第46話 それぞれの気持ち+4
打ち上げ会が始まってから2時間ほどが経ち、話すこともなくなってきたのか雑談に興じるのがほとんどだった。
千秋は桐谷と話をしていた一ノ瀬を捕まえて、そろそろ解散してもいいんじゃないか、と提案してみる。
「むー。もう解散かぁ」
「別に解散って言っても、それから自由時間になるだけだから、お喋りくらい好きにすればいいんだよ?」
「ちっちっち。その考えは甘いね桐谷先輩。この時間制限のある間に話すことがいいんだから。どうやったら効率よくお喋りに時間を費やすことができるかしか考えてないんだから」
「嘘つけ。桐谷会長と話してる間、絶対にそんなこと思ってなかっただろ」
「まあ、そうだけどさぁ」と、一ノ瀬は言い訳をしてみせる。
辺りを見回すと、和気藹々と話に華を咲かせている人たちがいる。それを一ノ瀬は確認した上で、「こんなに楽しそうにしてるのに邪魔していいの?」と、千秋に割って入ってもいいのか判断を委ねる。
「いいんじゃないか?」
「そう言われましても、呼び掛けるのはハードルが高いというか……」
「やる前から行動するのを躊躇うのは良くないですよ。全部他人任せにしたら、一人のときはどうするんですか」
「う……それはそうだけど」
「まずはやってみろよ。ダメなときは俺が助けてやるから」
「……分かった。やってみる」
一ノ瀬は打ち上げ会の始めに千春がやったように、フロアに向けて呼び掛ける。
「ちゅ、注目してください!」
一ノ瀬の声に誘われるように、フロアにいる人は一ノ瀬に視線を集める。
「ほら、上手くいきました」
「あたし、もしかして凄い…?」
「一ノ瀬。早く言うこと言わないと、みんな話に戻ってく」
「あ、ああえっと、か、解散です!」
「すみません、俺が代わりに説明します!」
千秋は脈絡なく解散を宣言した一ノ瀬の前に出て、一ノ瀬を庇う。
ここまで説明下手だとは思っていなかったのもあるが、流石にこれに関しては補足説明が必須だ。
「皆さん、生徒会についての質問や説明が大体終わっているようなので、正式な会は解散とし、これから自由時間にしていただきたいのですが、異議のある方はいらっしゃいますか?」
「千秋くん…!」
後ろから一ノ瀬が救世主を拝み出すので、周りにそれを見られているという恥ずかしさが若干あるが、異議申し立てはなかったので、千秋は会を締めくくる。
「それでは改めて、交流会は解散とします。お疲れ様でした」
「「お疲れ様でした」」
桐谷と黒岩が慣れた調子で挨拶をすると、遅れて識宮と一ノ瀬も挨拶をする。
「楠も長森もお疲れ様。楽しめたか?」
「飯は旨かったし、雑談してても文句言われないし、すげえ楽しかった」
「僕も楽しかったよ。生徒会の人がいっぱいいたのはちょっと気が引けたけど、みんないい人たちだったから良かった」
それぞれ好意的な感想を話してくれたので、いきなり開かれることになった打ち上げ会は成功と言っても良さそうだ。
「俺はまだ仕事が残ってるから残るけど、楠たちはどうする?」
「そうだな……オレはじっちゃんばっちゃんをお出迎えしないといけないから、先に帰らせてもらおうかな」
「じゃあ僕も帰るよ。千秋はお仕事頑張ってね」
「ああ。気をつけて帰るようにな」
「千秋もまた来週」
楠と長森は千秋に別れを言うと、真っ直ぐ出入口に向かっていった。
そして、その後を識宮がついていく。
識宮は予定の隙間を縫って参加してくれたので、長居させるのは申し訳ない。
理由も知っているので、「お疲れ様」と声をかけると、識宮は軽く会釈してくれた。
それとは別に、千秋をずっと見ていた桐谷に話しかける人物が一人。
「桐谷先輩、この後暇ですか?」
一ノ瀬は同級生に遊びを誘うかのような質問の仕方で桐谷に聞く。
一ノ瀬の方を向いてなお、千秋の方を何度か確認する桐谷に千秋は不思議に思うだけだ。
「うん。生徒会から解放された私の放課後は基本的に暇だよ」
「それなら、今からカラオケ行きませんか?」
「私、最近の歌全然知らないし、上手くもないよ?」
「いいんですよ。カラオケは歌うことより楽しむことが重要ですから」
一ノ瀬がぐいぐい言い寄って、桐谷が折れたことで、二人でカラオケに行くことに決まったらしい。
「じゃ、千秋くん。そういうことだから」
「なんで俺に報告するんだ」
「だって、一番頼れる人だもん」
その一言に、一ノ瀬の後ろで桐谷はショックを受けていた。
まあ、スマホが電池切れになって迷子になっていたら、そういう評価になるのも納得できる。
