第22話 生徒会再選挙+1
昼過ぎになり、生徒会役員は体育館で選挙のためにステージを整えていた。
演台から左右3メートルの位置に一つずつパイプ椅子を配置し、ステージに上がる台を設置して安全確認を行い、垂れ幕をステージ上部にある留め具に挟み込む、という3つをこなせば終わりだ。
「千秋くん、階段ってこの位置でいいの?」
階段の設置をしてくれているのは、昨日投票用紙が盗まれたことにいち早く気がついて報告をしてくれた一ノ瀬心海。
第25回生徒会書記になることが決まっているため、今日の再選挙では準備のために先生方に良いように使われている。
「ステージと床にマークがあるから、それにあっていれば大丈夫だ」
「八前さん、こっちはどうしますか?」
垂れ幕を手に、千秋に質問した落ち着いた印象を与える彼女は、雪乃と同じ白銀色の髪を持つ識宮真白。
千秋や一ノ瀬と同じく第25回生徒会で、生徒会副会長になる。千秋や一ノ瀬とはクラスが異なるため、まだそこまで言葉を交わしていない。
「手伝います。少しそのままでお願いします」
「分かりました」
生徒会役員は全部で5人。生徒会長が決まっていないため、今は4人がいるはずなのだが、一人足りない。
御嶽和彦。生徒会庶務になる男子生徒で、一ノ瀬とも雪乃とも識宮とも違うクラスだ。
「ただでさえ人手不足なのに…!」
千秋は愚痴を溢しながら演台の位置を調整し、移動用のローラーを固定してから識宮の手助けに向かう。
垂れ幕には今日の再選挙で演説する人の名が大きく書かれていて、当然体育館後方まで見えるようにサイズは背の高い高校生二人が縦に並んでも足りないくらいだ。
天井付近から下ろした太い金属棒には留め具が2ヵ所ついている。今回はそこに垂れ幕を取り付け、金属棒を上げたときに吊り下げた垂れ幕が落ちてこなければ完了だ。
「すみません。八前さんが唯一要領を得ているので頼りにし過ぎてしまいました」
「いやいや。これに関しては仕方のないことですから。普通、決まってすぐの生徒会役員が選挙準備なんてしませんし。それに、俺に聞く方が正確にできるのなら、そうしてもらった方が確実にいいですから」
千秋と識宮は垂れ幕の上部二つの角をそれぞれ持ち、吊り下げる用の留め具を噛み合わせて固定する。計二つの垂れ幕を吊り下げて、千秋は識宮の手助けを終える。
「後は機械で上げておくから、識宮さんには先生方のためのパイプ椅子の用意を頼みたいです」
「任せてください」
すぐに準備に取りかかる識宮を横目に、千春は階段の設置に苦戦している一ノ瀬の助けに入る。
ステージ上にあるマークを探している一ノ瀬だが、目的のマーク以外にも大量にマークがされていて、分からないのも無理はない。
「一ノ瀬。こっちこっち」
ステージを正面から見て中央から右へ7メートル、一ノ瀬が探しているところよりステージの端側で千秋は一ノ瀬を呼ぶ。
ローラーのついた階段を押して近づく一ノ瀬にマークを指差して位置を教える。
バツ印が階段の幅のサイズで印されていて、階段の踏み場の横にある上に出たところを合わせると上手く隠れるようになっている。
「階段はやっておくよ。一ノ瀬は反対側のマークを見つけてきてくれ」
「わかった!」
ステージ上にジャンプして飛び乗った一ノ瀬を見て驚いたのは言うまでもない。
運動神経抜群な一ノ瀬とは対照的に、千秋は体育館の床にそっと下りる。
階段のローラーを収納して、正しい位置に設置し終えると、一ノ瀬が反対側のマークを見つけて、そこで手を振っていた。
もう一つの階段を体育館倉庫から出してきて、それを一ノ瀬が示してくれた位置へと運ぶ。
「一ノ瀬も設置してみるか?」
「あたしが? 上手くできるかな…?」
「俺も手伝うから」
「わかった。やってみる!」
一ノ瀬はステージ上から飛び降り、二本足で着地する。
膝を曲げただけでそこまで衝撃を吸収できるものかと疑問にはなるが、真似して怪我でもしたら日向や雪乃や心配されるのはもちろん、千春から馬鹿にされるのはなんとなく予想ができたのでしない。
「まず所定の位置にまで動かして」
「よい、しょっ!」
ステージに階段がぶつかり、ドンッという音が振動と共に伝わってきた。壊さないといいが、今のところ壊れる気配はない。
