第18話 元生徒会
朝の3時を過ぎた頃、夜目を利かせて一つのベッドで眠る三人を見届けてから、家を出ていく人物がいた。
(んー。今日は良い雰囲気だ)
電柱に取り付けられた灯り以外にはほとんど光のない街で、千春はぐっと体を伸ばす。
家の鍵とスマホを適当に上着のポケットに突っ込んで、夜の街を探索する。
人の声がする方と暗すぎるところを避けて、自由気ままに街を歩き回っていると、知らない道や新しくできた店を発見することができる。
(私ももうすぐ卒業か)
3年生は2月になると学校に行く人が少なくなる。大学入試を推薦で終わらせた人やすぐに就職する予定のある人が来なくなるからだ。
千春は既に行く大学が決まっているので、高校にわざわざ出向く必要もない。
けれども、千春は日向や雪乃たちと毎日同じ時間に家を出て、授業のない時間を図書室で過ごしている。
気にもならない本を適当に取って、内心つまらないと思いながら読みきっては返し、一人の高校生として過ごそうとした。
(この街のこと、ちょっとは好きになれたかな)
風が吹けば少し肌寒い冬空の中、千春は端のガードレールが錆びた橋の真ん中で、自身を映す水面を見ていた。
小さな幅の川の流れをただ眺めているだけなのに、気持ちは上向きだった。
遠くから自転車を漕いでこちらに迫る人が一人いた。
自転車の前につけられたライトが不規則に揺れ、スピードを落としたことで光量が少なくなる。
光が弱くなっていき、消え失せたときにはその人物は橋の前で片足をついて動きを止めていた。
服と上着の間に挟んでいた黒のロングヘアを上着より外側に出し、軽く頭を振って千春の方を向く。
「千春」
「悪いね。いきなり呼び出しちゃって。そっちも忙しいのは承知だったんだけどね」
「ホントに悪いと思ってる? 思ってるならこんな真夜中に呼び出さないと思うんだけど」
苦笑いで千春の近くまで歩いてくると、その人物はグローブを取って上着のポケットにしまう。
灯りのない橋の上で下を流れる小川を見下ろした彼女につられて、千春も同じように見下ろしてみる。
「そっちは上手くいってる?」
「なんとかね。引っ越しの用意したり、大学への書類まとめたり、面倒なことばっかりだったよ。おかげでここ2日くらいが暇すぎて学校にでも行ってみようかとも考えてたくらい。千春はいつも行ってるって聞いたけど」
「一応ね。家にいても何もすることがないから」
「あはは。私は家にいたらゴロゴロするっていう大仕事があるけどね」
水面に笑みを映した彼女は、どこか抱え込んでいたものが更に心を支配しているようだった。
それでも彼女は悟られないように、千春と同じくただ、一人の高校生として振る舞おうとしていた。
「呑気ね。元生徒会長職がこれとは」
「千春はその会長を支える立場だったけどね」
「もう一年も前なんだね」
「そっか。もうそんなに経ったんだ」
去年の今頃の生徒会選挙で、二人は生徒会長と副会長として選ばれた。
二人の仕事ぶりは凄まじく、歴代の生徒会と比較しても飛び抜けて素晴らしいものだったと数々の教員から評価された。
「私のせいだよね。第24回の生徒会で生徒会長に立候補者がいなかったのは」
第24回生徒会には、生徒会長が存在しなかった。仕事量の多さと、完璧に振る舞う生徒会長の姿をどちらもクリアすることは誰もできなかったから。
誰も彼女と比べられたくなかったから。
「私は臨時で生徒会長をすることになったけど、年末以降は全部みんなに託しちゃったから、手助けしてくれてた千春には感謝してるんだ」
「千秋が困ってると、それを気にしすぎちゃう子たちがいるからね。
それに、南谷悠一が辞めたときからある程度裏から手伝ってたし、それも含めて全部私が勝手にやってただけだから」
「そんなこともあったね」
さっきの笑みよりもあまり笑っていない顔で過去を振り返り、ポツリと「懐かしいな」と言った。
「……それでも千春たちには感謝してるよ」
水面越しにお礼を言う彼女に、千春は少し違和感を持っていた。
これまでは自分のために動いた結果が他の人に良い影響を与えていたのに、使命感が強くなったとか、責任感を持っているとか、そういった誰かのことばかり考えているようになった。
「私がいなくなったことで生徒会長に繰り上げになった桐谷さんには謝ってこないといけないね。あの子はいろいろと損しちゃうタイプだから」
懐かしむように目を閉じて振り返る彼女はやはりどこか苦しそうで、見ていられなかった。
「私は七瀬瑞希元生徒会長として、生きられたのかな」
「……きっとそうだよ。少なくとも私はそう思う」
「千春が言うならそうかな。ありがと」
短く微笑んだ瑞希は小川を覗き込むのを止めて、動かない千春から一歩離れた。
「千春はさ、人生をやり直せるなら、いつからやり直したい?」




