第25話 生徒会再選挙+4
そこからは大仕事だった。いち早く帰ろうとする生徒たちの波を五人で分担して対処して、先生方と本日の欠席早退者の確認をした。各クラスの集計を合計して、全校生徒の八割以上が投票したかを見極め、最後に体育館で選挙のために準備したものを全て片付けて終わり……と思いきや、理不尽にも破壊された前年の選挙まで使っていた投票箱の処理を怠っていた人物がいたため、生徒会としての責任を問われた。
たまたま千春と瑞希が同行していたので、事の顛末を説明したことにより、なんとか先生方の理解を得られた。代わりに前梁に責任が押しつけられていたが、この場にいた生徒会役員と先生方は納得していた。
千春と瑞希の影響力は絶大で、もしかしたら間違ったことも正しくしてしまうかもしれない。
今度こそ全てが終わり、千秋に続いて雪乃と日向、千春と瑞希は怪我人とその付き添いとしてなぜか保健室まで行っていた楠と長森に会いに来ていた。
「いやぁ。オレ、保健室のベッドに初めて転がったんだけど、ちゃんと固かったな」
「佑斗の怪我は掌だけだから、ベッドに横になる必要ないのに」
「まあまあ。今日は利用者もいないし、それは気にしなくてもいいわよ。それに、こんな時間だしもう皆帰ってるわ」
「え、やばっ。ゲームする時間が消えた!」
「それは寝転がりたいなんて言った佑斗が悪いよ。小説で読んで気になったからって……」
「だって気になるだろ? 先生もそう思いますよね?」
「先生は駄目なことはしないタイプだから、そういうのは思ったとしてもしないかな。とにかく、誰か来る前、にぃ…?」
見てはいけないものを見たかのように、語尾が裏声になっていた。一度目をそらして再度確認するが、五人もいるのは変わりない。
「駄目なことはしないタイプじゃないんですか~? 何か言ってくださいよ河瀬先生?」
「っ…!」
河瀬先生にだる絡みする千春。今回は間違いなく河瀬先生の失態のわけで、本人は顔を赤くしていた。
「私の前でそんなこと言ってたら、ずーっと笑い者になっちゃいますよ~?」
「ううーっ!」
一緒に悪いことをしていた男子よりも自分はまだ上だと思っていたら、いつの間にか千春に弱みを握られて下になってしまった河瀬先生は恥ずかしさを隠そうと手で顔を隠した。
何をしても手遅れな河瀬先生は、千春にちょっと昔の恥ずかしい話を暴露されそうになって泣きついていた。
「わたし知らなかった。あれが保健室の河瀬先生なんだ……」
「うん。なんか意外だね」
「二人とも誤解しないでやってくれ。普段は断じてあんな感じじゃないから。今日はダメダメみたいだけど」
千秋も河瀬先生のことはあまり知らないのは変わりないが、千春のせいでこうなっていることくらいはわかる。
それだけ千春に弄ばれているわけだが。
「それで、楠と長森は保健室でサボってたって認識でいいか?」
「いやいや。オレは怪我人だし」
「いやいや。僕は付き添いだから」
声を揃えて自分達は悪くないと言い張る二人に、千秋は一つため息をつく。
「……あれ? 千秋なら形だけでも怒ると思ったのに」
「オレも思った。熱でもあるのか?」
「違う。雪乃を守ってくれた人に文句が言えないだけだ。それがなかったらいつも通りだ」
二人は腑に落ちたようで、千秋を見てはニヤッとする。
「限度はあるけどな」
千秋が釘を刺すと二人の表情はすぐにつまらないと言いたげな表情に変わり、不満を露わにする。
「まあまあ。そう言わずにさ。雪乃本人が直接お礼を言いたいっていうから連れてきたから、ちょっとだけ時間をくれ」
「ふふっ。七くんが言うので手短にしておきますね」
千秋の言葉の後に続いて雪乃が千秋に並ぶように一歩前に出る。
さらにそれに続いて日向が千秋と雪乃の間から顔を出す。
「楠さんも長森さんも、今日はありがとうございました」
雪乃の一礼に二人はそれぞれ軽く受け流す。
「僕はほとんど何もしてないけどね」
「友達の頼み事一つくらい、どうってことないからな」
