第43話 それぞれの気持ち+1
先生の話が少し長かったために、学園を出る時間が少し遅れていた。
昨日、急遽決められた本日の打ち上げは、今のところ全員出席することになっている。
自分が原因で開始が遅れてしまうのは避けたい。そのため、学園を出てからは早歩きで向かおう、と決めていたのだが。
「君は確か、新副会長の……」
「はい。識宮真白です。昨日お会いしましたね黒岩先輩」
「識宮……もしかして識宮先輩の妹か?」
「はい。識宮真紅は私の兄にあたります。お兄様がどうかしましたか?」
「いや。名字が珍しいからな。もしかしたらと思ったがやはりそうだったか」
識宮の兄、識宮真紅は第23回生徒会書記を勤めていた人物であり、黒岩も少なくとも片手以上は関わる機会があった。
どんなときでも冷静さを欠かさない人、というイメージが黒岩にはあるが、妹からすればそうではないのだろうか。
どのみち、それを知ったところで何かの損得をするわけではない。無駄な思考を捨て去り、黒岩は識宮へ提案する。
「どうせ行き先は同じなんだ。少し話ながら行かないか?」
「それは構いませんけど、あまり面白い話はできませんよ?」
「それでも良いさ。一人孤独でいる方がつまらない」
「分かりました。是非一緒に行きましょう」
識宮は時計を見ると時間を気にしてか、彼女なりの早いペースで早歩きをする。黒岩にとっては、それは少し早歩きをすれば並べるくらいの速度だった。
「黒岩先輩と面と向かって話したのは二度目ですね」
「そうなのか?」
「私が図書委員の当番をしていたときに、本を探すことを頼んできましたよね?」
「すまない。いつも図書委員と一緒に探すようにしているから、いつ識宮さんに頼んだのか記憶にない」
「いつも、なんですか?」
「ああ。詳しい人に頼る方が効率的だからな」
識宮は感心したように理解を示す。
効率的という言葉は真紅と同じように真白もモットーにしているのかもしれない。
「そういえば、黒岩先輩はどうして少し遅れたのですか?」
「担任の話が長くて遅れた」
「先生は誰ですか?」
「駒野先生だな。社会科担当の」
「ああ……確かにずっと喋っているイメージがありますね」
駒野先生は社会科担当で、一年生の地理と二年生の倫理を担当する見たとおりのおじいちゃん先生だ。
白髪の毛量が減っていることをとても気にしているが、元気に授業をしてくれるのは良いことだ。
問題点を挙げるとするなら、たまに話が脱線して、授業の半分が関係ない話に消えるときがあるくらいだ。
「識宮さんはどうして遅れたんだ?」
「本を返却してきました。返却期限が今日まででしたから。でも、今日は思っていたより人がいて、返すまでに時間がかかってしまいました」
「もしかしたら、テストの結果を受けて勉強しようと思ったのかもな」
「図書委員からすれば、それだと嬉しいです」
ほんのり微笑みを見せた識宮は早歩きで息が上がっていた。
そこまでして急ぐ必要はないのだが、どうして急ぐのか黒岩には気になって仕方ない。
「疲れてないか? そんなに急がなくても誰も怒りはしないと思うが」
「怒られないとしても、私の予定に合わせて立てていただいたわけですから、皆さんを待たせるわけにはいきません」
黒岩にはなかった発想だった。
確かにこれは11人もいるメンバー全員が都合のよい時間を打ち合わせて開かれたものだ。
11人という人数で予定が合う日など早々ない。そんな中全員参加で打ち上げができるのは幸運としか言い様がない。
逆に言えば、今日より先の日はもう全員集まって楽しく話すという時間は取れないかもしれない。それを理解している識宮こそ、今日という日の1分1秒を大切にしているのだろう。
「じゃあ、少し急ごうか。荷物持ってやる」
「え、悪いですよ。このくらい私が持ちます」
「息上げてよく言うよ。何もない方が歩き安いぞ? それこそ効率が悪い」
識宮は渋々鞄を黒岩に託し、軽やかな足取りで歩いていく。歩き方が綺麗というか、洗練されている。
黒岩は歩くスピードを上げて識宮の少し後ろをキープして、またちょっとした雑談を繰り広げた。
そんな調子でお店が見える道まで来ると、黒岩は識宮を呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「皆に見られる前に鞄を返そうと思ってな」
「あっ。そうでした」
識宮は「ありがとうございました」と礼をしてから鞄を受け取り、お店の方へと歩いていく。
