第44話 それぞれの気持ち+2
とは言うものの、千春も『78コンビ』としての片割れだ。第23回生徒会として学園を支えた功績はここにいる誰もが知っている。
そんな憧れの人が話し相手を求めているとなれば、話しかけにいかない人はそうそういない。
一人分の隙間を隔てて座る一ノ瀬は、じーっと千春を観察しており、千春はその事に気づいてはいたが、何かを言うべきか悩んでいた。
「あの、八前先輩」
「ん? なに?」
「八前先輩はなんで生徒会をやろうと思ったんですか?」
「そうだなあ」
今から生徒会として活躍する人に「先生に勝手に決められた」とか「本当はやりたくなかった」とは到底言えない。
だが、遠回しに言うくらいなら許されるだろう。
「なんでって言われると難しいけど、私はそこにいなくちゃいけなくて、誰かがそれを求めてたから、かな」
「…?」
「要するに、誰かの期待に応えたかったからだよ」
嘘は言っていない。
期待を向けられていたのは紛れもなく事実で、瑞希が自分と同じ目に合わないように生徒会に所属するのを決めたのも事実だ。
「もし、そういう目標みたいなものがなかったら、先輩はどうしますか?」
その質問の裏には、一ノ瀬が目標なくして生徒会役員になったことを是か非かを問うような意図が隠れていた。
「ん~。別になにもしないと思うけど。無いなら無いなりな行動しかできないだけだし」
思いがけない回答に、一ノ瀬は驚きを隠せずにいた。
一年生相手にこんな適当な回答だけして終える三年生というのはあまりに酷いと心の中で思った千春は、すぐに言葉を付け足す。
「でも、そうなるのが嫌なら何かしらの目標を立てればいいよ。思い付かないのであれば『この公約は絶対に達成する』とか、簡単なものでいいから」
一ノ瀬が感心したような反応をしてみせ、貴重な話をしてもらったことに頭を下げた。
(悪い子じゃなくてちょっと安心かな)
一ノ瀬はドリンクを飲み干すと、またドリンクバーに向かうため、桐谷と識宮に道を開けてもらっていた。
二席空いた位置に座る桐谷は、グラスに入ったストローを指で挟み、その隣の識宮と談笑していた。目元が赤くなっているのは未だ治っていない。
「識宮さんは勉強できるタイプでしょ? 今回も学年一位だったのに」
「全然そんなことないですよ。テスト前にはいつもヒイヒイ言わされてますもん」
「それだけ頑張ってる証拠だよ」
とても真面目な会話だった。見向きもしたくない話題ではあるが、それが学生の本分なのだから仕方がない。
現実から目を逸らし、もう少し穏やかな話題が無いか耳を傾ける。
耳に入ったのは、愛しの弟の声……をはじめとした男子陣の話し声。
「そう思えばそうかもな」
「ですよね。そういうジンクスがあるんですか?」
「いや、分からない。でも、今のところは何事もないはずだが」
なんの話をしているんだろう。
気になりはするが、なんとなく横から話に入るのも気まずい。
瑞希がいれば遠慮なく突っ込んでいたけど。
「かといって、ここ数回は全部女子がやってるからな」
「男子はやろうとしないんですか?」
「七瀬先輩と八前先輩が生徒会になってからは立候補すらないのが現実だな」
生徒会関連の女子がずっとやっている役職と言えば、生徒会長と副会長だ。
多分、生徒会長と副会長がどちらも女子がやると、半年は事件が起きないというジンクスについて話していたのだろう。と千春は予想がついていた。
「結局、一般生徒が気にするような事件はなかったと言えばなかったからな」
「生徒会役員だけには大事件ですけどね」
「ジンクスに付け加えるなら、後期は三年生を除くとでも書いておけば成り立ちはするが」
「そんなジンクス残さなくていいですよ」
という感じに、男子二人を挟んで黒岩と千秋は生徒会関連の話をしていた。
真面目過ぎる故にそういう話しかできないのだろうか。
というわけで、癒しを求めて雪乃と日向を横目に見てみる。
日向は皆が見ているところでくっつくのは躊躇われたのか、千秋に手を伸ばすか伸ばさないかをずっと迷っており、膝上で手を彷徨わせていた。
それを雪乃が微笑ましく見ていて、千春はさらにそんな二人を微笑ましく見た。
しばらく人間観察を行っていると、厨房が騒がしくなっていた。何が起きているのか気になったので、千春は厨房へ行ってみることにした。
そこはまあ地獄と言わざるを得ない状況になっていた。
