第29話 VS.カップルパフェ
もちろん、こんな大きなパフェは注目を集める。晩ご飯を食べに来たであろう客の話題にされているのが嫌でも分かる。
千秋はパフェを容器ごと桐谷の方へと移動させて桐谷に食べやすくすると、もう関わらないようにした。
「八前庶務は食べないの?」
「俺のことは気にせずどうぞ」
「こんなに美味しいのに」
スプーンで容器から落ちそうなイチゴを掬って一口ずつ進めていく桐谷。
それにしても、このカップルパフェというものは中々に豪華だった。
下から5センチくらいの高さまではフレークが詰められていて、その上にはバニラのアイスが三つ。生クリームとイチゴのシロップが隙間なく入れられている。これで約15センチ。
そこから上は容器の高さまでブドウやキウイといった断面が円形のフルーツが側面に盛り付けられていて、それより内側がどうなっているのかは知ることができない。
そして容器より上、大体20センチくらいの位置に、半分にカットされたイチゴが外向きに円を描いて並べられている。
ソフトクリームが内側で10センチほど渦巻いているところに、マンゴーやミカン、バナナにメロンなどのカットされた豊富な種類のフルーツが乗せられ、刺さるようにして大きめ筒状の菓子が一本。
最後に、頂上にはアイスクリームのコーンが天を向くように被せられていた。が、筒状の菓子と共に、既に桐谷が食べているためそこにはない。
(この大きさのパフェがカップル半額はやりすぎでは…? フルーツの種類も量も凄いし、会長は凄く美味しそうに食べてるし)
味、量どちらにも問題なく、大満足のパフェは看板でオススメされるには申し分ない商品だ。
ただ、条件付きで半額にしているので、条件を満たす客がこぞって注文してしまえばすぐに赤字になりそうなのだが。
しばらくパフェを観察していると、ソフトクリームとブドウを乗せたスプーンを差し出された。
「はい、あーん」
「え? いや、俺はいいですよ」
「エビフライもらっちゃったから、そのお返し。あと、仕事も手伝ってくれるし」
桐谷はかなりの真面目っ子であり、恩を恩で返してくれる素晴らしい人だ。
適当な理由をつけて拒むよりも、ここは乗った方が良いことは千秋も知っている。
「それじゃあ、お言葉に甘えていただきますけど、もう一つくらいスプーンはないんですか?」
「ないよ?」
桐谷は即答して、差し出していたスプーンを頬張る。
「だって、これカップル向けだし。私が見たときは食べさせ合ってたよ」
ほら、と桐谷はリンゴを乗せたスプーンを差し出した。
ここまで来ると、相手が日向だと思った方がやりやすい。週に2回ほど食べさせたり食べさせられたりしているので、そう思った方がまだ慣れがあるからだ。
「なんて冗だ――」
桐谷が言いかけたタイミングと重なってスプーンを頬張った千秋。手を引こうとした桐谷からスプーンが離れて、千秋がそれを咥えていたことにより落ちることは防いだ。
スプーンを口から抜いて、何もおかしなことはなかったように振る舞う。
「えっ、ええっ!?」
「なんですか。その反応……」
「だって、八前庶務ってば、ずっとこういうこと避けようとしてたから……」
その点に関しては千秋からは言い返せなかった。
少し前まではできるだけ桐谷とは話の合う友人くらいの接触を演じていたのだが、エビフライを食べさせたくらいからは恋人として立ち回ることにしていた。
理由は知らない反応が見れて面白いから。
「気分が変わっただけですよ」
桐谷に向けて今度は千秋がパフェを掬ったスプーンを差し出す形になり、だんだんと成立したてのカップルらしい雰囲気になってきた。
「な、なんで人前でこういうことできるの…!」
「会長が先にしたんですよ?」
「そうだけど、そうだけどさ……恥ずかしい」
恥ずかしがって食べようとしない桐谷の前で、千秋は追加してパフェからイチゴを一つ掬いあげて食べた。
