第26話 生徒会の裏 1年後の告白
時間は少しだけ巻き戻り、雪乃と日向が保健室を出ていった頃。千春と瑞希も雪乃と日向と同じように保健室を後にしていた。
千春は瑞希の後についていき、二人で瑞希の家へと歩いていた。
「ねえねえ瑞希~?」
「な、なに?」
「久しぶりに会ったからさ、ちょっと話したくなって。ちょっとだけお邪魔しちゃ駄目?」
「……それは」
楽しそうなトーンが下がり、言い淀んだ瑞希。足を止める瑞希につられて千春も足を止めた。
昨日から瑞希が見せるようになったダークな部分。千春は一瞬躊躇ったが、考えられる範囲で一番簡単な質問を口にする。
「何が瑞希をそこまで苦しめてるの?」
あまり他人の裏に干渉するのは好ましくないことは千春はよく分かっている。
それでも一人の友達としてはその悩みを解決してあげたいという心持ちがあるのも違いない。
「……千春には言えないよ。これは私の役割だから」
千春に突き放すような冷たい言葉を言った瑞希は千春から一歩離れて「ごめんね」と告げて小さな鞄一つという軽装と共に行き先へ体を向けた。
最後に振り返り、言葉を選ぶ時間を要した。
「じゃ、また。私も行ける日は学園に顔を出すから」
「……。」
心の距離が開いてしまったように感じた千春は、また会えることを願って去っていく瑞希の背を見守る。
……だけでは終われない。
ここで別れれば、今後会える確証のない相手であることは分かっていた。
だから、今すべきことは何なのか。
「待って瑞希。私は瑞希に全部背負わせたくない」
「千春だって背負ってるくせに!」
振り返りもせず、足を止めた瑞希は地面に向かって声を荒げた。
それでも、千春は正直安心していた。
無視をされていたら羽交い締めにしてでも止めてやろうと考えていたので、そのリスクを回避できたのは非常に良かった。
「私は全部じゃない。私が持ってるのは一割だけ。でも、瑞希は全部背負おうとしてる」
「……千春には分からないよ」
分かるわけがない。
正義というものが人によって違う時点で、他人が理解できるのなんて稀であることくらい、千春はとっくの昔に学んでいる。
「そうだね。きっと、人が人を完全に理解できるようになるにはあと百年あっても無理だろうね」
「なら……」
「でも、全部見透かされて二面性のない世界、私はそこじゃ生きれない。だから……教えて? 瑞希が何を思っているのか、どうして私を拒むのか。私や瑞希がどれだけ優秀でも、言葉にしないと思ってることは伝わらないから」
瑞希は黙って千春を見つめていた。
千春の想いを見極めているようで、千春も動くに動けなかった。
通行人が何事かと横目で様子を伺ってくることが何度かあったが、それでも瑞希が決断するまで千春と瑞希は対峙していた。
どのくらいの時間が経っただろうか。学園を離れてから30分は経過しているのは確かだが、千春にとって歩き慣れていない道ではどのくらいかけてここに来たのかは分からない。
千春が永遠にこの時が続くかと思い始めた頃、ようやく瑞希が口を開いた。
「……分かった」
「…!」
「だけど、ここじゃ無理。誰にも聞かれたくないから」
珍しく弱さを見せた瑞希に優しく笑いかけて千春はその手を取る。
向かう方向を変えて、千春は瑞希を連れていく。
千春の耳には走るには適さないローファーが鳴らす音と、慌てた瑞希の声が聞こえるだけだった。
数分走らせた挙げ句、道に迷って瑞希に学園まで案内してもらい、ようやくそこから歩いて家に着いた千春。
「全く……私が陸上部に入ってなかったら、バテて案内する気にならなかったよ…?」
かなりの疲労を与えたようで、千春は軽く謝っておいた。
「それで……ここは?」
二人が立ち止まったところは、二階建ての家の前。
「私の家。本当だったら5分で着くんだけど」
「迷ったから3倍かかったね」
「うるさいなー」
瑞希は怒ったふりをする千春を笑うが、少しぎこちなさが残っていた。
瑞希に家に入るように促すと、引き取った猫が初めて訪れた場所を念入りに確認するように瑞希は警戒心を強くしていた。
「お、お邪魔します……」
「ただいまー」
防音素材で消え入りそうな瑞希の声とは対照的に、千春はリビングに聞こえる声で帰ってきたことを知らせる。
最初に出てきたのは、何の疑いもなしに顔を覗かせて千春を迎え入れようとした日向。
「おかえ――ええぇっ!?」
驚きすぎな反応をしたすぐ後、千秋と雪乃が急いで様子を見に来た。
「んな!?」
「えっ!?」
日向に負けず劣らず、二人は珍しく驚きを見せ、千春は普段見ない表情が見れて少しだけ満足に近づいた。
「皆には悪いけど、今からお茶の準備をしてほしいな」
千春の無茶振りに、三人はすぐに行動を始めて、千春は瑞希をリビングに連れていく。
帰り道の寒さが堪えたので、暖かいものをと用意していたお湯でお茶を淹れた。
代わりに千春の分はなくなったが。
瑞希は千春に促されるままリビングの椅子に座り、日向が淹れたお茶の入った湯飲みを雪乃が運んで来て目の前の机にコトンと置いていく。
雪乃と瑞希は一瞬目が合って、互いにどんな顔をすれば分からずに軽く会釈だけしてすぐに雪乃が離れた。
千秋は千春のために適当に手にした透明なガラスのコップに冷蔵庫にある麦茶ポットから麦茶を注いで、市販品の切り分けられたカステラと共に出した。
「千秋」
「分かってる」
必要以上は語らず、千秋はキッチンの片付けをしてから日向と雪乃を連れて女子部屋に入り、内側から施錠した。
