈をなくしてください。良い顔が台無しですよ」
「良い顔!? ふ、ふーん? 八前庶務が言うならそうかもしれないね…!」
椅子の上でくるりと半回転して背を向ける桐谷は置いておいて、千秋は夜居八と他二名へ体を向ける。
「先輩たちも、この話は他言厳禁でお願いします。投票用紙が持ち出されたことに関しては生徒会の管理不足という一面も含むので、俺たち生徒会の印象を下げることにもなります。ここは犯人確保と投票用紙の回収で手を打ってくれませんか」
部長不在の今、副部長の夜居八がこれに関しての決断をすることになる。
夜居八は正しい回答を見定めるため、千秋をじっと見つめる。
「新聞のネタとしては、今回の事件はかなり注目を集めるだろうな。それをそっちの条件だけで飲み込めとは、お前は言わないよな」
「…もちろんです」
「二つ条件を追加しろ」
強気な夜居八に千秋は身構える。
この件に関しては生徒会としての地位をこれ以上下げるわけにもいかないのだ。
「一つはこの事件の顛末を説明すること。これくらいはいいだろ」
「新聞として書かないのであれば説明するつもりです。もう一つの条件は何ですか」
夜居八は小さく俯き、一拍おいて真剣な目付きで言った。
「……お前らが付き合っていないのなら、それを証明しろ」