黒岩もそれに続いてお店に近づくと、識宮がドアを開けて黒岩が先にお店に入るように促す。
「ありがとう」
「いえいえ」
黒岩と識宮がお店に入ると、すぐに店員と見られる若い男性が接客のためにフロアに現れる。
「いらっしゃい」
「あれ…? まだ皆さん来られていませんか?」
「皆、奥の部屋にいるよ。君たちもどうぞ」
店員が暖簾の掛けられた奥へ向かう通路へ掌を向けると、二人が来たことに気づいていなかったらしい一ノ瀬がグラスを持って奥から暖簾をかき分けて現れた。
「おっ、真白ちゃんと黒岩先輩だ」
「遅れてすみませんでした」
「いいっていいって。来てくれただけでも嬉しいよ」
「ありがとうございます。この件の埋め合わせはいつかさせてください」
「気にしすぎだってば。そんなに律儀にならなくてもいいのに」
黒岩も正直なところ識宮は無理をして律儀に振る舞っているように見えた。
それはやはり、彼女が七原四大名家の一つ、識宮家の娘というところが多いことが原因だと考えられる。
(兄よりは気難しくなかったな)
七原四大名家も、その比較対象のことも知らない一ノ瀬は元気よく話す。
「皆揃ったことだし、打ち上げを始めよう! 先輩も真白ちゃんも荷物置いてきて」
一ノ瀬はドリンクバーで次に入れるドリンクを考えるため、ドリンクバーと向き合った。
「じゃあ、二人は僕が案内するよ」
と、店員は二人を奥へと案内した。
奥の部屋では5人の女子と3人の男子で分かれていて、それぞれが異なる話題で盛り上がっていた。
女子は識宮が来たことが分かると話を止め、それぞれが道中の苦労を労う。
「遅れてすみませんでした」
「うん? 連絡もらってたから気にしてないよ。それより疲れたでしょ? 代わりにドリンク持ってくるよ。黒岩書記と識宮さんは何のドリンクがいい?」
黒岩の言った通り、誰も遅れたことを咎めようとはせず、桐谷に至ってはサービスをしようとしてくれる。
「いや、俺は大丈夫です。話を中断させるのも悪いですし」
「そうですね。そのくらいは自分でやります」
桐谷は少し浮かせた腰を下ろし、二人が席を決めるのを待つ。
現在の席は正方形の机を並べて作った長い机をコの字型に囲むようにして、桐谷、瑞希、千春、雪乃、日向、千秋、楠、長森の順に座っており、桐谷の隣に2人分のスペース、長森の隣に1人分のスペースがある。
識宮と黒岩は打ち合わせをしたかのような動きでそれぞれ桐谷の隣と長森の隣に移動して、荷物を置いた。
ちょうどドリンクを入れてきた一ノ瀬が戻ってきたこともあり、全員がいる場で千春は「みんな揃ったことだし」と前置きをする。
「生徒会お疲れ様の会、始めようか」
それぞれが拍手なり歓声を上げるなりして場を盛り上げてくれる。
千秋もなんとなく拍手だけ送っておく。
「堅苦しいのは一旦パスして、まずはリラックスしようねー」
「ドリンクはドリンクバーから好きなものを入れてきてね。飲み過ぎてお腹壊さないくらいにしておくんだぞー?」
三年生二人が気楽な言葉遣いで話すことで、場の雰囲気も一気に和やかになった。
「ほら、今来た二人はまずはドリンク入れてきてね」
「は、はい」
「分かりました」
気楽な雰囲気に困惑する識宮と、ここでも真面目な黒岩は、空のグラスを持ってドリンクバーへと向かった。
桐谷は黒岩と少し話したいことがあるらしく、黒岩たちについていく。
楠と長森は周りがほぼ生徒会役員だったことにビビったらしく、二人揃って外の空気を吸いに行った。
出ていく人とは逆に、一人入ってくる人がいた。さっきの店員さんだ。
「なんか急に決まったけど、なんとかできてよかったね」と千春が言うと、隣で瑞希が「本当に急に決まりましたよね」と千春に同調する。
「それと、宮本さんも、貸し切りにしていただいてありがとうございます」
宮本と呼ばれた彼は「今日は元々休みだったからね」と知り合いに話すような口調で返す。
「あと、メニュー表をどうぞ」
と言ってA4サイズのルーズリーフを一度だけ半分に折った紙を瑞希の前の机に置いた。
もちろん、これが通常のメニュー表ではないことはすぐに分かる。なぜなら、千秋たちの囲む机以外にはちゃんとしたメニュー表が立てられており、それと一緒にキャンペーンなどの販促広告もあるのが見えたからだ。
「すみませーん。メニュー表ってああいうのじゃないんですか?」
一ノ瀬が素直にそう聞くと、宮本さんは「それに関しては申し訳ないんだけど」と前置きをする。
