第40話 突然の打ち上げ
2月下旬のこの時期になると、授業は四限までになり、一般生徒たちは午前中の授業を終えて帰ることができる。
普段なら授業のある時間をどう使うかは、その時行動する生徒次第だ。
「桐谷に言われた通り来たが、なんだこの人数は」
黒岩がそう呟いたのには訳がある。
現在、生徒会室には千春、瑞希を始めとして、第24回生徒会役員と第25回生徒会役員のほぼ全員、それに加えて生徒会役員ではないが再選挙のときに迅速に行動を取った二人と手助けをしてくれた日向がいた。
あわせて11人。生徒会室の椅子の数が足りないため、隣の備品庫からパイプ椅子を四つ持ってきていた。
生徒会長の席には雪乃が座り、長机の左右に配置された6脚の椅子には奥から瑞希、千春、桐谷、識宮、黒岩、一ノ瀬が座っていた。
パイプ椅子には千秋、日向、楠、長森が座り、普段狭いと感じない生徒会室が狭く感じる。
「じゃあ、一ノ瀬。始めてくれ」
両肘を机につき、口元を手で隠していた一ノ瀬はそのポーズを解くと、椅子を引いて立ち上がった。
「ええー。こほん。皆さん、今回の生徒会選挙並びに再選挙にて、ご協力とぉ……えっと、なんだっけ?」
「……『ご協力ありがとうございました』」
「ご協力ありがとうございました!」
既にグダグダなのは本人も理解しているのだが、こういう場で正しく話せないと、いざというときに困る。
それを先輩方は分かっているのか何も言ってこないことが救いだ。
「今度の生徒会は全員1年生で構成されることとなり、あたし……じゃなくて、わたしとしても非常に心配です。そこで、今回の再選挙での協力をしていただいた生徒と生徒会役員への感謝と、これまでの生徒会役員同士での交流をしたく、その打ち合わせのためお集まりいただきました。是非、この機会に上下間の関係をつくり、生徒会という立場のあり方を深められればと思います」
一ノ瀬は千秋が考えた建前を述べ、居心地の悪さからぎこちなく椅子へ腰かけた。
「良い考えだと思うよ。私はするべきだと思うけど、皆はどう?」
自然な流れで千春が意見を求めると、誰も反対することなく、実施することが決まった。
ここにいる半数以上が今回の交流会のことを知っていたため、決めるべきことはトントン拍子に進んでいった。
「じゃあ、後は日時かな。予定の合わない日があれば教えてください」
そこで手を挙げたのは、黒岩と識宮と瑞希の三人だった。
「私はちゃんとした日程じゃないから、二人が先に言っていいよ」
瑞希が黒岩と識宮に先に話すように促すが、まだ関わりの薄い二人は互いを尊重して譲り合った。
時間も限られているので、ここは千秋が介入してスムーズに話を進める。
「まずは黒岩先輩からお願いします。その後に識宮さん、七瀬先輩の順にしましょう」
二人はそこで譲り合いをやめ、黒岩が先に都合の悪い日を伝える。
「部活のある日はなるべく避けたい。月・火・木・土の曜日以外にしてくれるとありがたい。それ以外なら行くつもりだ」
「なるほどです。ちゃんとメモ取らないと……」
一ノ瀬は手元で単語帳サイズのメモ帳を広げ、黒岩の都合の悪い日をメモしていく。
生徒会書記として頼れる存在になれそうだ。
「次は識宮さんお願いします」
「私は今週末に予定が詰まっているので、できれば来週だと嬉しいです」
「ふむふむ。あれ? 平日なら今週でもいいの?」
「そうですね。明日なら大丈夫だと思います」
「じゃあ皆さん、明日でもいいですかー?」
いくらなんでも明日はいきなりだ。
そんな急に予定を空けられるわけが……
「私と瑞希は自由登校期間だしいいけど。ね、瑞希?」
「はい。私たちは大丈夫ですよ」
と三年生の二人は口を揃える。
「俺も部活がないから構わない」
「引き継ぎの書類を今日中に終わらせれば問題ないよ!」
黒岩も桐谷も特に問題ないとのことだ。
いや、後者は少し問題があるかもしれない。
「私は帰るのが遅くなるとお父様が心配するかもしれませんので、遅くまでは付き合えません」
「その辺は大丈夫だよ。放課後2時間くらいで終わるだろうし」
「そ、それなら私も大丈夫です」
識宮の不安を千春が解消して、識宮も問題ないらしい。