「会長も楽しんできてください」
「うん……」
「あれ? なんか桐谷先輩のテンション低くない…?」
原因となる人物が気付いていないのは言及しないでおく。言及すれば桐谷がもっと可哀想だから。
「あ、八前しょ――」
「よーし! フリータイムで夜まで歌うぞぉー!」
「わ、わわっ。待って心海ちゃん!」
「一分一秒がもったいないです! いざ出発!」
一ノ瀬は桐谷を連れてワクワクが抑えきれていない早歩きでカフェを出ていった。
桐谷が連れ出されるところを見守っていた黒岩は、重い腰を上げて、一歩、また一歩と千秋の元へと近づいてくる。
そうしてたどり着いた千秋の前で、黒岩は静かに千秋を見下ろしていた。
「どうしたんですか。黒岩先輩」
千秋は相手の顔を見ずに問う。
今の黒岩にはどんな顔で接するべきか分からないからだ。
「……八前。お前ってやつは」
「すみません。先輩の気持ちは分かっていたんですけど」
「……。」
黒岩は千秋の言葉を黙って聞いた。
まだ叱ってくれる方が、何も話さない相手よりかは余程安心できる。
だが、黒岩は一向に話そうとはしなかった。
「少し、話をしませんか?」
「……そうだな。俺の気持ちが収まるくらいの話をするのなら良いだろう」
「そこまで俺は詭弁に見えますか?」
「見てきたから分かるさ。お前がどれだけ言葉巧みなのかくらいな」
どうやら過去の行動が今になって仇になっているらしい。悪いことはあまりしてこなかったはずなのだが。
やはり、今回の仕事は一筋縄ではいかないようだ。
手の内を知られている以上、簡単には物事を話せないし、頭の回る黒岩には下手な言い回しも見逃してもらえそうにもない。
となると、手段は一つだ。
素直に言葉で勝負する。ただそれだけだ。
「……先輩は桐谷会長のこと、どう思っていたんです?」
「……。」
「そんなに警戒しないでくださいよ。至って真面目に訊いてるんですよ?」
「何が目的だ」
「単に話のきっかけを用意しているだけですってば。俺がこの情報を持って交渉でもなんでもすると思いますか?」
無論、誰かに話すつもりは毛頭ない。
ここでのことは全てここで終わらせるつもりで臨んでいるのだから。
そんな千秋の意思を汲み取ったのか、黒岩はため息を一つついた。
「誰にも言わないんだな?」
「ええ。約束は守りますよ」
黒岩は静かに頷くと、千秋に部屋の端へ行くように指示をする。
千秋はそれに素直に従い、黒岩と共に一番隅の席に着席した。
「改めて、黒岩先輩は桐谷会長のことはどう思っているんですか?」
千秋が再度同じ質問をすると、黒岩はゆっくりと、そして恥じることなく堂々と言葉を紡ぐ。
「……桐谷のことは生徒会をするまでは何とも思っていなかったし、話したこともなかった。だが、半年間同じ生徒会をしていて、課せられたことをこなそうと奮闘する桐谷は正直なところ尊敬していた。俺は桐谷との関係が仕事だけの関係だと思っていたのに、いつからか彼女に惹かれていたんだ」
黒岩はそこで顔を上げて千秋を見ると、トーンを下げて「だがな」と前置きをする。
「八前。お前が桐谷を籠絡していると知ってから、俺は気が気でない」
そうだ。黒岩は勘違いしている。
籠絡しているのは千秋ではなく、桐谷の方ではないだろうか。
言い過ぎかもしれないが、桐谷が困っているときに手を差しのべたのは桐谷が助けを求めるからで、桐谷の恋愛練習相手になったのも、桐谷がそうなるようにしたからだ。
となると、千秋は桐谷の思うように動かされただけだ。
専ら千秋の行動理念は自分のためではなく、雪乃と日向を最優先としたものである。そこに含まれない桐谷は、千秋にとっては楠や長森のような話しやすい友達程度の関係なのだ。
ただ、これをそのまま言うだけでは、黒岩の気を宥めることなどできるはずがない。
今の黒岩の中で、優先順位が高いのは千秋ではなく桐谷だ。桐谷が何を言ったのかは分からないが、それにただ反対するだけでは信じられるわけがない。
思考に耽る千秋に、黒岩は我慢の限界だったのか、大きなため息をついた。
「話さないと何も分からないぞ」
「話したいことはあるんですが、それを信じてもらえない可能性が高いんですよね」
「それは聞かないと判断できないんだが」
確かにその通りだ。自分の腹の中で抱え込むよりかは、言ってみる方が遥かに良い。
「とりあえず、俺は桐谷会長を籠絡していません」
「その証拠は?」
「証拠ですか……それはありません」
「認めるということか」
「いいえ。違いますよ。証拠が上げられないことが証拠なんです」
