第7話 多忙な生徒会長+1
千秋と桐谷は階段を離れてしばらく歩き、二階の渡り廊下を通って部室棟まで来ていた。
「八前庶務、投票用紙の在処というのは?」
「ここですよ」
そこはある部活を行っている部室だった。
「ここって、壁新聞部の部室?」
「そうですよ。ここに投票用紙があるんです」
「なんで壁新聞部の部室に…?」
「一番考えられる理由は嫌がらせですかね。会長も少なからず壁新聞部からのあの噂は聞いたことがあると思います」
「それで選挙の妨害をしたと……運営側のことも考えてほしいよ」
部室の前で話し合っていると、壁新聞部の部室から一人、鞄を持たずに出てくる女子生徒がいた。
「桐谷会長!?」
「こんにちは。あ、でももう日が沈む時間になっちゃうか」
「いや、そうじゃなくて、桐谷会長すごい隈できてますよ!?」
「そうなんだよ。最近お仕事が多くて。寝る時間を削っていたら、いつの間にかこうなってたんだ」
「えぇ…?」
笑い事ではない真実を改めて振り返ったことで、馬鹿らしくなったのか桐谷は短く乾いた笑いを披露する。
「そちらの方は桐谷会長の…彼氏さん?」
「違いますよ。彼は生徒会庶務の八前さん」
「俺が会長の彼氏だったら、今頃男子たちにタコ殴りにされてるぞ?」
冗談で言ったつもりが女子生徒は真に受けてしまい、肩を震わせて怯えていた。
「男子ってそんな暴力的なの…?」
「一部の人たちだけですよ。全員がそうとは限りません」
桐谷の言葉で少しは正気を取り戻したようで、女子生徒は一息つく。
「あれ、そういえば、桐谷会長と八前さんはどうしてここに?」
「部活動調査だよ。任期が終わる前にやらないといけなくてさ、今年は忙しくてできていなかったから、今から少しだけ見させてもらいたいんだ」
桐谷が嘘のようで本当のことを説明すると、女子生徒の肩が跳ねた。
「あ、明日にできませんか?」
「明日ならいいんですか?」
桐谷が速攻で確認を取ろうとすると、まさか明日で了承されると思わなかった女子生徒は困惑しながら答える。
「え…? は、はい。明日以降なら」
「どうして今日だと駄目なんですか」
どう考えても質問の順番が逆転しているが、睡眠時間が足りていない桐谷にとっては疑問にすら感じない。
「い…まは、部室が散らかっていますし、もしかしたらカッターの刃とか落ちてるかもしれないですし、危ないですから、今日のうちに片付けますから、また明日にしてください」
「ん~」
桐谷は眠いのか考えているのか分からない顔のまま、立ち呆けていた。
今の一瞬で寝たのかと勘違いしそうなくらい静かになった桐谷が顔を上げ、一息ついた。
「駄目ですね」
「な、なんでですか! っていうか、私が言った理由覚えてますか!?」
「もちろんですよ」
桐谷は一言、やんわりとした笑顔で女子生徒に言う。
女子生徒は焦った様子を隠す余裕もなくなり、桐谷に口答えする。
しかし桐谷は冷静で、丁寧に説明を行う。
「部活動調査は普段の部活動の様子を確認するのですから、部室をどのように使用しているかも確認します。見せるために調整した部室では意味がありませんので駄目です」
「で、でも、本当に危なくて…!」
「カッターの刃が落ちているだけですよね? まさかタバコやライターなどが落ちているのですか?」
「それはないですけど、とにかく危ないんです!」
なにがなんでも二人が部室に立ち入ることを阻止しようとする女子生徒に桐谷は未だ優しい口調で問う。
「質問です。どうして学園内では上履きをしているのですか?」
「…! …っ。わかりません」
「カッターの刃を踏んでも怪我をしないようにするためです。他にも、濡れた床や滑りやすいもので滑らないようにするためなどの理由があります。ですから、カッターの刃が落ちていようと、部室が散らかっていようと関係ないのです」
女子生徒は他の言い訳を提示できずに、俯いて肩を揺らす。
桐谷はそっと彼女の背をさすって、千秋にも聞こえるように、ごめんなさい、と謝罪をした。
「行こう八前庶務。調査の期限もそう長くはないから」
「いいんですか?」
「この子は大丈夫。なれないことで失敗しちゃっただけだから。すぐに立ち直れるよ」
桐谷はドアの前で泣く女子生徒に近づき、小さく何かを呟くと、女子生徒は呼応してドアの前からずれる。
「ありがとう。あなたは悪くないからね」
桐谷の言葉を受け、女子生徒は大粒の涙を溢していた。
千秋はスマホを取り出して、『無事終了』と協力をしてくれた人たちにメッセージを残しておき、『各自解散』と通知が2回に分かれるように時間をずらして送信する。
桐谷は壁新聞部の部室の窓ガラスのないドアを開けて立ち入る。千秋もそれに続いて部室に入り、ドアを閉めて音の鳴らないように鍵をかける。
内側からの鍵はつまみを上下に動かすだけで誰でも出られるが、音がするので誰かが出ようとしたらすぐに分かるからだ。
男子のみで3人しかいない部室に入ると、女子生徒が言っていたような、部室内に物が散乱しているとか、危険な物が放置されているとか、そういうことは全くなく、かなり整頓されているのが分かる。
そのため、二人ともが印刷用紙のすぐ隣に5つ束のまま置かれている投票用紙に気付き、桐谷はいち早く部室内に声を響かせる。
「第24回生徒会長、桐谷未来です。部活動調査で伺いました。壁新聞部の部長もしくは副部長はいませんか」
桐谷の言葉に返答する人はいなかった。
この場に壁新聞部の部長と副部長がいないからではなく、それなりのことをしている自覚があるからだ。
「いないのなら、代理で良いので誰か来てください」
やはり誰も出てこない。
桐谷は調査が進まないからか、単に寝不足なのか、ちょっとイラッとしていた。
「本当に誰でもいいから――」
「いますよね。夜居八先輩」
桐谷を言葉を遮って千秋に指名された夜居八は、その場でゆっくり腰を伸ばした。
「イテテテ…ったく。わざわざ指名してくるとはな」
悪びれる様子もなく、同じ姿勢で何時間も作業をしていただけのように振る舞う夜居八を部室内の誰もが見ていた。
「夜居八さん、どうしてすぐに名乗りを上げなかったのですか? あなたは壁新聞部の副部長でしたよね?」
「ああ。1ヶ月前に副部長になって以来、オレは副部長のままだな。さっき出ていったのは部長の前梁だよ」
頭を掻いて、面倒臭いと態度で示す夜居八に、桐谷は歩みを進める。
対する夜居八は何もせず、ただその場で立っているだけだ。
「どうして投票用紙が部室にあるんですか」
桐谷の質問にやれやれと手振りをして、「だから女は面倒なんだ」と腕時計を確認しながら愚痴る夜居八。
「質問に答えてください!」
桐谷が自身より頭一つと半分高い夜居八を見上げて怒る。
夜居八は2年生の中でもかなり背の高い方で、七原高等学園の女子生徒で彼より背の高い人はいない。
「ハァ。おい、生徒会庶務。話が違ぇだろ」
桐谷が夜居八の言葉に釣られて千秋を見る。
隈のある顔は信じられないと言いたげで、閉めたドアの前で立つ千秋を捉えて離さない。
「確かに、まだ足りないですね」
そう言って、千秋は部室の壁にあるスイッチを倒し、部室内の灯りを消した。




