第19話 元生徒会+1
瑞希の言葉に返す言葉は決まっていた。
なぜならそれは、千春も昔から考えていたことだから。
「私はいつでもいいよ」
「……へぇ? なんで?」
「私が人生をやり直せるとしても、その時に起こした行動は私の意志で、その時の周りが一つも変わることがない。だから、どれだけやり直せても、私は私になるから」
その答えが正しいとは、千春も決して思っていない。
それでも、あの時に感じた喜怒哀楽は今の自分を作り、今の自分が過去の自分によって成り立っていることは千春の至った答えとしてはどこにも矛盾のない完璧な解答だった。
「だから、私はいつでもいい」
「やっぱり千春は凄いね。私とは大違いだ」
過去に縛られることは辛いことだ。
けれど、それを乗り越えられる人こそ、更なる高みを見ることができる。
それを知っているから、八前千春という人物はただ前を向く。
「はぁ~。千春のおかげでスッキリした。そろそろ本題に入ろうか。私も千春のために何かしたいな」
「じゃあいっぱい頼んじゃおうかな」
「太陽が昇る前には帰らないとだから、そこは考えてね」
まだまだ空は暗い。
最低限まで光量を下げたスマホの画面は暗闇の中では眩しいくらいで、千春は目を細めて時間を確認した。
最近の日の出の時刻からすると、まだ2時間くらいは余裕がありそうだった。
「時間ギリギリまで話してもいい?」
「いいよ。私も千春と話したいから」
了承を得て、千春と瑞希は身の上話を含めて日が昇るまで話し始める。
「明日、再選挙があるのは知ってる?」
「流石に知ってるよ。クラスの人たちが連絡アプリで騒いでたからね。それも千春のところの白髪の美人ちゃんと南谷さんのところのお嬢様がやりあってるって話だから興味も持っちゃうよ」
「私の雪乃ちゃんが負けるとは思わないけどね」
「私のって、千春のところの子じゃないでしょ」
会話の波に乗って口を滑らせてしまったが、千春のことを信頼しきっている瑞希からはごく普通なツッコミで済んだ。
「主張しておけばなったりしない?」
「戸籍上、結婚しないと無理じゃないかな」
「じゃあ千秋を雪乃ちゃんか日向ちゃんに引っ付ければ……」
「本人の意思を尊重してあげてね? あ、そうだ。風の噂で耳にしたんだけど、桐谷さんが千春の弟さんに告白したって」
「あ"?」
千春は予想外の展開に思わずドスの利いた声で反応してしまう。
瑞希は千春の知らない一面が見れて、驚きの中に感心が含まれている表情を千春へ向ける。
「困るなぁ。私は雪乃ちゃんと日向ちゃんを家の子にしたいのに。そんな横暴は許せないんだけど」
「結局は本人たちの自由じゃないかな…?」
「いいや! 瑞希は分かってないよ! あれだけの美少女が弟の嫁になって、毎日会えるとか、ご褒美でしかないんだよ!? それをどこの馬の骨とも知らない女に邪魔されたら嫌に決まってるでしょ!」
「ち、千春? 熱が入りすぎだよ…?」
瑞希の言葉に千春は一度捲し立てるのを止めて、寒空の空気を取り入れて頭を冷やす。
思っていた以上に空気は冷たく、急激に体温が下がっていく。
吐いた息が少し靄がかり、熱が入りすぎていたのを実感する。
「あー。なんだっけ。桐谷さんが告白したがどうこうって」
「風の噂程度にしか聞いてないから、何かの間違いかもしれないよ」
「そうだと良いんだけど。とにかく、監視対象が一人増えたことには変わりないね」
「一人増えたって、もともと監視してた人がいたの?」
「ああ、そうだそうだ。まだ瑞希には本題を話してなかったんだった」
話が遠回りして本題を忘れていた。
先の知見で学んだ千春は、今度は真っ先に本題を話すことにする。
「瑞希には今日の再選挙の間、様子を見ていてほしい人がいるんだよね」
「いいよ。誰を見ていればいいの?」
「前梁早苗。壁新聞部の部長だよ」
瑞希は前梁のことを知っていて、彼女の顔を脳裏に浮かべて相槌を打った。
以前、瑞希と千春が生徒会を務めていたときに何度も取材をしようと交渉してきた後輩くらいの認識で、そのときは二人が曖昧にして交渉を無かったことにした。
そんな過去があったために、二人のイメージでは、彼女は自分のしたいことに忠実で、自分の都合が悪くなるまでなんとしてでも自分の意思を貫こうとする人物になっていた。
「前梁さんが関わるってことは、何かあったんだね」
「昨日、投票用紙が盗まれたんだよ」
「えっ? 選挙今日だよね?」
「大丈夫。千秋が昨日のうちに回収してくれたから。まあ、そのおかげと言うか、そのせいで今日は一層警戒しておかないといけないんだけど」
「前梁さんがまた盗みに来ると?」
「可能性は高いよ。彼女、あのお嬢様が生徒会長になることを望んでいるっぽいし」
千秋から聞いたことからの推測にすぎないけど、と保険をかけておく千春。
可能性だけで物事を考えるのはいい加減なことなことは分かっているが、それでも大切な三人が困る理由は排除しておきたいのだ。
「とにかく、瑞希は明日だけでいいから、前梁って子を見張っていてほしい。何も起きなかったらそれでいいから。お願い」
千春は友人という枠組みを越えかけている瑞希に深々と頭を下げた。
「おお。頭下げるほどのことじゃないって。千春がそこまでしようとする理由があるなら、私は付き合うよ」
「ありがとう瑞希。私は他の人を見張るから、そっちはそっちで任せたいんだけど、大丈夫?」
「もちろん。前梁さんなら、私が久しぶりに登校することだけでも大スクープだろうしね」
どのくらい長く話したのだろうか。日は昇らずとも、早く起きた人たちが電気をつけて、薄暗い街には点々と灯りが灯る。
「そろそろ私たちも帰ろうか」
「そうだね。そっちはまだ忙しいみたいだし。お互い頑張ろ」
「うん。千春には負けられないからね」
別れの挨拶などはせず、二人は橋の両端から反対側へと歩みを進める。
「千春!」
背中に瑞希の声を受け、千春はその場で振り返る。
「またこんな夜に話そ!」
「……ふふっ」
呑気な元生徒会長に、千春は思わず笑ってしまう。
だけど、今は、これからはそれでいい。
「うん。約束だ」
軽く手を挙げて、千春は行くべき方へ向き直した。
自転車からの光が逸れて、千春を薄暗い中に一人取り残し、二人の距離は離れていく。
でも、大丈夫。また会えるから。
そんな気持ちが二人を結びつけている。
だから、今日は帰ろう。起きた三人を心配させないように。