「今日は普段の料理を担当する人がいないから、僕でも作れるメニューじゃないと皆の楽しみを減らしてしまうと思ってね。通常メニューが食べたいと思ったら、次はお店の開いているときに来てほしいな」
商売上手というかなんというか。
一ノ瀬はもう次に来れそうな日が無いかスマホでカレンダーを見ているくらいだ。
「事前にお知らせできなくてすみません。私がいきなり頼み込んだために、本来休みのところを出てきていただいたのです」
「まあまあ。その代わり、新しく考案されたデザートの試食をしてもらおうかなって思ってね」
デザートという言葉に一ノ瀬が反応を示し、宮本さんはそれをクスッと笑う。
「瑞希ちゃん、皆のメニューが決まったらまた呼んでね」
「はい。ありがとうございます宮本さん」
宮本さんは千秋たちに頭を下げてから厨房の方へと歩いていった。
「……七瀬先輩。宮本さんって、知り合いの人とかそういった関係なんですか?」
「そうですよ。宮本さんはカフェの店主さんで、学生向けマンションの管理人もしている人です。三年間使わせてもらっていたので、かなり頼りにさせていただきました」
あの若さで凄い職歴だな、と感心していると、同じことを思った雪乃が率直な感想を言った。
「あんなに若いのにいろいろやっているんですね」
「『どっちも跡継ぎで仕方なく』って言っていましたよ。それでも管理人をしていただけるのはとても助かりました」
「あそこは一人暮らしをする生徒にはうってつけの立地だからね。来年もまた満室になるのかな」
「『今の時点で入室志願者は推定で空き部屋数の3倍だ』とは聞きました」
推定で、とわざわざ言うのは、その数から増減することを意味しているのだろう。
何かしらの理由があって留年するとか、大学が決まらず浪人するとか、いろんな人がいるのはもちろんのこと。それでも、志願者が3倍もいると、決めるのにも一苦労あるのだろう。
しばらく話していると、楠と長森、桐谷と黒岩、識宮が戻ってきた。
多分、向こうで楠と長森は生徒会役員に感謝をされたからか、出ていったときより緊張して帰ってきた。
全員集合したところで、再び千春は呼び掛ける。
「はーい。ちゅうもーく」
そうして全員の視線を誘導してから、顔の高さに渡されたメニュー表を掲げる。
それを待っていた瑞希が、千春の代わりに説明をする。
「これが今日のメニューです。正式な料理は料理人がいないため出せないそうですが、この中から選べば作っていただけるそうです」
「あとデザートもあるみたい!」
一ノ瀬の補足に桐谷や識宮は微笑み、楠と長森は「へぇー」と反応した。
「とりあえずメニューを決めましょう。識宮さんの方から回していきますね」
「は、はい! ありがとうございます」
識宮は瑞希からメニューを受け取ると、桐谷にも見えるように桐谷寄りの位置でメニューを見る。
「メニューの横に正の字を書いておいてください。後から私がまとめて注文します」
「鉛筆だけど、私の使うといいよ」
千春が芯の先を透明なキャップで保護した2Bの鉛筆を識宮の方へと転がし、桐谷がそれを手で止めた。
隣から一ノ瀬も顔を出し、三人でメニューを決めると、鉛筆と共にメニュー表が回される。
千春と瑞希はすぐにメニュー表に正の字を書き入れて、メニュー表は雪乃へ渡る。
「日向は何にする?」
「どれにしようかな」
日向の前に置かれたメニュー表を見ると、メニューは三種類書かれていた。オムライスかサンドイッチか麻婆豆腐とご飯。
現在、オムライスに三票、サンドイッチと麻婆豆腐に一票ずつ入れられている。
悩む日向を待たずして、雪乃はサンドイッチに一票書き加えると、日向も同じものに決めた。
日向からメニュー表を受け取り、千秋はささっとオムライスに一票入れて楠に渡す。
「麻婆豆腐かぁ。久しぶりに食べたくなってきたな」
「僕もそうしようかな」
楠が麻婆豆腐に二票書き加えて、メニュー表は黒岩の手に渡る。黒岩は少し悩んでからメニューを選んだ。
黒岩が書き加えたのを見ていた瑞希は宮本さんを呼び、その声を聞いて宮本さんはメニューを聞きにきた。
「もう決まったのかい?」
「はい。黒岩さん、その紙を彼に渡してください」
黒岩がメニュー表を渡すと、宮本さんは正の字を確認してから、助けを求めるような目で瑞希を見た。
「数が多いですし、私もお手伝いしますよ」
「ありがとう瑞希ちゃん!」
「では皆さん、出来上がるまで少しお待ちください」
瑞希は一ノ瀬たちに通り道を開けてもらい、宮本さんについていった。学園内ではよく話す相手がいなくなった千春は予想外だったのかちょっとショックを受けていた。