「わ、私も食べる!」
桐谷はフルーツを食べたいらしい。パフェは既にイチゴが円を描くように配置してあった高さが最高高度になっていた。
パフェの残っていたイチゴは桐谷に譲り、千秋はソフトクリームを担当する。
しばらく食べていると、ようやく容器の内側へとたどり着いた。
「会長、味変でどうですか?」
キウイを乗せて桐谷へスプーンを向けると、やはりすぐに食いついた。
「んう……ちょっと酸っぱいかも」
「じゃあブドウにしておきます?」
「うん。そうする」
味変なのに結局すぐに戻ってしまった。だが、ある発見があった。
少し硬めのプリンのような質感をした、パフェの中心で眠っている杏仁豆腐が姿を見せていた。
「会長、杏仁豆腐が入ってました」
「それは是非食べないと!」
そうして千秋が一口で食べられる量を掬って差し出し、桐谷が食べるのを三回ほど。
「駄目だっ、このままじゃ、ここ以外の杏仁豆腐で満足できない身体にされてしまう!」
「でも、ここは杏仁豆腐だけのメニューはなかった気がします。ほらメニュー表見てください」
メニュー表を桐谷に渡すと、桐谷は1ページずつ見落としがないように目を通していく。
現実を受け入れられず、二週目を見終えた時、桐谷はゆっくりとメニュー表から手を放した。
「そ、そんな……。そんなことが許されていいの…?」
「お店の経営方針ですからね。仕方ないですよ」
千秋からスプーンを強奪し、また一口、また一口とスプーンを動かしていく桐谷。
ほぼ杏仁豆腐だけしか食べていないように見えるのは気のせいであってほしい。
「くぅ~駄目かぁ。私としてはここの杏仁は絶対に売れると思うんだけどな。ほら、八前庶務も食べてみて」
その一口だけしか杏仁豆腐を食べられなかったが、その一口だけで杏仁豆腐の完成度の高さを思い知ることができた。
周りのフルーツの味に合わせた控えめな甘さが全く飽きを感じさせず、口当たりがとても滑らかでいくらでも食べられそうだ。
「確かにこれは単品でほしいですね」
「でしょ~?」
こんなやり取りをしているからか、時間が経ってアイスが溶けていた。
まだ球状と分かるだけの大きさはあるものの、下のフレークが溶けたアイスを吸収してふやけている。
生クリームとアイスを同時に味わいながら、たまにフレークに手を出して全体の量を減らしていく。
途中、アイスの冷たさに負けてスプーンを千秋に託した桐谷は、そこからもう一度参戦してくることはなかった。
フレークはごくわずかに食感を失っていないところがあり、その食感を求めて食べ進めた。
パフェが運ばれてきてから約20分。メインを食べるのとほぼ同じだけの時間を要して、ようやくパフェを食べ終えた。
「パフェだけでも十分なくらいでしたね」
「うん。八前庶務がいて良かったよ」
お腹いっぱいに食べられた二人は、休憩がてら会計に向けて財布を出す。
「私が払うよ」
「俺が払います」
二人の声が重なり、二人はそっとテーブルに腕を乗せる。
「八前庶務はいいよ。私が誘ったんだし」
「千円近くしてるんですし、自分の分は自分で払いますよ。全部負担させるのは俺としても心が痛いです」
「いやいや。ここは先輩として、ね?」
引かない桐谷に甘えて払ってもらうという選択肢は千秋にはなかった。
千円札をそっと桐谷に差し出して、すぐに財布の口を閉じる。
「今はカップルなんですから、そういう理由はナシです」
「うぐぐ……あっ、八前庶務が食べた分より多いよ!」
「それは会長のことを知れた分です」
「う、ううう…!」
顔を真っ赤にした桐谷をからかうつもりでニヤニヤして見守っていると、恥ずかしがった桐谷は手で顔を隠して目を合わせないように必死になっていた。
その熱が冷めるまで待ってから、二人はようやく会計を済ませて店を出た。




