第37話 立場と責任+2
「とまあ、初めてはこんな感じだったかな」
「お前ら、よく1年でここまで仲良くなったな」
「私のパーフェクトなコミュニケーション力を持ってすれば、そのくらい普通だって」
瑞希は千春のおかげだとコクコクと頷いてみせる。パーフェクトかと言われれば首をかしげるが、それでも千春と瑞希が仲良くなれたのは千春から歩み寄ったことに変わりない。
「今の話、どこに仲良くなれる関係性があった? どちらかと言えばこれから生徒会長の座を争うライバルになるような展開じゃないのか?」
「あの後は糸魚川先生もよく知ってるでしょ。私が生徒会長の立候補を辞退して、瑞希が生徒会長になったのは主に糸魚川先生が原因だし。ちょうどいいから、そのことも振り返ってみようか」
千春たちが経験した、今から二つ前の生徒会選挙。千春は懐かしむように自らの道のりを語った。
千春が他生徒よりも少しだけ長い春休みを終えて初めて登校した日、もとい瑞希と初めて双方が認識する形での出会いをした日。
「私のような人がもう一人生まれる前に対策はしておくべきでしょ?」
誰からの反論もなく、千春はほっと一息つく。
まだこの学園では使命感が強く残っているように感じて、それが一番千春にとって嫌なことだった。
誰かに期待されている。そんな目を向けられるのが嫌いで、ここに来るのもかなり躊躇った。
それでもここに来たのは、同じ立場に立たされる人を増やさないためだ。
一手遅れているのは理解の上で、対策や対抗を行うことは必至だと結論づけた。
幸い、強化生徒に選ばれた人物をすぐに特定することができたため、あとは自身と同じ結末を迎えないように助言と協力を惜しまないようにするだけだ。
「こうなったのは私のせいだから。何もせずに、責任感とか罪悪感を払拭できないままは好ましくないからね」
千春は横目で瑞希を見て、思考に没頭する彼女に気づかれる前に再び前を向く。
「さてと。私は糸魚川先生に苦情でも入れてこようかな。させられてた会長立候補のことも気になるし」
「えっ」
不意に出た言葉を包み隠すことはできなかった瑞希に、千春は鋭い視線を向けていた。
瑞希が何に対して驚きの声をあげたのかなんとなく予想はついていたからだ。
瑞希も生徒会長に立候補させられたのだろう。いや、彼女の場合には自ら立候補したのか。
それも千春を立候補していないことにした糸魚川先生が助言したからだろう。知っているなら、勝てる見込みの低い勝負はしてこないはずだ。決定的なのは千春が立候補していることを知ったときの反応だ。
「あ、あの……」
「一手遅れたとか、そんな流暢に考えてる暇もないね。私のときと同じように礎からしっかり固めてくる」
千春は独り言を呟いて、しばらく長考する。
(私か七瀬さんかどちら一方は必ず生徒会長にするつもりか。この子の反応的に私より上に立つために生徒会長から降りる気はないだろうし、私が生徒会にいないと糸魚川先生は『生徒会役員でもない生徒が口出しするな』とか言いそうだからなぁ……。
現状、枠が生徒会長と書記が空いてるはずだから、私が書記になれば文句は言われない。でも、書記はイベント毎に時間をかなり要するのがこの子や糸魚川先生を見張る私には向いてない。無理を言っているのは承知の上だけど、頼み込んでみるしかないか)
長考を終え、千春は瑞希をもう一度観察する。
千春に見られている間、瑞希は大人しくしていて、本当にこの子が生徒会長になって大丈夫なのか、と千春は心配になってきた。
「七瀬さんは生徒会長に立候補したいなら、すると良いよ。私は生徒会長の立候補を取り下げるから」
「え、でも……」
「立候補するならごちゃごちゃ言わない」
「は、はい…!」
まだ頼りない返事をする瑞希に、千春は考えていた行動を取るのが必須だと感じた。
河瀬先生は千春が何をしようとしているのか粗方予想できていたが、一点を残す以外有利な千春の考えを止めるのは憚られた。
次の日、千春は朝から忙しなく人探しを行っていた。
あまり気にしなかった生徒の朝のルーティーンを知るはずがない。そのため、朝のうちに見つけ出すには、いるであろう場所をしらみ潰しに確認するしかない。
今朝に登校した直後、教室にいたクラスメイトから探している人物はいつも朝早めに登校していることを聞き出したので、なるべく早く出会って交渉を持ちかけたい。
