第5話 張り込み調査
一ノ瀬と長森は千秋の指定通り生徒会室で待機していた。
一ノ瀬にとって長森はライバルである楠の親友という存在であり、同じ生徒会になる千秋の友達という存在でもある。
(何も話すことがなくて気まずい……)
対する長森は、話す機会と内容を求めてずっと視線を送る一ノ瀬に怖気づいて、顔すら会わせられなくなっていた。
(なんで僕こんなに見られてるの…!?)
双方が何も話さないまま、生徒会室で二人きりの時間が流れていく。
「「……(なんで何も話さないの)!?」」
こうなると、なにかきっかけがないと進まない。
誰かが乱入するとか、共通の話題の事柄が目につくとか、そういうものが必要で……
ガチャリ。
「「えっ?」」
「…あら?」
生徒会長に立ち入るためのたった一つの扉が開かれ、パープルブラックの左右の大きな縦ロールでお馴染みの、生徒会長立候補者がそこにはいた。
「ごきげんよう。生徒会の皆様。私は南谷美琴。次期生徒会長になる完璧美少女と言えばこの私ですわ~!」
堂々と自己紹介をした南谷を一ノ瀬は興味なさそうに、長森は何が起きたのかさっぱり理解できず、誰も反応しなかった。
「……もう少し反応をくださる?」
「えっ、あっ……その、あまり騒がしいのは好きじゃないんですよね」
「要件を言ってすぐに帰ってほしいんだけど?」
二人からの批判に、南谷に青筋が立つ。
持っていたノートパソコンが入るくらいの大きさの鞄を小脇に抱え、お嬢様らしくない態度で一ノ瀬に指を差す。
「あなた、私を誰だと思って?」
「顔は良いけど、喋ると残念になるタイプの人」
「ムキー!」
そんな分かりやすい怒り方する人いるんだ、と長森はツッコミを入れたが、怒りマックスの自称完璧美少女には聞こえていない。
ともかく、喧嘩事に発展するのは良くないので、長森は頑張って仲裁に入る。
「まず、一ノ瀬さんは謝ろう。話はそこからでしょ?」
「なんでさ! こっちだって仕事ばっかりで…! あ……いや。ごめん。なんでもない」
一ノ瀬の態度が一変し、長森に言われるまま素直に南谷に頭を下げた。
南谷も一ノ瀬の急な変化に驚きと困惑を混ぜたような表情をしていた。
「ま、まあ、私一人のために再選挙をさせてしまっているのは申し訳ないとは思っていますわ。ですが、私は先の選挙で不正があったように感じましてよ」
「不正?」
「ええ。壁新聞部の例の噂から放送部のマイクと照明に至るまで、私に不利なようにしているとしか言い様がないと思いません?」
壁新聞部の例の噂というのは南谷を軽蔑する内容で、そこまで広がらなかったとはいえ、一定数に影響を与えたのは間違いない。
「噂は事実や行動で打ち消すしかないですし、放送部は3年生が抜けて1・2年生が頑張っているんです。調整ミスがあることもあります。それに、南谷先輩は演説の際に先攻でしたから、余計にそう感じたのかと」
長森が事前に聞いていた千秋の意見をそのまま使って伝えると、南谷は少し考えた後に納得をした。
千秋に後で感謝することを決めた長森は、話が通じることが分かった南谷へ本題を訊ねる。
「それで、南谷先輩はどうしてこちらに?」
「そうでした。明日の再選挙の投票用紙は準備できているのかを確認しに来たのですわ」
「「…!」」
明らかに二人を試すように、南谷はほんのり笑ってそう告げた。
「『生徒会は選挙活動中、生徒会立候補者による必要事項の確認を要請された場合、それに従わなければならない』学園生徒会選挙規則に掲載されている内容ですし、もちろんできないなんてことはないでしょう?」
「…それは」
長森が言いかけたその時、これまで静かだった一ノ瀬が動いた。
席を立ち、壁際に一つだけポツンと置いてあったものを手にして机の上に乗せた。銀色の箱に投票箱と大きく書かれた文字がよく見える。
一ノ瀬は南谷に見えるように向きを調整してから投票箱の後ろの南京錠を専用の鍵で開き、両開きの小窓を開けてみせる。
「再選挙に使う投票用紙はこちらに全て納めてあります」
そこには、5列に分けて積まれた投票用紙はどれもほとんど同じ高さに並べられており、素材も均一で綺麗に揃えられていた。
「確認させて頂きますわ」
「どうぞ」
南谷は鞄を机に置き、投票箱の中で積まれた紙の山の上から一枚取り出して数秒それを観察する。
長森と一ノ瀬は警戒をなるべく感づかれないようにしつつも、南谷への注視はやめない。
南谷が紙を元に戻したとき一瞬だけ笑みが強く現れていたのを一ノ瀬たちは見逃さなかった。
「これで全部かしら?」
「そうですね。全てここに管理しているので」
一ノ瀬は淡々と答えると、箱に手を伸ばす。
「いつ頃そちらに入れました?」