「オレたちは普段から暇だし、いつでもオッケーです」
「はい! 大丈夫です!」
楠と長森は生徒会役員相手なのに臆することなく反応を返す。
ほぼ初対面の上級生相手にそこまで落ち着いて話せるのがハッキリ言うと羨ましい。
残りは雪乃と日向、千秋だけで、千春と千秋は二人に予定が入っていないことを知っている。
これで全員明日は予定が空いているのが分かった。
「私と日向は大丈夫ですよ」
「あー。俺も大丈夫です」
最後に千秋がそう言うと、一ノ瀬は「じゃあ決まり!」と言いながらメモ帳を閉じた。
「待て一ノ瀬。七瀬先輩の都合の悪い日を聞いてないだろ」
「あ、そうだった! 七瀬先輩、都合の悪い日はいつですか?」
「私は卒業するまでには執り行ってほしいだけですから、月末以降だと厳しいです。明日なら問題ありません」
というわけで、何事もなければ明日やることが決まった。
そんないきなり決めることではないような気もするが、誰かが欠けて開催するよりは断然良い。
「えーと、まとめると……明日の放課後、七瀬先輩が連絡を取るお店に行くということで。集合場所はここでいい……のかな?」
「生徒会役員がぞろぞろ集まってたら他の生徒は気になるだろうし、連絡先を交換して各自でお店に行く方が良いと思う。瑞希がお店の場所を連絡すれば行けるだろうし。それに、明日話しきれないことがあったときに便利だしさ」
千春がそう言えば、反対する人はいなかった。この場にいるメンバー全員の連絡先を持った千春がグループを作り、連絡先を交換した人をグループに追加する。
千秋たちはついでに第25回生徒会役員のグループも作っておいたが、一人足りない。
今度会ったら連絡先を交換しておかないとな、と頭の片隅に今は叶わない思考を放っておき、千秋はスマホを制服のポケットの中へ突っ込んだ。
「一ノ瀬、締めの挨拶をしよう」
「こほん。では皆さん、今日は解散です。お疲れ様でした!」
解散した後はそれぞれが部活に行ったり、帰路についたりして、わざと出遅らせた千春と瑞希、生徒会役員ではないために先に出るのを躊躇した楠と長森、帰る時間を合わせるために残った日向と雪乃、そして千秋が生徒会室にいた。
千春からの「男子二人を連れていけ」という視線を受け、千秋はパイプ椅子から立ち上がる。
「椅子は戻しておくから、帰っていいよ」
「助かります。ってことだから、楠、長森、先に帰るぞ」
千秋を追うように楠と長森も立ち上がり、残ったメンバーに対して軽く会釈をして足早に生徒会室から逃げた。
扉が開いたままの生徒会室から離れた男子三人のうちの一人、長森は息を整えるために立ち止まった。
「息が詰まるかと思った……」
「それは分かる。あれだけ人数が集まるとは思いもしなかった」
「一ノ瀬のやつ、安易に話を広げすぎだろ」
楠が一ノ瀬の行動を批判するが、前回生徒会役員に声をかけたのは千春なので、その点に関しては一ノ瀬が原因ではない。
「ねえ千秋。佑斗は分かるんだけど、僕は何もしてないのに参加して良かったの?」
「主催者の一ノ瀬が良いって言ったなら良いんじゃないか? わざわざさっきの打ち合わせのときに『協力した生徒』って広義で言ってたくらいだしさ」
それを考えたのは千秋自身で一ノ瀬は覚えていた限り話しただけ、という事実は置いておき、単に参加する男子の割合が小さくなるので来てほしいという理由もある。
妹にキレられる南谷兄といつからか姿を見せなくなった御嶽がいれば男女比はバランスが取れたのだが。
「でも、他の人がほとんど生徒会役員だと話す相手がいないからなぁ」
「話す相手に困るなら俺の近くに最初から座ってればいいだろ」
「それはそう」
「ま、俺も誰かに仕事を教えることになるとは思うから、そのときは無理だけど」
「千秋、オレたち友達だろ?」
「それとこれでは優先度の差がありすぎる」
お楽しみ会ではあるものの、前提として交流会が主にすることであるのは変わりないし、次の生徒会がまともに機能しなければ千秋が自由になる時間も短くなる。
それは日向たちとのスキンシップの時間も短くなることを意味していて、当然そのようなことがあってはならない。
「真面目ちゃんがよぉ……」