千秋からすれば心強い味方という言葉が相応しい二人。
本当は前梁が体育館前方にいなければ日向の護衛まで頼むつもりでいたくらいには頼りにしている存在である。
「俺からも感謝する」
「ホント、お前は幼馴染みには激甘だよな。それが良いとこでもあるけどさ」
「溺愛するくらいの方が周りは諦めるだろうしね。これで付き合っていないのが驚きだよ。本当に二人とも付き合ってないの?」
「実際、付き合ってはいない。そうだろ?」
千秋の問いかけに雪乃も日向も頷く。
――付き合ってはいないから。
河瀬先生を弄り倒した千春は満足して、何事もなかったかのように瑞希の腕を引いて千秋たちの会話に参加しにきた。
ちなみに、河瀬先生は保健室の隅で「もうやだ……帰りたい……」と唱えていた。
「今日はありがとう。えっと…?」
「楠佑斗と長森翔太です。俺と日向のクラスメイトです」
「ああ。なるほど。八前庶務がごめんね。いろいろ頼んじゃったみたいで」
流石は有名人。上級生相手でも緊張も怯えもしない楠が緊張していた。
「い、いえいえ! 僕はほとんど何もしてなかったですし、八前先輩とお話できるのだけでも嬉しいと言いますか…!」
「あはは。そう言ってくれると私も嬉しいよ」
「お、おお……もしかして脈アリ…?」
「それはないだろ」
長森は楠からのツッコミを受けてもまだ夢見心地だった。
「楠さんは、怪我は大丈夫だった?」
「はい。絆創膏を張らなくても大丈夫なくらいには大丈夫です」
「それは良かったよ。二人が真っ先に行動してくれていたから、トラブルが大きくならなくて済んだと思うよ」
「私もそう思います。第24回生徒会長として感謝します」
千春と瑞希からの感謝を受け、気分の良くなっていた長森は、ふと昨日一ノ瀬と話していた打ち上げのことを訊いてみた。
「僕たち、この選挙が終わったら、打ち上げをするつもりなんですけど、良ければ先輩方も来てくれませんか?」
唐突に打ち上げなんて言い出したために、長森以外事情を知らない人たちは混乱する。
長森は説明不足なことに気づき、昨日生徒会室で一ノ瀬と話していたことを長森なりに話す。
話すと言っても、いつ、どこで、誰が参加するのかも決まっていないもので、決まっているのは幹事を千秋がすることくらいだ。
「なんで俺が……俺が行くかもどうか分からないのになんで決めたんだよ」
前提としておかしいのは言うまでもなく、もちろん千秋は面倒なところを任せられる会に参加するつもりはない。
それに、千春や瑞希がいれば周囲からの注目の的になるのは当然だ。周りから視線を集めて何か食べるのは千秋としてはNGである。
「つまり、全然決まってないってこと?」
日向はズバリ真実を言い当て、長森にダメージを与える。
悪意のない日向からの正論パンチは中々痛い。
弱々しくそれを肯定した長森。
これで打ち上げの話はなかったことになる――と誰もが思っていた。
ただ一人、七瀬瑞希を除いて。
「私の知人が個人でお店を営んでいるんですけど、そこなら場所も近いですし、値段もお手頃ですよ。貸し切りにするなら人数だけ教えてください。人数によりますけど、私から頼めばしてもらえると思います」
瑞希は正直なところ、打ち上げをしたかった。文化祭の打ち上げでこれまで何回か打ち上げに行ったことがあり、毎回自分が幹事をしていたために仕事には慣れている。
今回は一クラス分の人数がいないので、知り合いのところを候補に挙げた。人が多すぎたら入れないお店なのでちょうどいいと言えばそうなのかもしれない。
「完璧すぎないか…?」
「これから何かヤバいことでも起きるのかな…?」
事が上手く進みすぎて、楠と長森が不安そうに相談していた。
二人の反応が分からないことはないが、七瀬瑞希という人物はいるだけで事を上手く運ばせる人なのだ。
千秋はそれを年末までは近くで見ていたから良く知っている。
「とりあえず、打ち上げをするにしても、全員が理解した状態で打ち立てるのが良いだろうし、今日のところは一旦持ち帰るってことで」