「動かせたから、次は階段を斜めにして、ステージに立て掛けるんだ。これは俺も手伝おう」
立て掛けるのにはどうしても力がいる。本当なら御嶽と一ノ瀬で階段の準備をしてもらうつもりだったけれど、その本人がいない。
こういうときに長森や楠を呼べればどれほどいいことか。しかし、体育館の選挙準備は生徒会の仕事であるため、原則として生徒会役員以外が行うことは禁止されている。
「これで上に乗ったから、下のローラーを収納して床に固定する。その後に真ん中のローラーを収納したら終わり」
「おお。あたしにもできた!」
「次からは一人でやれるか?」
「それは厳しいかもなぁ~」
ふざけた調子で協力を要請する一ノ瀬だが、力仕事が含まれているのは変わりないので結局は誰かとペアでやることになるのだ。
だからこの会話は意味を成さないのだ。ある一人を除いて。
それこそ、体育館後方で再選挙で演説をする二人に説明をしている桐谷だ。
先程から仕事を第24回生徒会書記である黒岩賢也に任せて千秋をチラチラと見ている桐谷は、黒岩に度々確認をされて曖昧な返答をしていた。
昨日のあの一言がかなり影響を与えていたらしく、今日見ている限りでは落ち着きがないのは確かだった。
そんな桐谷から目を離すと、今度は一ノ瀬が周りをキョロキョロ見回していた。
「どうした?」
「え、ああ。御嶽…さん? 全然来ないなぁと思って。何かあったのかな」
「分からない。でも、今日の準備については昨日までに糸魚川先生から連絡を貰っているだろうし、知らないってことはないと思うけど」
「ま、今気にしても何も分かんないよね。あたしたちはあたしたちにできることをしよう」
そう気合いを入れ直す一ノ瀬に言いにくいが千秋は伝えておく。
「そう……なんだけど、もうやることは垂れ幕上げる以外はないんだよな」
「あれ? もう終わり?」
「頼まれていたことは、だ」
一ノ瀬は肩の力を抜いて、分かりやすく疲労感を伝えてくる。
分かりやすいのはいいことだが、一応もう生徒会として動いていることは意識してほしいところだ。
「八前さん。次は何をすればいいですか?」
頼んでいた仕事を終え、千秋に訊ねてきた識宮にも、同じく仕事は終わったことを告げる。
「なら、垂れ幕の上げ方を教えてほしいです」
「ついでに一ノ瀬も行こう。使い方は知っておいて損はしないから」
一ノ瀬はさっきまでの脱力が嘘のように背筋を伸ばしていた。腕を組んで仁王立ちした一ノ瀬は千秋の勧誘に小さく二度頷いた。
垂れ幕を吊り下げた金属棒を上下させるスイッチは、マイクの音量調整や照明器具の操作、入学式卒業式で音楽を流すためのCDプレイヤーなどのあらゆるものが揃っている体育館のステージ横にある、階段を上ったところにある部屋にある。
大量にボタンや調整用のつまみがあり、中には使用禁止の張り紙が上から貼られているものもある。
「垂れ幕のスイッチはこれだ。一つ注意しておかないといけないことがあって、上下させている間に反対方向に動かすスイッチを押さないように。以前誰かが誤って操作して、金属棒が落ちてきたことがあったらしい。幸いステージ上には誰もいなかったから怪我人はいなかったけれど、ステージに穴が開くくらいには重いから、十分に気をつけるように」
「なんか急に怖くなってきたんですけど!」
「わ、私もです…!」
「大丈夫だって。完全に動作が終了してから動かせば問題ないから」
千秋は説明を終えて金属棒を上昇させるスイッチを押す。
すると、天井付近の機械が動き出し、金属棒を吊り下げているワイヤーを巻き始める。
巻き終えると、カコン、と分かりやすい音を鳴らして機械は停止する。
「下に到達したときも、今みたいな音がするから、耳栓でも着けてない限りは聞こえると思う。ああ、あと、上にあるときは上昇を押しても意味がないし、下にあるときは下降を押しても意味がないから、押し間違いはないよ」
「良心設計で助かる……って、なんでこんな設計なのに事故が起きたの?」
「それは私も気になります」
一ノ瀬の質問に識宮も同意して、千秋に説明を求めてくる。
