第20話 通常営業
千秋が目を覚ましたのは、白銀髪の女の子と亜麻色髪の女の子に挟まれて、押し潰されていたのが主な理由だった。
「重……暑……腕痛……」
日向は木登りをするコアラのような体勢で千秋に抱きつき、逆に雪乃は千秋にぴったり背中を合わせて眠っていた。
二人を起こすわけにも行かず、腕の痺れを感じたまま、天井のシミでも数えようとするが、暗すぎて凹凸すら捉えられない。
(今の時間は……6時くらいか。起こすにはまだ早いな)
することがなく、ぼーっと女子部屋を見渡していると、玄関の解錠音が聞こえてきた。
朝早くから千春姉が何かしているんだな、くらいの認識で気にしないことにしていたが、暇を持て余す千秋にとって、行動の理由を考えることはとても無駄で最適な時間潰しの方法だった。
(考えられるのは散歩か運動だな。まだ朝が寒いから、運動するには快適だろうし。それに、日向や雪乃が起きていると毎回服装とか体調とか心配されるし。
そうなると、やっぱり運動は一番考えられるかな。
もし、運動ではなかったら……考えたくはないけど、千春姉的には再選挙で誰か動きを見せると踏んで学校に何か用意をしに行ったとか、作戦を考えるために頭を物理的に冷やしてたとか。その辺りも対策を考えてくれていそうなんだよな。
どちらにせよ、何かするのなら一人の方が動きやすいんだろうけど)
千秋の思考が一区切りつき、他に考えることを探してみる。
例えば、今日行われる再選挙の予定とか。
選挙といえば、雪乃の演説だ。中々意見の割れそうなものを取り上げたなとは思っていたが、開票した時にはそこまで悪い印象をもらっていなかったように思えた。
今日の演説では、選挙時の演説に肉付けして自身の公約を他の生徒たちに知らせる必要がある。
どこかで反対意見が強まれば、再選挙で巻き返される可能性も大いにある。だからこそ、千春には昨日まで演説の内容を相談していたし、何度も読み返して捕捉を付け加えて分かりやすくしようとしていた。
「がんばれ。雪乃」
「っ!」
千秋が背を向ける雪乃へ囁くと、雪乃の体が反応した。
それも、触れあっているところから少し早めの鼓動が伝わってくる。
「起きてるのか、雪乃?」
「す、すー……」
下手くそな寝たふりをする雪乃に、千秋はたまらず笑ってしまう。
小さく唸る雪乃を痺れた腕を折り畳んで撫でようとすると、上手くコントロールができずに雪乃の頭の上にぶつかる。
「うにゃっ」
「あ、ごめん。っていうか起きてるよな?」
「っ、う~っ!」
体を起こして振り返った雪乃は、自身に落ちてきた千秋の手を離さずに、ちょっと怒ったような顔をしていた。
暗い中でも白銀色の髪はよく見えて、雪乃がじっと千秋を見ている。
「……雪乃?」
「ああいうことは寝てるときに言うんじゃなくて、起きてるときに言ってよ」
「え、あ、うん。分かった」
「……それだけだから」
雪乃は本当にそれだけ言うと、寝室を出ていった。
片腕だけ楽になり、冷えないように布団の中に入れておく。
雪乃が出ていった場所はじんわり温かくて、冷えた腕にはちょうどいい温かさだった。
日向が起きるまで千秋は大きく動かず、約30分の間、思い付く限りの今日の予定を考えていた。
とは言っても、まだまだ予定が不明なところが多いので、今分かっていることは再選挙の始まる時刻くらいだった。
半分以上妄想にすぎないことを考えていて、意味のないことに気がついたのは日向が起きる数十秒前だった。
(……これじゃあ、考えた意味がないな)
千秋が自身の行動の無意味さを振り返っていると、隣で日向がもぞもぞ動き始める。
「ん、んんう……んぅ?」
「おはよう、日向」
「ん……んっ…?」
亜麻色髪の女の子はまだうとうとしていた。
解放された側の手で頭をナデナデしてあげると、感覚が冴えてきたようで瞼を開く。
「七くん…?」
「俺はここにいるよ」
「えへへ。あったかい…」
日向が千秋の手を取り、もちもちの頬へ添えさせてくる。
反撃のつもりで抱き締めるも、日向は嬉しそうにするだけで恥ずかしがる素振りすらない。
温かさに包まれて二度寝をしようとする日向に、千秋は優しく呼び掛けて二度寝を阻止する。
「うにゅ……なぁに…?」
「もう朝だよ。今日は雪乃が再選挙だから、早めに出ないといけないって言ってただろ?」
「うぅ、七くんがちゅーしてくれたら起きる……」
日向は目を閉じて顔を向けて、千秋からの行動を待っていた。
ただ顔を向けてきただけと言えばそうなのだろうが、言動も相まってもうそうとしか考えられなかった。
それに、最近は忙しくてまとまった休みを取れていなかったのもある。
「……んぇ?」
寝ぼけた日向の反応を、千秋は天井を向く日向の正面で聞き止めた。
ベッドが軋む音に布団が擦れる音が混ざる。
亜麻色の髪を避けて手をついて、千秋は真っ直ぐ日向を見下ろしていた。
確かな感触を味わい、触れたところを離せば、日向の頬に朱い果実が二つできていた。
「い、言い出したのは日向だからなっ」
「……!!」
完全に目が覚めたらしい日向は手で顔を隠してこくこく頷いた。
恥ずかしくなったのはお互い様だったが、千秋はなぜだかやり返せたことが嬉しくて堪らなかった。
にやけが止まらないままリビングに戻ったので、千春からは冷たい視線と罵倒を浴びせられた。
ただ、千秋はそれでよかった。
誰も不幸にならないくらいのじゃれ合いのあるこの家は今日も通常営業だった。