クラスメイトは千春がいることに驚いていたし、まだ話をしたそうでもあったけれど、千春が急いでいることを伝えると、千春を優先してくれた。
事前知識を頼りにまずは教室を覗いてみたが、机の上にも横にも物を置いていなかったため、ここには来ていない。まだ来ていない可能性はあったが、決めつけて何もしないより行動した方が良いと、千春は再び脚を動かし始めた。
次に学園図書室に行ってみた。朝早くに来る生徒は図書室で勉強していることが多い。しかし、テスト終わりで気が休まったからか極端に人は少なかった。
「あら、おはようございます八前さん」
「あ。おはようございます。水戸先生」
千春に声をかけてきたのは司書の先生である水戸先生。この図書室を長年管理するベテラン司書さんだ。歳が目立ってきてはいるものの、まだまだ元気のある先生だ。
水戸先生からの千春の認識は、初めて図書室に来たときに、監視のため複数の先生を連れてきた生徒である。
2年生の後半になった頃、2ヶ月ほど前に先生陣の監視が強くなり、参考書を買いに行く時間がないからと初めて図書室を利用したのが、それが入学式後のオリエンテーション以来の利用だった。
「何か焦っているように見えたのだけれど、大丈夫?」
この気にかけてくれる優しさが、一部の学園生徒が相談相手に水戸先生を選ぶ理由でもある。
今回は千春もその優しさの恩恵を受けることにする。
「個人的な頼みで、人探しをしていたんです」
「あら、こんな朝早くから大変ね。私の知っている生徒さんなら分かるのだけど、力になれないかもしれないわ」
「いえいえ。図書室に来ない生徒だと分かるだけで探す場所は絞られますから」
ニコニコと笑みを浮かべて話を聞く水戸先生に千春は探している人物の名を伝えると、水戸先生は心当たりがあるらしく大きく頷いた。
「生徒会関係の話をしたいのね」
「分かりますか。情報が速いですね」
「うふふ。本人がよく図書室に来るから、お友達との会話で少しだけ聞いたのよ。それも、図書室にかなり重点の置いた公約を掲げていて気になっていたの」
「えっと、その、その人を生徒会役員から落とそうとは考えてないんです。生徒会関係の話ではあるんですけど……個人的な頼みなんです」
「ああいえ。そんなつもりで言ったわけではなくて。もし批判するように聞こえてしまっていたのなら謝るわ。ごめんなさい」
短く頭を下げた水戸先生は話を戻すべく、「本題に戻りましょうか」と仕切り直す。
「八前さんが探している生徒さんなら、いつももうすぐ来る時間だと思うわ」
そう口にした矢先、図書室に訪れた人物が一人。白銀色の髪に赤のメッシュのある特徴的な髪を持つ男子生徒がそこにいた。
「彼が識宮真紅さん。第23回生徒会副会長に立候補している生徒さんであり、七原四大名家の一つ、識宮家の長男よ」
自己紹介を他人にされて、戸惑いを隠せない真紅に千春は得意の作り笑顔を披露する。
「水戸先生。なぜ今、俺の紹介をしたんです?」
「私から頼みごとがありまして」
「八前さんから?」
「はい。識宮さんにしか頼めないことなんです。少しだけ話を聞いていただけませんか?」
千春の言葉を耳に入れながら、真紅は持ってきていた学園図書室の本を三冊のうち二冊を水戸先生に渡す。
返した本は『武士の娘』『賽の河原』、手にしたままの本は『ノブレス・オブリージュ』だった。
千春は愛読家ではなく、これらの本はまだ読んだこともない。分かるのは精々タイトルの意味くらいだ。
「俺にできることなら力を貸します。だけど、俺にも譲れないところはあるので。それだけは理解していてください」
「もちろんです。水戸先生も相談に乗って頂いてありがとうございます」
「ええ。またいつでも頼って頂戴」
水戸先生は千春たちに微笑んで送り出すので、千春と真紅は揃って図書室を出た。
そのまま向かった先は誰も使わないであろう屋上への階段だった。校舎内と屋上を繋ぐ扉の前で二人は立ち止まり、千春が振り向いて顔を合わせる。
「……この辺なら大丈夫かな」
「他人には聞かせられない話なんですか?」
「……まあね」
「八前さん…?」
「識宮さんも、その作り込んだ敬語はいいよ。私もありのままで話すつもりだから」
これまで見せてこなかった部分を少し見せてみると、真紅は分かりやすく動揺していた。
「上流家庭だから、そこらへんを気にするのは理解できるけど、私の前ではしなくていいよ」