千秋が実際見たわけではないので、どれだけ誇張されているのか不明ではあるが、知っていることを伝えておく。
「聞いた話だと、今日みたいに垂れ幕みたいなものを吊り下げようとしてたらしいけど、上昇を押したすぐ後に手が滑って下降のスイッチを押したって」
「連続で押さないように気をつけないといけないね」
「さっきも言ったけど、誤った操作はステージを数週間使えなくするから気をつけてな」
千秋の注意に二人が素直に反応するのを最後に、三人は部屋を出た。
操作を終えた三人はステージ上に戻って垂れ幕を確認し、ついでに階段の安全確認も行う。
安全確認と言っても、固定してあるかとか、乗っても壊れないかとかの確認だけなのでそこまで苦ではない。
本来一人で十分なところを三人がかりで行ったので、とてつもなく早く終わった。
報告のため千秋が生徒会の女子メンバーを連れて桐谷へ近づくと、桐谷は体を黒岩に隠して片目だけを覗かせた。
黒岩は背が高くがっしりした体つきをしているので、同級生の女子の体を隠すにはもってこいなのだ。
「八前、お前、桐谷に何かしたのか? 今日の桐谷は俺が見てきた中で一番と言っていいほど挙動不審だ。こんな調子でいられるとこっちも困る」
「さあ。俺は何も」
「ち、違うでしょっ! は、八前庶務がっ、あ…あんなこと言うからぁ…!」
本人と事情を知る雪乃以外、何を言ったのかが気になって千秋へ視線を集める。
だからといって千秋からそれを言うのは駄目だと感じて桐谷はそれを止める。
「わ、私が……その…………やっぱりムリっ! 八前庶務っ、説明してっ! 生徒会長権限で!」
「そんな権限ないですからね!?」
二人のうちどちらかが新生徒会長になるというのに、その前で無茶苦茶なことをしてもらっては困る。
「でも、俺から言うのなら、答えも付いてきますよ?」
「そ、それはダメっ!」
「どっちなんですか……」
こんな中身のない会話に頑張って食い付こうとしている他の人の時間を返してあげてほしい。
「とりあえず、内容は会長から聞いてください。俺は話すつもりはありませんので」
千秋がキッパリと言い切ったために、千秋に向いていた視線が桐谷に向いた。
詰め寄られる桐谷から離れて、千秋は少し離れた位置で見守っていた黒岩に声をかける。
「黒岩先輩、会長がこんな調子なので、終了報告は黒岩先輩にしておきます」
「わかった。報告を始めてくれ」
二人の間で緊張感が生まれ、千秋は大きく息を吸う。
「備品は破損なし不足なし。安全確認をもって設営完了です」
「了解。気になる点など、気がついたことはないか」
「新生徒会庶務が不在でした。確認お願いします」
「なるほど。他にはないか」
「問題ありません」
「了解。報告感謝する」
一時の緊張が解け、千秋はホッと一息つく。
なぜ、こんな緊張しながら報告をするのかというと、報告の重要性は非常に高いことにある。
学園内で大規模な人の移動が行われる場面で使用する器具は誤作動を起こして大勢に被害を与える可能性がある。
その可能性を事前に極力減らすためには、こういった確認と報告が必須になる。
だからこそ、会を行うときはこの報告を真面目に行わなければならないのだ。
「さて、後はアレだな」
「……アレですね」
二人の視線の先には女子4人で構成された集団があり、現生徒会長が下級生の新生徒会書記と新生徒会副会長、同級生の生徒会長候補者に言い寄られていた。
雪乃は昨日の時点で既に千秋から話を聞いているので、離れた場所でそれを見守っていた。
「全員! 話を聴けるように!」
現生徒会書記として心強い声量で呼び掛ける黒岩に、話が盛り上がろうとしていた三人と挙動不審の一人の視線が集まった。
「これから再選挙が始まる。南谷さんと九条さんはステージ上部にある椅子で待機、他生徒会役員は集合してくれ」
先に準備していたステージ上のパイプ椅子の後ろには大きく名前の書かれた垂れ幕が吊り下がっていて、各々が自身の名前の書かれた垂れ幕がある方の椅子に座りに行く。
「さて、俺たちもやることがまだまだあるからな。新生徒会には悪いが、もう少しだけ手伝ってもらう」
なんとなく予想していたのか、一ノ瀬も識宮も不満一つ漏らすことはなかった。