南谷の質問に一ノ瀬は手を止める。
「…どういうことですか」
「いえいえ。朝には机の上に置いてあったと聞いていましたので」
「ああ。雪乃さんから聞いたのですね」
「そうですわ。雪乃さんに確認した方が良いと言われましたわ」
一ノ瀬には、それが嘘だとすぐに分かった。
なぜなら、今日の朝に生徒会室の鍵を開けたのは一ノ瀬で、朝礼が始まる2分前までいたので朝に誰かが来たという事実はないからだ。
犯人の確証ができた上でも、一ノ瀬は気を抜かずにこれまでと同じトーンで会話を続ける。
「そういうことでしたか。でも、机の上に置いてあったのは予備のものでしたので。本来使うのは投票箱の中にあるものです」
「予備の方も確認しても良いかしら?」
「予備は使う予定がないので倉庫の方に既に片付けてあるはずです。それとも、何か予備の投票用紙に気になることでもありましたか?」
「いえ。聞いてみただけですわ。倉庫にあるなら仕方ないですわね」
南谷は親指と人差し指の間に鞄を挟み込み、指で支えて持ち上げると、一歩後退して箱から離れて外向けの笑顔で二人を向かえる。
一ノ瀬は丁寧に両開きの小窓を閉じ、南京錠をかけた。
「これはいつまでここにあるのかしら?」
「明日には体育館で設営されるので、遅くても明日の昼休みの時間までですね」
「明日が再選挙ですものね。私の素晴らしい演説を楽しみにしておいてくださいまし」
おーっほっほっほっ、と高笑いをあげて、南谷は生徒会室を出ていった。
完全に見えなくなったところで生徒会室の扉を完全に閉め切り、一ノ瀬は大きなため息をつく。
「やっば…! 心臓止まるかと思った……」
「一ノ瀬さん、投票用紙はなかったんじゃ…?」
「予備はないよ。覚えてる? 千秋くんの言葉。当日欠席した分と元々余分にある投票用紙があるって」
「じゃあ、あの山のように積んであったのは?」
「上から3・4枚と下の2枚だけが未使用のやつで、それ以外は全部先週使ったやつ。千秋くんが細工してくれてなかったら終わってたぁ……」
長森は改めて投票ボックスの中身を確認すると、確かに上の3・4枚は未使用の投票用紙で、その下は誰かの筆跡が残ったものが大量に積まれていた。
長森が確認していると、不意に長森のスマホが震える。
「佑斗からだ」
「えっ」
「一ノ瀬さんって、佑斗のこと毛嫌いしてない?」
「そんなの…してないし」
そっぽを向く一ノ瀬に長森は苦笑しつつ、送られてきたメッセージを確認する。
「『こっちは問題なし』だって。それと、『犯人は予備の枚数を知らない可能性がある』って…」
「じゃあ確実だね」
「え、誰なんですか?」
「南谷さんだよ。あたしがカマかけたでしょ。『雪乃さんに聞いたのですね』って。雪乃さんは生徒会室に来てもないし、予備が奪われたことも知らないと思うよ」
「なにそれ僕も知らないんだけど」
「言ってなかったからね」
「そういうのは先に言って下さいよ!!」
「言う必要がないと思ってたから仕方ないでしょ」
敵を欺くにはまず味方から、という言葉があるように、一ノ瀬は完璧な嘘をでっち上げ、南谷はそれに気づかず嵌められたのだ。
「でも、一ノ瀬さんのおかげで犯人は確実ですね」
「長森さんはみんなに伝えてきて。あたしはここで見張ってるから」
「分かりました」
「やった。動かなくていいから助かる~」
すぐさま一ノ瀬は長机にひれ伏し、完全にだらけきっていた。
「それが狙いだったんですね……」
「まあまあ。どちらにしろ報告は任せてたからね」
「え、どうしてですか?」
「だって、あたしの連絡先知らないでしょ?」
「あ、そっか。じゃあ、僕と交換しておきますか。僕づてで紹介しますから」
「……あはは。長森くんって優しいんだね」
「今だけですよ。いつか僕もなりふり構っていられなくなると思いますから」
長森は冗談を言いながら、一ノ瀬と連絡先を交換する。
「落ち着いたら僕が佑斗たちに紹介しておきますよ」
「ん。頼んだ~」
一ノ瀬のふにゃふにゃな言葉に自然と笑みが溢れる。
気になっていた人がいなくなってすぐの長森は自身の表情がこんなにも変わりやすくなっていたことを自覚した。
(千秋と佑斗に笑われちゃうな)
生徒会室をあとにしようとした長森に、ゆるい声で一ノ瀬が呼び掛ける。
「ねぇ。長森くん。再選挙が終わったら皆で打ち上げみたいなことしたいよね」
「楽しいのは歓迎ですけど、誰が幹事やるんですか」
「そこは千秋くんでしょ。会計になるんだしさ」
「一番の苦労人だなぁ…」
長森と一ノ瀬は自然に話せるくらいには打ち解け、共に笑いあった。
そして、二人の間では千秋を幹事とする打ち上げ会を開く準備が進められるのだった。