「つまり、千秋はちょっと賛成寄りになったってこと?」
「さあな。これに関しては長森のプレゼン次第ってところだろ」
「よし。絶対に千秋を連れていこう」
なぜそこまで長森が千秋の参加を望むのかが理解できないまま、今日は立ち直れていない河瀬先生のいる保健室で各自解散になった。
解散とは言っても、千秋と千春はもちろん、雪乃と日向は同じ家のため、帰る方向は一緒になる。
しかし、千秋と千春は姉弟としてではなく、単なる名字が同じな「もしかしたら親戚?」くらいの振る舞いをしているため、そのようなことはできるはずがない。
そして雪乃と日向は千春の家で暮らしていることは隠しているため、雪乃と日向も千春とは一緒に帰れない。
千秋は雪乃の日向に先に帰るように促し、自分は長森と楠に近づく。
「さてと。二人には悪いけど、もうちょっとだけ時間をくれ」
二人は千秋の言葉にさっと態度を変えて聞く姿勢になる。
これから話すことはそれほど大事でもない、ただの時間稼ぎにすぎないものだが、二人がすぐに姿勢を変えるあたり、普段の自身がどう思われているのか、千秋は少しだけ分かった気がした。
「こんなに長い間動いてもらったことには非常に申し訳ないと思ってる。それに、的確な判断も求めていた行動まで、何から何まで助かった」
「いいってそのくらい。次は千秋に何かしてもらうことになるだろうけど」
「そうそう。お互い様だから。期待してるよ?」
「できる範囲で頼んでくるならやるよ」
千秋の返答に「おおっ!」と歓声を上げる二人。
多少無理難題を言われても、できることはしないと今日の借りは返せない気がした。
雪乃と日向が保健室を出てからまだ2分とちょっと。もう少し時間を稼ぎたいところだ。
「あ、そうだ。オレさ、昨日お前に連絡を送ってたんだけど、気づかなかったのか?」
「昨日?」
「ほら、九条さんと一緒に動いてたときだよ」
「ああ、あのときの」
わざとスルーしていた、なんて言うわけにもいかず、言い訳を頭の中で作り上げていく。嘘ではなく、言い訳である。
「会長に会いに行っててな。事情を伝えるのと、このことに関わってた人にも会いに行ってたんだ」
「オレ、てっきりお前に何かあったんじゃないかって心配だったんだぞ。ちょっとしたら解散していいだなんて言ってきたから、もし別人にスマホが奪われていたらヤバいなって思ってたんだからな」
「それは……ごめん。だけど、心配してくれたのは感謝する。おかげで今日の対策もできたし」
昨日、楠が教室を飛び出した後、楠は学園内を歩き回っていた。その途中で楠は前梁を見かけていた。
涙跡を拭かぬままイラッとしながら電話することに夢中だった前梁を気にしていたら、電話相手が話したことをたまにオウム返しにする前梁がこう言った。
「九条雪乃の偵察から逃げてきた? それも、怖い人がいたから? ハァ? あんたたちも足手まといになるくらいなら、さっさと偽装でもなんでもしなさいよ」
この言葉を聞いて、楠は前梁のことを千秋に教えようとした。だが、そのときは前梁の名前も知らず、ましてや千秋のスマホからの返信が来ないために伝えることができなかった。
そのため、今日の前梁対策は朝に楠から報告されたことを元に、千秋が咄嗟に編み出したものだった。
「千秋も千秋だよね。九条さんのこと庇護しすぎと言うか、ずっと気にしてると言うか」
「幼馴染みだからかな」
「そうかもだけど、どこかそれ以上の想いがあると思うんだ」
「いや。俺にはない。生徒会と恋愛の両立は難しいからな。俺にはそれができる自信がない」
もう恋愛という名が正しいのかは分からない関係になっているので、この言い方にはいささか疑問ではあるが、関係を知られたくない以上こうするしかない。
さて、もうそろそろいい時間だろう。
「今日は助かった。また今度困ったら頼ってくれ。生徒会としてでも力を貸すよ」
千秋たちは河瀬先生を除いて最後に保健室を出た。