厨房に並べられた皿に盛られたオムライスはともかく、サンドイッチはなぜか六皿分、麻婆豆腐はとにかく赤く、辛みが充満して目と喉が痛い。
「ど、どうしようかな……」
打つ手なしといった様子で嘆く宮本さんは顔を異常に赤くしていた。そんな宮本さんの横で「またなにかやっちゃいました?」とでも言いたげな瑞希。
「な、なにこれ」
「あ、ああ……八前さん。僕は瑞希ちゃんのこと舐めてたよ……」
力なく指差す先には例の赤すぎる麻婆豆腐。
宮本さんが味見に使ったであろう小皿を拝借して千春も一口味見をしてみる。
「辛さ抑え目にしたんですけど……」
「これで抑え目かぁ」
換気扇が効果を発揮していないように感じるこの辛さは、激辛という域を越している。
一口でも食べようものなら、それは死を覚悟して行わなければならない。
少し辛さ耐性のある宮本さんと千春は事なきを得たが、普通の舌を持つだけの一般人には食べさせるのは危険だ。
「辛ければ辛いほど美味しいのに……」
「これは味を感じられないんじゃないかなぁ…?」
とりあえず、麻婆豆腐の辛さが移る前に、この場からオムライスとサンドイッチを避難させておき、その間に麻婆豆腐の辛さを緩和する方法を考えてみたけれど、三人揃って思い浮かばないという結果で終わった。
仕方なく、麻婆豆腐を所望した三人には事情を話し、厨房にある麻婆豆腐を見てもらった。
「中々に辛そうな麻婆豆腐です」
と識宮が。
「これは愉悦……か?」
「そうかな……そうかも」
と楠と長森がそれぞれ反応を示した。
どうやら三人とも食べるつもりらしい。
「その……みんな、気をつけてね」
作った本人がそれを言うのは間違っているような気がする。ある意味、これは神からの言葉なのかもしれない。
そうして、全ての麻婆豆腐は三つの皿に取り分けられ、全てテーブルの上に置かれた。
「それじゃあ、いただきましょうか」
笑顔を絶やさず言う瑞希に悪意はない。
ただ美味しいものを作ろうと頑張った結果が目の前に鎮座している激辛料理だ。
誰もそれを責めることはできず、それぞれ頼んだものに手を伸ばす。
「い、いただきます…?」
自分の前に二皿分のサンドイッチが置かれたことと、赤い麻婆豆腐が運ばれてきたことに目を疑った日向は、動揺を見せつつも手を合わせた。
「無理して全部食べようと思わなくていいからね?」
「う、うん」
サンドイッチが2倍作られたのは、宮本さんが量を見誤ったことが原因である。
先に作り始めていたオムライスに関しては全く問題ない量であるのに対し、どうしてサンドイッチはこうも作りすぎてしまったのか。
本人は「高校生ならこのくらい食べるだろう」と意気込んで作ったらしいが、どう見ても作りすぎだ。
それより、日向は嗅覚が鋭いことから、麻婆豆腐の辛さを感じていないかが心配だ。
そんな千春の心配とは別に、麻婆豆腐に手を出した楠と長森が一口食べただけで悶絶していた。
「だ、大丈夫か…?」
「げほっげほっ」
「う……うう」
千秋が心配して声をかけるけれど、二人は言葉すら出せなくなっていた。激辛、恐るべし。
だが、その逆、識宮は平然と麻婆豆腐を食べていた。
「識宮さん、それ辛くないの…?」
楠と長森の反応を見て、識宮を心配する桐谷だが、なぜか識宮は涼しい顔で麻婆豆腐を食している。
「ちょっと辛いですけど、内にはしっかりした旨味もあります。私としてはもう少し辛さがある方が好きですけど、これはこれで好きかもしれません」
「そ、そうなんだ……」
「先輩も食べますか?」
「わ、私は遠慮しておこうかな……」
危うくまだ一口も食べていないオムライスの味を楽しめなくなるところだった。
桐谷は自分の前に置かれているオムライスをスプーンで少量取り、それを頬張る。
控え目な味付けの卵とケチャップの味がしっかりついたご飯がよく合っている。上から追加されているケチャップと一緒にもう一口食べてみると、甘味が強くなり桐谷好みの味になった。
男子二名は撃沈したが、桐谷は優雅に激辛料理を楽しんでいた。
そんなこんなでそれぞれが料理を楽しみ、30分もすれば机の上に並んだ皿は全て空になっていた。
2倍作られたサンドイッチは口直しに楠と長森が食べてくれた。激辛すぎるために用意していたのなら、宮本さんはファインプレーをしたと言っていいかもしれない。
だって、サンドイッチはほとんど男子二人が食べたのだから。