「……ん?」
「うん?」
何か言うことを間違えた気がする。
それも、最も重要なところで間違えた。
「その……八前? つまり、籠絡したという証拠がない、ということでいいのか?」
「……はい。すみません。そういうことです」
とんでもない間違え方をしたせいで、双方が困惑したけれど、黒岩の怒りがかなり落ち着いた。
黒岩の読解力と補足説明により、伝えたかったことは伝えられたはず。
「まあ、その……なんだ。証拠は俺が持っている。だから八前、お前の主張は通らない」
「どんな証拠か教えてもらえますか?」
「直前の交流会のとき、桐谷と元気な方の一年が雑談しているところを聞いてな。桐谷は彼氏がいると言っていた。後から本人に聞いてみたら、相手はお前だと言ったんだ。これをどう言い訳するんだ?」
桐谷は確かに正しい行動をしている。恋愛練習相手をするにあたって、学園では恋人を装うことを提案したのは千秋で、桐谷は馬鹿正直にそれを実行しているだけだ。何も間違ってはいない。
弁明できるような事を考えても、桐谷に告白されたとか、それを断る代わりに恋愛練習相手になったとか、思い浮かぶことは全て真実なのに事を悪い方向へと運びそうなことばかり。
このままでは黒岩に恨まれるのは避けられない。上級生で数少ない頼れる人をみすみす逃すというのはもったいないことくらい、千秋も理解している。
黒岩の理解を得るためにも、やはり最初から説明するべきだ。
「あの、黒岩先輩。彼氏彼女の関係になったからって、籠絡しているとは限らないですよね?」
「カップルパフェを二人きりで食べていたらしいな。その場にいた人からの情報で、桐谷があそこまで恥ずかしがっているのを見たことがないと言っていた。つまり、お前が桐谷をカフェに連れてカップルだと見せつけていたんだろ。俺がバイトでいない間に桐谷とデートとは…!」
そう言われてもどうしようもない。
してしまったことは変わることはないし、変えることもできない。
できるのは取り繕うか上書きするかだ。
「パフェを食べに行ったのは間違いないですけど、誘ったのは桐谷会長の方からです」
「なに?」
「それと、俺は雪乃と日向と昔から出掛けていたから、耐性がついていて平気に見えただけだと思います」
「だが、付き合っているんだろう?」
「いえ。本当は付き合ってないんです。桐谷会長が恋愛をしたことがなかったそうなので、練習相手になってるだけなんです。嘘だと思うなら、桐谷会長に電話して聞いてみてください」
そこでふと、桐谷のスマホは現在電池切れだということを思い出した。
後から来た黒岩はそのことを桐谷から聞かされなかったようで知らないのか、スマホで桐谷を呼び出す。
「あの……黒岩せんぱ――」
『もしもし黒岩書記?』
千秋が電話は掛からないと思い声をかけたところで、黒岩のスマホに応答があった。
ノイズキャンセリングである程度、雑音は掻き消されているが、カラオケにいるはずの桐谷の声に追加で一ノ瀬の歌う声がたまに聞こえてくる。
千秋は桐谷に助言することのないよう口を噤み、黒岩に応答するよう手で合図する。
「突然すまない。少し聞きたいことがあってだな……」
「えっ、次の曲…? 今電話してるから心海ちゃんが先に……って、そんなんじゃないってば!」
「……桐谷…?」
「うぅ、ごめんね黒岩書記、もう一回言ってくれないかな」
「聞きたいことがあるんですが、できれば一人になれませんか?」
「一人に? ……うーん。ちょっと難しいかも。充電しながらだし、カラオケだし」
充電しながらということは、一ノ瀬が充電コードを持っていたのだろう。それなら昼食を食べている間に貸せば良かったのに。
黒岩はこれ以上長引かせるのも良くないと思ったらしく、覚悟を決めて大きく息を吸った。
「八前から聞きましたが、恋愛の練習相手として八前と付き合っているふりをしているんですか?」
「え……本当に八前庶務が説明したの?」
「はい。この電話をかけたのも、八前が確認すればいいと言ったので」
「八前庶務が……じゃあ言ってもいいのかな」
桐谷は電話越しに長くは説明をしなかった。
『私の次の恋が上手くいくようにお願いしたの』と少しだけ嬉しそうに口にした。
また、千秋は胸にチクリと痛みを感じた。
自分のしたことは間違ってはいないはずだ。そう言い聞かせて気持ちを抑える。
「ちょ、ちょっと心海ちゃん! なんでデュオの曲いれちゃうの!? ま、マイク準備しなきゃ…!」
「……切っていいか…?」
「えっ、入りは私から!? ま、待ってよ心海ちゃん…!」