「……驚いた。本当の八前さんはこんな人だったなんて」
「幻滅した? それはそれでありがたいけど」
「残念ながら逆だ。俺は心のどこかで八前さんは人間性を持たない人なのかと思い始めてたからな」
「酷い評価だね。ま、当然だけど」
与太話はこのくらいにしておいて、千春は思い切って頭の中にあるただ一つの目的を提示する。
「単刀直入に言うけど、生徒会の立候補を書記に移してほしいんだ」
「ああ。いいぞ」
「理由はいくつかあるけど……え?」
「良いと言った。別に役職を変わることは俺としては問題ない」
「理由とか聞かなくていいの?」
「そこまで言うのなら聞こう」
私が訊かなかったらそのまま通したのか、なんて千春は思いながら、堂々とした態度を変えない真紅に話せる範囲で理由を話す。
「識宮さんは知ってるかもだけど、私、つい最近まで休んでたんだよね」
「ああ。クラスメイトが嫌でも耳に入るくらい話題にしていたからな。さすがに知らない生徒はいないだろう」
ここ数日、同じことを聞いてうんざりしていたのか、真紅は小さくため息をついていた。
「その件で、糸魚川先生から推薦されていた生徒会長の立候補が取り消されてね。新しく目につけた生徒が改めて生徒会長に立候補させられたみたいで、私はその人のお助けと思って生徒会役員になろうと思ったんだ。今のところ書記に立候補している人がいないから書記に立候補しても良かったんだけど、生徒会長を補佐するには副会長の方が適任だと思ってるんだ」
「それで職を譲ってほしいと?」
「そう。逆に、識宮さんはどうしてすぐに譲ってくれたの?」
真紅は少しだけ視線を下げて鼻で笑ってみせた。
「八前さんとは戦っても勝てないからな」
どこか悟ったような口調で話す真紅に、千春は「そっか」と短く返した。
これで千春の作戦は思い通りに進む。
一つ真紅には借りを作ったような気がした千春は、これから同じ生徒会になるにあたって蟠りをなくしておこうと、余所行きの笑顔で真紅にお礼を言っておいた。
「それじゃあ、次の生徒会、一緒に頑張ろうね」
「あ、ああ……」
階段を一段飛ばしで降りていく千春に置いていかれた真紅は、心のどこかで千春に心を奪われたのだった。
そこから後は、何一つ事件と呼べる事件はなく、投票は全て信任投票で行われ、全ての役職で信任された。
学園の問題点を片っ端から解決して、生徒会長である七瀬瑞希と副会長の八前千春の名字の一文字目の数字にちなんで、二人は『78コンビ』と呼ばれるようになっていった。
輝かしい実績を残した半年の任期を満了し、二人は表舞台を降りることになる。ただ一つ、二人に敵う実績を上げることができないと感じた生徒たちが次の生徒会選挙で生徒会長立候補者に誰一人名乗りを上げなかったこと以外は、このコンビは七原学園を良い方向へ導いたと言えるだろう。
「生徒会の活動をこなしていくうちに、私たちは仲良くなれたんだよ」
「最初は怖かったなぁ。千春ってば、私が生徒会長になってすぐに私のことを文章読み上げ機として使おうとしてたし」
「それは手を動かすのが遅いのに読むのは速かったからね。適材適所は基本だよ?」
「本人の意思に背く場合はかえって効率は悪くなると思うんだけど」
瑞希からのツッコミを涼しい顔で受け流し、瑞希は言いたいことはあるけれど心の中で抑えた。
「ともかく、今の私たちがあるのは糸魚川先生のおかげだと思ってる。もし、この先またそのことで不安になっても、大丈夫って心に言い聞かせてあげて。私はもう大丈夫だから」
「ああ。安心したよ。もう聞きたくないくらいにはな」
「あはは。それはよかった」
千春が席を立とうと椅子を引くと、糸魚川先生は「まだ話は終わっていないぞ」と千春を引き留めた。
「お前らには反省してほしいところがあるんだが、それを忘れているなんてことはないだろうな?」
「え…?」
「何かあったっけ?」
ため息をつき、糸魚川は面倒臭そうに壁際に放置された凹んだ投票箱を指差した。
「あ。そうだった」
完全に忘れていた。手に痛みが残っていれば覚えていたかもしれないが、そんなことは一切なかった。
「あれはどういうことだ」
「いろいろあったんだよ。ね、瑞希?」
「確かにいろいろあったね」
「そのいろいろを聞きたいんだが」
こうして、千春と瑞希は投票箱がボコボコにされた経緯を話すことになった。




