第10話 事の顛末
どうにも聞き間違えたような気がして、千秋はもう一度夜居八へ訊ねた。
「お前と生徒会長サマが付き合っていない証拠を見せろってんだ」
「証拠も何もありませんよ」
「いやいや。なぁ? こんなベタベタだったら付き合ってない方が無理があるだろ。しっかり聞かせてもらうぜ?」
「会長も何か言ってくださいよ」
桐谷を見ると未だ千秋に背を向けて、黒のポニーテールを左右に揺らしていた。
「……会長?」
「ハッ、何事!?」
「仕事です。ちゃんと起きてますか?」
「最近寝不足なんだよね。おかげで隈がこんなにも」
ここに入る前も同じようなことを言っていた気がするが、考えたら仕事に追われる悪夢を見る気がして考えるのをやめた。
桐谷の友達の南谷はひきつった笑みを浮かべているだけで、特に何も言わない。
それもそのはず。再選挙だって生徒会が担当するので、桐谷の仕事を増やしたことには変わりない。
「今はそれどころではないです。俺たちが付き合っていないことを証明してください」
「え、なにその証明問題。反例でも出したらいいのかな? 背理法でも……いや、命題と対偶を使った否定でもいい。帰納法は流石にムリかな」
完全に思考が勉強モードになった桐谷を止める手立てはなく、千秋は一人悩む桐谷を放って夜居八に確認する。
「とにかく、まずは事の顛末を説明すればいいんですよね?」
「ああ」
「私もなぜあなたがすぐに気がついたのか知りたいですわ」
「んなっ、八前庶務は私だけ仲間外れになんてしないよね…?」
「勝手にリタイアする人は置いていきます」
「今度は寝ないからぁ」
桐谷が聴く意欲見せたので、改めて説明を始めていいか確認すると、夜居八と他二名の壁新聞部部員も肯定の意を示していたので、千秋は早速説明を始めた。
「事件の始まりは第24回生徒会が発足したすぐ後です。9月19日から始まった第24回生徒会ですが、その6日後の9月25日のことです。南谷先輩の兄である、南谷悠一が突如として生徒会会計を辞職しました。選挙では1年生相手に決選投票をして勝ったのに自己中心的な判断によってその座が空席になったので、相手の1年生を繰り上げようとしたんですが、南谷の傲慢な行動に1年生が心を壊してしまって今も空席のままです。そのことは南谷先輩は知っていますよね?」
「え、いや、あのバカ兄からは辞めたことしか聞いていませんわ。そんな相手方のこと一言も聞いていませんわ」
南谷の言葉には演技をするような余裕が感じられなかった。
本心で相手を心配する南谷に関心しそうになったが、この人も中々酷いことをしているので他人がどうとか言える立場ではないと咎めようとしてやめた。
一言一言を真に受けていたら時間がどれほどあっても足りないので、千秋は話を進める。
「今の生徒会のあだ名は何か、先輩方は当然知っていますよね?」
この場にいる人は間違えることなく、ただ『最悪の生徒会』と口を揃えて言う。
「そうですよ。『最悪の生徒会』。酷い二つ名ですね」
「でも、それにはちゃんとした理由があったから」
「会長の言う通り、理由はまだまだあります。生徒会長の立候補者が0で、前回の生徒会長を特別に臨時就職させて、12月22日までさせたら、それからは桐谷副会長を生徒会長に位を上げて、計3人しかいない生徒会の出来上がりです。こんなの最悪以外に言い様がありませんね」
「よくそんな状況で仕事を回せましたわね…?」
「みんなは真似しちゃダメだよ? 私みたいにこんなふうになっちゃうからね」
「生徒会長サマの言葉の重さが桁違いなんだが」
少し話が脱線してしまったので、一度整理してから元に戻そう。
9月19日に第24回生徒会が始動。6日後の9月25日に南谷美琴の兄、南谷悠一が生徒会会長を辞職。
生徒会長立候補者がいなかったため、前回生徒会長を臨時で起用。受験期に生徒会長をさせるわけにもいかず、12月23日からは桐谷が生徒会長になった。
これにより、生徒会の人数が3人となり、仕事を回すのにも手一杯になり、あだ名で『最悪の生徒会』とまで呼ばれるようになった。
振り返ってみれば、よくこんな状態で生徒会を名乗れるな、と感じるところはあるが、今それを嘆いても何も変わらない。