黒岩は桐谷と一ノ瀬の歌唱を聞く前に、そっと通話を終了した。
スマホをしまった黒岩は千秋の方を向くと、「すまん」と謝りながら頭を下げた。
「いや、黒岩先輩の気持ちも分かります。ずっと勘違いされるよりかは今日解消できて良かったです」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、それでも練習だとしても桐谷と付き合えるのは羨ましい」
「なら、先輩から告白すればいいじゃないですか」
黒岩は数秒黙り込んでから、「違うな」と何かを否定した。
黒岩は否定してすぐに言葉を続ける。
「俺はそういうタイプじゃないからな。それは俺自身が一番分かっているつもりだ」
「なら、桐谷会長から見てもらえるように頑張らないとですね」
「ああ。そうだな」
今の黒岩はいつもより爽やかで、頼りがいのある人物に見えた。それはきっと、自分でやるべきことを見つけられたからだろう。
「今日はすまなかった。それと、俺の勘違いを正してくれてありがとう」
「今日のことは気にしてませんから。先輩の思い、届くといいですね」
「ああ。俺も頑張ってみるさ」
黒岩は今日したかったことを全て叶え、鞄を取りに立ち上がった。
それを真似して千秋も立ち上がる。
だが、黒岩とは違い、帰る準備などはしない。
「先輩、今日はお疲れ様でした」
「ああ。お疲れ様。また学園で会おう」
「もう生徒会じゃなくなるんですから、会う機会は減りますよ」
「それでもいいさ。困ったときは頼ってくれ」
黒岩は鞄についた紐を肩にかけて、カフェを去っていった。
頼れる人の背中は大きかった。
それを実感するのは、いつもその人が離れていくときだった。
「いやぁ。中々上手ですよ桐谷先輩」
「そうかな……えへへ」
「七瀬先輩もそう思いますよね?」
その場にいるのは七瀬瑞希。桐谷のスマホが電池切れだと知った瑞希は一度家へ戻り、モバイルバッテリーと充電器を持ってきていたが、たまたま店を出たばかりの二人と顔を合わせ、そのままカラオケに向かった。というのが事の顛末である。
「そうですね。とても良い歌唱でした」
「あ、ありがとうございます」
「ねえねえ、次はみんな知ってるトリオの曲とか入れたいけど、何かあります?」
一ノ瀬は楽曲一覧を表示して、スクロールしながら上から目を通していくけれど、条件を満たす曲を見つけることはできず、手を止めた。
「この曲とかはどうですか?」
桐谷は名の知れた四人組グループの曲を提案するが、一ノ瀬は首をかしげる。
「全員同じように歌うなら一緒に歌わなくてもいいし、別の曲でいいからなぁ。というか、歌詞分からないし」
「うーん……確かに私もこの曲の歌詞を覚えてないです」
「やっぱり最新の曲より馴染みのある曲の方がいいよねっ」
一ノ瀬は目についた楽曲を選択し、次に採点する曲として曲を予約する。
当たり前だが、誰も曲を予約していなかったので、すぐにその曲のイントロが始まった。
「さてと、リレー歌唱を始めよう!」
マイクを持った一ノ瀬は堂々たる宣言をして、リレー歌唱のトップバッターとして歌った。
そして、二時間ほど経った頃から、リレー歌唱だけでは満足できなかった一ノ瀬が、スタミナ切れの二人を気にせずずっと一人で歌い続けるようになるのは必然だったのかもしれない。
「心海ちゃん凄いね。私たちはそこまで体力ないから……」
「いえいえ。桐谷先輩と七瀬先輩は歌唱力が高いですから! あたしみたいに何曲も歌えたらあたしが歌うのを躊躇っちゃいますもん」
「でも一ノ瀬さん、私よりは点数上ですよ?」
「七瀬先輩、カラオケの点数なんてアテにできませんよ。音程を外しても歌唱テクニックを入れまくって100点にできますし」
「そうなんだ…?」
「そうなの…?」
カラオケ慣れしていない二人が首をかしげていると、一ノ瀬はまた次の曲を入れて、システムのロード時間とイントロの間で口を開く。
「歌ってのは魂が大事なんです。一曲一曲に籠めた想いがあるほどいい曲になるんです。大衆向けの曲より、その人個人に刺さる曲の方が余程大切だと思います。……って、他の曲に浮気しまくってるあたしが言うことじゃないですけど」
「ううん。その思い、私は分かるよ」
「私もです。心海ちゃんは色んな曲が刺さったってだけじゃないですか。全部大切にすればいいと思いますよ」
一ノ瀬は桐谷の意見にちょっとだけ驚いた後、すぐに笑顔で歌い始めた。
二人にはその歌声がほんの少しだけ一ノ瀬の心を表しているように聞こえた。