「後のことを見越して行動する慎重派と言ってくれ」
「あまりにも慎重過ぎるくらいには慎重なのは知ってる」
「僕ら一週間も動いたもんね。バイト代出てもおかしくないよ」
「それを含めてのお楽しみ会だ。これ以上はない」
きっぱり言えば二人もそれ以上文句を言うこともなくなる。
お楽しみ会をやろうと言い出したのは一ノ瀬だし、お店を探してくれたのは瑞希だし、前回生徒会役員を集めたのは千春だし、千秋はほとんど何もしていないと言われれば返す言葉もないけれど。
「明日やるってのが驚きだけど、休日じゃなくて助かったよ」
「何か予定があったのか?」
「バイトだよ。僕のお小遣いは貴重な休日に労働することによって生まれるからね」
「オレも同じく。まあ、今週末はシフト入れてないから例外だけど」
「いいなぁ佑斗は。僕が働いてる間に趣味に没頭できるんだから」
「そうでもないぞ? じっちゃんばっちゃんが『もうすぐ学校終わるんだから顔見たい』ってうるさくてさ。しばらく無理だって言ったら向こうから来るとか言い始めるし。それで今週末は顔見せるためにシフト抜いてもらっただけだから。全然暇なんてないんだよ」
なるほどな、と楠の話を長森と共に聞き、二人してこれから苦労するであろう楠を労っておいた。
わざわざ近い階段を使わず、下駄箱に近い方の階段まで差し掛かると、千秋は楠と長森とは異なる方向に移動する意思を示した。
「千秋? 何で階段を上がろうとするんだ?」
「今日はもう帰るんじゃないの?」
「いや、俺はまだ仕事が残ってるから」
さて、明日打ち上げをするにあたって、一人参加することが難しい人がいたはずだ。
選挙から2日後、開票の後日に暇なんてないだろうに、打ち上げに参加したいがために引き継ぎの書類を今日中に仕上げようとする桐谷には脱帽する。
先程はあまりに簡単そうに発言した桐谷だが、前生徒会長を臨時で行っていた期間があるため、本来の副会長の引き継ぎ書類に加えて、会長臨時就任期間の書類、生徒会長の引き継ぎ書類の計3つ、そして、他生徒会役員の作成した引き継ぎ書類の確認も生徒会長の仕事に含まれる。
それを明日までに終えるのは一人では困難であることくらいは明白だ。
大体、再選挙が行われる場合の時間延長すらないのが問題で、『選挙日の次週金曜日まで』ともともと期限を短く設定しているのもおかしな話だ。
「まあ、ちょっとした人助けだよ」
「お前ホント物好きだよな。オレはお前が何でも受け入れるイエスマンにならないか心配だよ」
「ちゃんと人を選ばないと面倒なことに巻き込まれちゃうよ?」
「はは。別に、誰でもって訳ではないから」
優先する人は決めているし、どんなことをしなければいけないとか、一度自分の頭で考えて行動しているつもりだ。
だから、二人が心配したようなことは起こさない。
「じゃ、二人とも気をつけて帰れよ」
「うい。また明日」
「千秋も頑張ってね」
別れの挨拶を交わして、階段を上がっていく。
生徒会役員以外は帰宅したか部活動に行ったかで校舎内にはもういない。
そんなことを思って完全に気を抜いていた。
踊り場を経由して数段上がったところで、誰かが待ち構えていたのが分かり立ち止まる。
誰なのかは分からないが、自分を待っていてそこにいるということだけは分かった。
わざわざ授業のない午後に待っている人がいることが一番の驚きであるが、自分の行動を読んでいるかの如く、上る階段を当ててきたと分かると恐怖を感じる。
(いや、たまたま今の時間に帰ろうとして、先生が見回りに来たと勘違いした可能性があるか)
そうであれば良かった。
だが、千秋を待っていた人物は千秋が一段上がったその時、「止まれ」と男と思われる低い声で静止を促した。
「……。」
「お前だろ、八前千秋」
引き返すことも考えたが、相手の顔を見ておくべきだと判断し、その目的を達成するまで引き返すという選択肢を封印する。
「何の様だ」
普段の声色に比べて一段低い声で相手に問いかけてみると、相手の答えが返ってくる。
「俺と取引をしろ」
「取引?」
「ああ。不公平な取引をな」
千秋には相手が不敵な笑みを浮かべているのが容易に想像できた。