人数分と追加で一つ用意されていた試作デザートにより甘さという味覚を取り戻した二人と濃厚な味を楽しんだ他数名は、食事を終えて雑談を繰り広げていた。
「美味しかったですね」
「あたしビックリした。あんなに謙遜して凄い美味しい料理出してくれるなんて思ってなかったもん」
「あはは……そうでもないよ」
雪乃や一ノ瀬が言うように、宮本さんの料理の腕はかなり高かった。シェフと言ってもいいくらいには美味しく、毎日こんなご飯を食べられるならどれだけ幸せなことだろう。
「楠、長森、大丈夫か?」
「なんでだろ……美味しかったような辛かったような……よく分かんない」
「同じく。やっぱ白髪少女は辛いもの好きなのか…?」
識宮の方を見て、そう口にした楠。
それは人それぞれな気はするが、アニメの見過ぎかもしれない。
「雪乃はそうでもないだろ?」
「…? なんの話ですか?」
「辛いもの好きかって話」
「残念ながら得意ではないですね」
雪乃は恥ずかしそうに答えてみせた。
その恥じらいが楠と長森を盛り上がらせる原因になるのは言うまでもない。
「「レア表情ありがとうございます!」」
「???」
「あー。その、なんだ。気にしないでやってくれ。こういうやつらなんだ」
「そ、そうですか……」
雪乃が二人を拒絶しないのは、千秋の友達だからという理由が大きい。それにしても女子相手にこんなことを言えるのは中々怖いもの知らずではある。
七原学園の噂はただでさえ広まりやすいのに。
それぞれ話し合っているところに割り込むかたちになってしまうが、千春は本題である『生徒会役員同士の交流』をそろそろ始めるべきだと考えていた。
識宮が早めに帰らないといけないので、少しでも長く時間を取るのなら、始める時間を早くするしかない。
「瑞希」
「分かってるよ」
短いやり取りを交わした二人は二手に分かれ、識宮、桐谷、一ノ瀬、黒岩の四人と雪乃、日向、千秋、楠、長森の五人にそれぞれ話しかけにいく。
「お話し中ごめんなさい。そろそろ本題に入りたいのですが……」
「本題? なんだっけ?」
一ノ瀬が言い出しっぺではあるが、本題は打ち上げの化けの皮でしかないため、楽しみに脳を支配された一ノ瀬は素直に問う。
「生徒会役員同士の交流です」
「……あ」
本題を思い出してくれた一ノ瀬をはじめ、他の生徒会役員にも準備を頼んで、瑞希の役割は終わり。
もう一方、千春が対応した五人は五人のうち三人は生徒会役員ではない。
そのため、今から始まる交流では特に話すことがない。
「ごめんね話してる途中で。今から生徒会役員同士で交流して口実を作らないといけないから、少しだけ生徒会役員借りるね?」
一般生徒の前で口実とか言った気はするけど、この会に参加してる時点で言いふらさないだろう。
それより、日向がシュンとしてしまったのが可哀想でならない。
「まあ、生徒会役員と一緒にいても構わないけど」
曇った日向の表情がぱっと明るくなる。かわいい。
「せっかくの機会だし、雪乃ちゃんはいろいろ聞いてみなよ。何か新しい発見があるかもよ?」
「いろいろ吸収してくるといい。多分、面白いことを教えてくれるからさ」
「うん。わかった」
「あ、そうだ。もし話しかけにくいなら、複数人で行くといいかもね」
雪乃はその言葉を聞いて真っ先に千秋を凝視した。
千春からの「ご指名だぞ?」と言いたげな視線を受け、千秋は雪乃に呼び掛ける。
「困ったら呼んでくれていいから。一応俺も生徒会役員だからずっとは一緒にいられないけど」
「ふふっ。ありがとうございます。いざというときは頼りにしますね」
千秋に向けた笑顔に被弾した紳士二名はやはり悶えていた。
「「と、尊い…!」」
二人の呟きに、千秋に向けた笑顔が普段の余所行きの笑顔ではないことに気づいた雪乃は、すぐに余所行きの笑顔に表情を変える。
「「二段構えだとぉ!?」」
千秋の隣で日向は二人を見てハテナマークを浮かべていた。今の日向には周りが何をしていようが、千秋の着ている制服の袖をつまめているので気にならない。
「二人とも元気いっぱいだね~」
「百合のおかげです」
「尊さのおかげです」
口を揃えて言う男子二名に、千秋はツッコミを入れることも諦めてただ傍観する。
「それじゃあ、向こうも待たせてるし、そろそろ始めようか」
こうして、千春の役割も終わり。後の進行はこれからの生徒会に任せることにして、二人はもといた席についた。