千秋たちが籠ったのを確認して、千秋の注いだ麦茶を手にしたところであることに気づく。
「冷たい方が良かった?」
「え、あ……大丈夫。せっかく淹れてもらったんだし、これは私が飲むよ」
一口飲むと、不思議なことに瑞希の顔から辛苦の表情の欠片が消えた。
味を嗜むためにもう一口。
だんだん穏やかな表情に戻っていく瑞希を千春は愉しそうに眺めた。
「美味しい。どんな茶葉を使ってるの?」
「あー。なんだっけ。何とか煎茶って日向ちゃんが言ってたけど……忘れた」
「煎茶ってこんなに甘味があったかなって思うくらいだよ。苦味もそこまで強くないから、結構飲みやすいね」
日向が選んだお茶はかなりお気に召したらしい。千春は冷たい麦茶を飲んで喉を潤して、重要な話し合いに臨む。
瑞希が湯飲みを置くまで待ち、今のうちに言うことを考えてみる。
前提として、瑞希が何を思っているのかを聞き出すように誘導すること。これに関しては話しやすい環境を作れるように千春から話題を振る必要がある。つまり、千春から裏を話すことが最も場を話す雰囲気に持ち込める可能性が高い。
ならば話すことは……もう決まっている。
湯飲みを静かに置いた瑞希は、何を話せばいいのか分からずに、この状況を千春に託す。
言わずとも千春はそれを理解して口を開く。
「先に私から話そうか。もう見たから言わなくても分かると思うけど」
簡単に言うことを伝えておいて、千春は話す。
「あの三人は一緒に住んでるの。これまで千秋が親戚だとか、雪乃ちゃんや日向ちゃんが欲しいとか言ってきたけど、あれ全部嘘。千秋は私の弟だし、雪乃ちゃんや日向ちゃんはもう手に入れてるんだ」
騙して悪いが、これも全て――
「全部、あの子たちを守るためだよ」
ごく単純な理由。それだけで、彼女は学園の大半の生徒や先生を騙していた。信頼という感情によって。
「一年とちょっと前の話だけど、私はいろんな先生から生徒会長に推薦されていたことは瑞希も知ってるはずだよね」
当時、つまりは一年ほど前の千春は瑞希より一回り上の成績を維持しており、学園側からすると良い進学実績を上げることができると考えてか、推薦書に書くためだけに生徒会長に推薦されていた。
学園生活ではほとんどの時間、先生方に監視されていた。放課後はもちろん、授業の合間の休み時間でさえ。心の休む時間など与えられず、気がつけば先生らの操り人形のようになっていた。
そして毎度言われることが「見本になるような行動を心掛けるように」だった。
「私は誰かに優遇してもらうのは嫌いじゃないよ。だけど、それを好ましく思わない人もいるのも確かだった」
でも、と千春は言葉を絶やさずに続ける。
「私の目的からは遠ざかっていた」
ただ大好きな三人を守ろうと努力した結果が、周りから羨ましい視線を受け、先生からは期待され、三人が入学することが決まれば先生の視線が移る可能性は大いにあった。
「私がマトモなことをすると、先生はそれを褒めて、周りからは嫌われる。逆をすれば先生に過度な心配をされる。そういう関係が既に成り立ってた」
嫌だった。目立つことも、褒められることも。人形として動かされている自分も。
自分が何もかも優遇されるのが無性に腹が立った。
去年の1月。千春は千秋たちが暮らす実家へ戻ったときに気づかされた。
誰もかもに、辛そうにしている、と言われたから。
本来であれば春休みが終わる頃にまで千春は実家で過ごしていた。それは千春がそうしたかったという理由以外にも、雪乃や日向を含め家族がそうするように勧めたから。
「春の課題テストも受けずに、自分だけ実家で療養できたのが良かったのかな。すっかり人が変わったみたいで、先生たちも愛想を尽かしてたね」
愛想を尽かした理由は何となく心当たりがあった。一つは推薦書に記入する欠席日数。ある一定の日を越すと、推薦できなくなるルールが存在する。
2年生で一気にその日数を増やしてしまったため、3年生で欠席すると推薦ができなくなると考えたのだろう。
他にもテストを受けなかったから追試になっていたとか、連絡さえ取らないようにしていたとか、いろいろな理由があったのだろう。
「千春がいなかったあの期間って、そういうことだったんだ」
「卒業までは誰にも言わないつもりだったんだけど、一週間足りなかったね」
来週が今期の卒業式だ。この前まではまだ時間があると思っていたが、あっという間に近づいていることに今さら気づいた。
「あ、そうそう。その実家に帰ってた時に、三人とも七原学園を志望校にしてるって聞いたんだった」
千春がこっちに戻ってきたのは、七原学園の入試のある2日前だった。
三人を連れて、掃除すらマトモに出来ていなかった家に帰ってきた。
簡単に掃除だけ行い、帰ってきた日の放課後に顔を出したのが保健室だった。
千春が瑞希とちゃんと対面したのは、その日が初めてだった。
「当時の瑞希、私を見て嫌そうな顔してたなぁ。ま、覚悟はしてたけど」
ずっと一回り上の成績を残し続けていた相手が消えて、瑞希はずっと千春のことを探していた。
――どうしていなくなったのか。それが聞きたかった。
逃げたとは思わなかった。自分が劣っていることも、彼女が努力していたことも知っていたから。
「一年後の告白だったわけだ。長らくお待たせしましたね」
瑞希は笑いながら怒った。
――待たせ過ぎだよ。なんて、一年前とはがらっと印象の異なる表情を見せて。




