第17話 ただ甘いひととき
千春が二階に行ってから数十分、千秋はお風呂を上がり、後から出てきた日向の髪を梳かしていた。
日向はソファーに座る千秋の膝上に座って寛いでいた。千秋は日向を抱き止めながら、ふわふわになった髪を丁寧に整えていく。
「なんで俺が日向を見て『女の子に興味ないこと』に同意したのを覚えてるんだか」
「結構傷ついたんだよ?」
「それに関しては本当に申し訳ないと思ってる」
「まだ反省が足りてなさそうだなぁ~」
お察しのとおり、食後のすぐに昼間のことを掘り返した日向により、日向のお風呂襲撃が確定した。
日向は既にお風呂に入っていたので、バスタオルを体に巻いて髪だけを洗った。
風邪をひかないように長めに浴槽に浸かっておき、髪を乾かすのが短時間で済む千秋の後にお風呂から上がっていた。
今日だけで二つの悪事を働いた千秋には当然拒否権はなく、実質日向の従順な下僕になっていた。
「日向の裁量でいくらでもやり放題じゃないか」
「次はないって言ってたもん。このくらいは許してくれないと」
ぽかぽかになった亜麻色の髪に指を通すと、ひっかかることなく指の間を流れていく。
「一つ言い訳すると、俺が他の女子に興味がないことを表明しておけば、恋のライバルが出てこなくなるだろ。日向だって、ライバルが現れたら困るだろ?」
「ううん。全然困らないよ」
即答された千秋は日向の髪を通していた手を止めた。
千秋が動きを止めたことに優しく笑い、日向は千秋へもたれかかる。
「だって、七くんはわたしのことを選んでくれるでしょ?」
千秋は日向を抱き締める力を少しだけ強くして、日向の肩に軽く頭突きをした。
「もう、七くんは考えすぎなんだよ。もっと単純に、真っ直ぐ捉えてみて。わたしは七くんの素直なところも好きだよ」
ストレートな表現に千秋は思わず日向を強く抱き締めてしまう。
「ん…」
「あっ……ごめん日向」
日向を離すと、日向は千秋の膝の上でもぞもぞ動き、千秋の脚を跨いで向かい合って座り直す。
じっと見詰め合って、先に千秋が恥ずかしくなって目をそらした。
日向はゆっくりと千秋の方へ倒れ、肩に顔を置いた。
「無理しなくていいよ。わたしはこの時間を大切にしたいから」
「日向……」
「わたしの気持ち、わかってくれた?」
「ああ。ありがとう」
腕の中に収まる日向が笑顔なことくらい、千秋は見なくても分かっていた。
しばらくの間日向を抱き締めていると、首筋に柔らかい感触が一つ。
「痕は残さないようにな」
「うん。わかってる」
続けて二回、弱々しい衝撃の後、日向はゆっくり体を起こした。
「満足した?」
「それはもう」
「じゃあ次は七くんから」
「無理はしないつもりなので」
日向は数十秒前の自分の言葉を良いように使われたことに頬を膨らませていた。
小一時間日向と千秋はソファーで戯れていると、お風呂上がりで体が温まったからか、それとも千秋と接触していたからか日向はかなり眠そうで、一つ一つの動きがゆっくりになっていた。
「もう寝るか?」
「んぅ、七くんも……」
「一緒に?」
小さくゆっくりと頷いた日向を抱き抱え、千秋はソファーから立ち上がる。
膝裏と背中を支えて日向を持ち上げ、日向と雪乃がいつも就寝する部屋へ連れていく。
扉が開いたままのその部屋の中では、雪乃が明日の演説の話すことを書き出したメモに目を通していた。
「雪乃。日向寝ちゃったから、寝かせておくな」
「日向のことだから一緒に寝たいとか言わなかった?」
「言われたけど、雪乃は俺の目があると迷惑じゃないか?」
「ううん。全然困らないし、私ももう寝るから心配しなくていいよ」
この部屋から逃げるは叶わず、雪乃の監視下のもと、千秋は日向と一緒にベッドに潜り込む。
ベッドに寝かした日向はすやすや眠っていたので、起こさないようにベッドの端のギリギリの位置で止まる。もし落ちたらそこで起きたことにして出ていくという考えもあったが、それはあくまでも最終手段だ。
「セミダブルだからそこまで狭くないと思うよ」
「それは知ってる。俺のベッドより大きくて羨ましいくらいだし」
雪乃はメモをクリアファイルに挟んで机の上に置いた。
日向と千秋のいるベッドとは異なるもう一つのベッドに向かったので、そのまま寝るのかと思いきや、枕だけを持って戻ってきて千秋に向かって投げた。
「うおっ、ちょっと渡すには雑じゃないか?」
「渡すつもりはないよ。私もちょっと充電させてほしいし」
「それって」
「私も入れてほしいな」
雪乃は布団に無理矢理潜り込み、千秋を奥へ奥へと押し出して、最後はぴったり引っ付いて落ち着く。
なぜか日向を押し潰す形にならなかったため、千秋は不思議に思い寝返りを打って確認してみると、悪戯っ子がニヤニヤしてそれを出迎えた。
「日向……」
「ごめんね七くん。でも、こうでもしないと逃げようとするでしょ?」
何もかも見透かされているような気がして、千秋は諦めて背中を完全にベッドに預けた。
意外だったのか、雪乃からは
「今日はいつになく素直だね?」
と評価された。
「今日だけは日向のしたいことは絶対だからな」
「それならもうちょっと言っておけばよかったな」
「もう寝るからダメ。明日の朝までは何でもしてあげるから」
日向が納得をしてくれたので、三人は一番居心地の良い姿勢を探して固まる。
一つのベッドに三人が寝そべると、流石にセミダブル程度では狭く感じる。
きっとわざとなのだろうが、日向と雪乃は人肌を求めて千秋にべったり引っ付いて離れない。
暑くて目が覚めないように祈って目を閉じると、ちょっと値が張るベッドはすぐに眠りへと誘った。