「今までのことは前日譚みたいなものなので、頭の片隅に置いておいてください。今からは事の顛末を説明します」
千秋の言葉に部屋の中の空気が一変する。
真実を知りたがる者や理由を知りたがる者、ここにいる人の数だけ秘める思いは違っていた。
「今回のトリガーは壁新聞部のポスターですね。俺もあれを読みましたけど、やりすぎだと思いますよ。『最悪の生徒会 再来』なんてタイトル、趣味が悪いですよ」
それは千秋が寝てしまった桐谷に説明しようとしたポスターだった。
制作した夜居八は特に気にした様子もなく、真剣に千秋の話を聞いていた。
「悪い噂は次第に聞こえてくるもので、南谷先輩はそれに目を付けたんですよね?」
「ええ。再選挙には必ず理由が必要でしたから。兄の評価はどうでもいいとして、私の評価を下げられたら困りますもの。流石に利用させていただきましたわ」
「投票用紙を壁新聞部の部室に残していったのは、そのときのやり返しですよね。壁新聞部であれば自分にとって都合の良くないことをしてくると考えて、壁新聞部の部員が奪ったように見せかけていた。そうですね?」
「そこまで分かっているだなんて。私、少し恐ろしいですわ」
ここまでは千秋一人で手に入れた情報だ。
ここから先は仲間を使って手に入れた情報なので、協力してくれた人たちへの感謝を忘れずに話すことにする。
「犯行理由はこの辺ですかね。最後に、どのように最初の投票用紙500枚を手に入れたのかが一番の疑問でした。けれど、それですよね。南谷先輩が持っているその鞄。ノートパソコンが一つ入る大きさしかない鞄に入れたんですよね?」
これは長森からの連絡で分かったことで、見たところはただのパソコンを持ち運ぶ鞄なのに、扱いが雑で中身が入っていないくらい軽く持ち上げていたことを長森は気にしていたのだ。
「そうか、投票用紙はユポ紙だから、多少の折り目はもとに戻るから、少しくらい雑に鞄に入れても大丈夫……」
「もし駄目にしてしまえば桐谷さんに申し訳ないですもの。流石に私でも丁寧に扱いましたわ」
南谷は印刷用紙の隣に堂々と置かれた投票用紙を見て破損のないことを確認すると、一側面が大きく凹んだ銀箱に目をやる。
「そういえば、おもいっきり蹴っていましたけれど、アレは大丈夫なのかしら…?」
「アレはいいんですよ。今年から新調したものがあるので。一応内側から叩いて形だけは整えるつもりですけどね」
「これまでのもボコボコになってるのもあるから、特に何か言われるとは思わないけど、何か言われたら全部八前庶務の責任にするね」
「そこは会長として――」
「絶対嫌だよ!?」
桐谷が全力否定したところで、夜居八が怪しむような目付きをしているのに気がついた。
付き合っていないことの証明もしなければいけないのに、こんなところを見られていたら余計に弁明が難しくなってしまう。
「冗談はこの辺にしておいて。南谷先輩は雪乃の行動を監視するために何人かの協力者を募っていましたよね?」
「いったいどこまで知っているのかしら……そうですわよ。何人かは私に協力していただきましたわ」
「これは単に俺の予測なんですが、机の上に置いてある500枚は南谷先輩が持ってきたものではないですよね?」
千秋と南谷以外の部屋にいた人たちは唖然としていて話の中心の二人を交互に見るばかりだった。
「ど、どういうこと? 美琴ちゃんが犯人じゃないの?」
千秋の質問に先に口を挟んだのは桐谷だった。
桐谷の疑問に他の人も頷き、千秋に説明を求める。
「犯人なのは変わりないですよ。ですけど、南谷先輩は今回の投票箱の持ち出し以外、全て他の生徒に頼んでいるんです。そうでなければ、雪乃が朝に見に行っていないことくらい知っているはずですからね」
「……あの生徒会の方々もあなたの協力者でしたのね。いくらなんでも用意周到すぎますわ」
「じゃあ、八前庶務が言ったことは全部正しいってこと?」
「ええ。隣で見ていたと思うくらいには。彼が言っているのは本当のことですわ」
長森と一ノ瀬のペアが南谷相手にカマをかけたこと自体、千秋からすれば驚きではあったのだが、さらに成功していることに驚愕した。
案外あのペアは相性がいいのかもしれない。
長森の態度が一ノ瀬に対してだけ良くなっていたら、それはもう楠が怒ってしまうこと間違いない。




