第6話 多忙な生徒会長
千秋は教室を出た後、3階の2年生の教室へ訪れていた。
理由はとある人物の協力を要請するため。
教室後部のドアの前まで来れば、目的の人物がそこにいるのを確認できた。
真面目に机に向かい合い、手を忙しなく動かす彼女を他の生徒たちは邪魔しないよう、教室内では声を抑えて会話を楽しんでいた。
「失礼します。生徒会庶務の八前千秋です。生徒会長に用があって来ました」
突然の挨拶に教室内の生徒たちからの視線が集まるが、すぐに各々の会話に戻る。
千秋が立ち入ったドアの近くにいた男子生徒三人組の一人が千秋に手招きをして千秋を呼び寄せる。
「最近よく見るね君」
「これも仕事なので」
「年度末が終われば仕事からも解放されると思うし、あと1ヶ月頑張れよ」
「お気遣い感謝します」
次期も生徒会役員なんだけどな、と思いつつも、生徒会長と副会長以外はほとんど覚えもされないのが普通なので、千秋もわざわざ訂正する気にもならない。
逆に、大抵の生徒の前でのたった一回の演説を聞いて、それ以上の認識はない生徒が覚えられるはずもない。
覚えられるのは個性的な自己紹介やら印象に残る姿や話し方の生徒だけだ。
「そうだ、一つ忠告しておく。会長に報告するなら良いことだけにしておけよ? 今の会長はヤバいからな」
「そうそう。今日は登校したときから死にそうな顔でずっとアレだ。過労死してもおかしくない感じだぞ?」
千秋たちが生徒会長へ視線を向けると、すらすらと字を書いてはその上に取り消し線を引き、永遠にそれを続けていた。
良い言い回しが思い浮かばず、思い付いたものを書き殴る生徒会長を横目に、表面だけ同情する男子生徒は苦笑をして言う。
「君もあんな感じなのかな。まあでも、高校生活なんて一瞬だから、やりたいことをして過ごす方が良いと思うよ」
「先輩方、助言感謝します」
「いやぁ。それほどでも」
「調子乗んなって」
「少しくらい良いと思うよ」
男子生徒三人組は雑談に戻りそうな雰囲気になっていたので、千秋は一礼してからその場を離れた。
千秋は目的を果たすため、教室の中心で一人黙々と作業を続ける生徒会長へ近づき、彼女の名を呼ぶ。
「会長」
「ぴやぁ!?」
黒のポニーテールを激しく動かした彼女こそ、桐谷未来第24回生徒会長だ。
顔を合わせたときに、彼女の目の下にハッキリと見えるほどに隈ができていた。
「……って、八前庶務かぁ。糸魚川先生じゃなくてよかった」
「どうして糸魚川先生が出てくるんですか?」
「この原稿がもうすぐ締め切りだから催促に来たのかと思って。糸魚川先生は生徒会顧問で、今来られたら絶対怒られてたなぁって」
いくつもの文章が二重線で取り消された痕跡が見られる紙には、選挙結果や今回の再選挙についてが文章と表でまとめられている。さらにはその下の紙には再選挙の構成のプロットや選挙会場になる体育館の設営見本など、今日終わらせたであろう仕事が下敷きになっていた。
「予め言っておきますけど、今やっているそれは生徒会長の仕事なので手伝いはできませんから。他の仕事なら歓迎なんですが」
「うっ…。今回も頼んでもいい…?」
「いいですよ。会長が倒れるよりよっぽどマシですから」
「本っ当にありがとう! じゃあ、こっちの終わった資料のチェックと、次の生徒会役員たちの公約のまとめ、再選挙の予定を候補者と生徒会役員たちにお知らせしてくれないかな」
「今回は少なめなんですね」
「黒岩書記にもいろいろ頼んでるからね…。3人で上手くやりくりしないと回らないのが今の生徒会なんだ。あはは……」
生徒会は会長、副会長、書記、会計、庶務の五つの役職があり、それぞれ一人ずつの定員がある。
しかし、今の第24回生徒会は3名しかいない。
上記を逸した生徒会は元々5名しっかりと各役職に人がいたのだが、諸事情と完全な自己中心的な行動によりこうなってしまっている。
詳しい経緯があるのだが、今はそれを思い起こす時間もない。
「あの、そんな会長に朗報と凶報があるんですが、どちらから聞きます?」
桐谷は素早く周りを見渡し、口元を手で隠して小さな声で聞く。
「……ここで話せる内容?」
「いや、難しいですね」
「分かった。場所を変えよう」
桐谷が立ち上がったことに教室内がざわめくが、桐谷の苦労人スマイルで一斉に静かになる。
(その隈で笑顔は心配なんだけどなぁ)
そう思う千秋を他所に、桐谷は一足先に教室後部のドアから出ていく。
千秋が桐谷を追って通りかかると、初めに助言をくれた男子生徒たちにじっと見られた。
苦労人が張り詰めた雰囲気で教室を出ていけば、そのくらいは妥当なことだと千秋は受け入れ、軽く会釈だけをして桐谷を追う。
「…っ!」
突然の震動に驚き、その原因を手にする。
楠から一件連絡が届いていると表示されたスマホの電源ボタンを短く押して画面を暗くする。
普段の千秋であれば、連絡が来たときは必ず既読はつけるし、大抵のものには返信もする。
今回何もせず放置したのは、ハッキリ言うとわざとだ。
犠牲もとい身代わりを召還するため、その人の不安を煽り、千秋のもとへ駆けつけてもらおうという算段だった。
楠には申し訳ないが、貸し一つで手を打ってもらおう、などと千秋は考えていた。
もう一度震えたスマホを気にせずポケットにしまい、顔を上げると、千秋がついてきていないことを心配した桐谷が角から顔を出して見守っていた。
桐谷の待つ階段の前まで行くと、桐谷は苦労人スマイルを作って優しく諭す。
「時間は有限なんだから。無駄にしちゃ駄目だよ?」
「会長が言うと説得力が違いますね」
「でしょ。八前庶務はこうなっちゃ駄目だよ?」
「肝に銘じておきます」
こんな状態になってまでも冗談を言う桐谷のことがかなり心配になった千秋だが、現状を報告しなければいけないことは変わらないため、言うことを頭の中で整理する。
「それで? 八前庶務からの朗報と凶報というのは?」
「どっちから聞きたいですか?」
「そういうのは悪いことから聞くって決めてるんだ」
「それじゃあ、覚悟して聞いて下さいね」
「え?」
桐谷が心の準備をする前に、千秋は淡々と、取り違いの余地のない一言をぶつける。
再選挙用の投票用紙がなくなりました、と。
「ふむふむ…」
目を閉じて相槌を打つ桐谷の声が消え、静かな間が生まれる。
しかしそれも束の間。桐谷は廊下よりも一段高い段に座り、頭を抱えて泣き声に近い呻き声を漏らした。
「もうやだ生徒会長やめたい」
心からの愚痴に千秋は桐谷がまだ人間であることを安堵した。
「そんな会長に朗報ですよ」
「もうなにもききたくない」
「その犯人と投票用紙の場所は押さえてあります」
「ホント!?」
目を光らせて喜びを表現する桐谷に千秋は一歩退いて首を縦に振る。
「でも、まだ取り返してはいないので、会長には手を貸していただきたいです」
「なるほど。職権乱用だ」
「いや、そうですけど言い方!」
「任せて! もう生徒会長なんてやらないから!」
「先生方に目をつけられる点も考慮してくださいよ」
乗り気な桐谷の協力を得ることに成功し、二人は早速投票用紙の置いてある場所へと向かった。




