第15話 依頼人
スプーンが止まっている雪乃に千秋は声をかけてみるが、雪乃からの反応はない。
雪乃の異変に気がついた日向と千春の視線も加わり、日向が腕を伸ばして雪乃に触れる。
「にゃっ!? あ……」
「お姉ちゃん大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと考えてただけだから」
スプーンを置いてバレバレな作り笑顔を披露する雪乃に騙される人はここにはいない。
「南谷先輩のことだろ」
千秋の予想は正しく、隠すのが苦手な雪乃は答えがすぐに顔に出てしまう。
本人もそれは自覚しているようで、潔くそれを認めた。
「私が日向に呼ばれて楠さんと三人でいた時に、三人の生徒が私たちの行動を監視しに来たらしくて、楠さんが気づいて捕まえてくれたんだ。その時に誰から頼まれたのか聞いたら、南谷先輩だって言って。私、まだ信じられないんだ」
「選挙前に言うつもりはなかったけど、気にされるくらいなら教えておいた方がいいか」
「まあ、依頼主の判断じゃないかな」
千春の言う依頼主とは、千秋が南谷の動きを観察する要因となった人物のことだ。
今回は雪乃に何か悪影響がないようにと千春が代理で頼んだものだったため、一応雪乃が依頼主ということになっている。
「雪乃ちゃんはどうしたい?」
「俺は雪乃の言う通りにするよ」
「……わかった。教えて。この生徒会選挙の裏を」
雪乃の要求に千秋は次々にこれまでのことを話していく。
話した内容は夜居八に段階を踏んで教えたものとほぼ同じで、適宜補足をしながら雪乃に説明した。
「じゃあ、南谷先輩は正々堂々勝負する気はなかったの?」
「さあ? どちらかといえば、このままだと再選挙をしてまでも生徒会長になりたがってる人として見られるだろうから、選挙を遅延させて空いた期間で印象アップを狙っていたように見えたけど。あくまでも俺の視点の話だけどな」
「千秋の話を聞く限りだと、私もその線が一番ありそうだと思う。もしバレても壁新聞部なら盾になりそうだし。やり返しにはちょうどいいかもね」
あっけらかんと言い放つ千春に雪乃と日向は完全には納得できず、雪乃は腕を組んで唸っている。
「でもさ、それならどうしてポスターを剥がすように頼むとか、生徒会に被害届を出さなかったの?」
「日向、南谷先輩は見たことあるよな?」
「え、うん。選挙のときにステージで喋ってた凄い髪型の女の人だよね」
「あの口調と態度からして、誰かを頼るより先に復讐すると思わないか?」
「それは先入観に囚われてるだけだよ。心の底ではいい人かもしれないし」
「心の底がいい人が投票用紙を盗んで、壁新聞部をクッションに妨害行為をすると?」
「う、でも……」
千秋を納得させられる理由が見つからず、日向は泣きそうになっていた。
千春からの猛烈な視線を受けて、千秋は日向の横に移動した。
爪が当たらないように右手の人差し指を曲げて、第一関節と第二関節の間で日向の頬に触れる。
「ごめん。あんまり人の悪口を言うのはよくないな」
「だけど、七くんがそう思ったのも分かるよ。わたしだって、そういうことされたら嫌になっちゃうもん」
千秋は微笑んで日向の頭を優しく撫でる。
日向のふわふわさらさらな亜麻色の髪を崩さないように撫でていると、急に日向の表情が硬くなり、機嫌が悪くなったことが分かる。
撫で方が気に入らなかったのかと思い、撫でるのを止めると、さらに機嫌が悪くなった。
「七くんはわたしがどうして怒ってるのか分からないと思います」
「うっ……事実分かってないけど」
「だと思った。七くんってホントに乙女心が分かってないから」
「悪かったな。じゃあ日向は何に怒ってるんだ?」
日向は自身を撫でていた千秋の手を両手で包み込み、ジト目で千秋を見つめる。
「ブレザーのこと、忘れてないよね?」
「あー。そうだった。それで怒ってたのか」
「怒ってはいないけど、じぇらってした。他の女の子にもこうやって優しくしてるんだーって思って」
「しないよ。するのは日向と雪乃だけだから」
日向の手からそっと手を抜いて、そのまま日向の頭を撫でる。
言葉だけで顔を赤くした雪乃の開いた口が何度もぱくぱくした後に微妙に開いたまま顔を手で隠した。
ところが、机を挟んで向かい側の千春の機嫌を害してしまったらしい。
「え? 私は?」
「千春姉にどう優しくしろと?」
「実の姉に優しくしないのはどうかと思うよ」
「本人から言われても全然響かないから」
ところで、さっきから雪乃が手で顔を覆って動かないのはどうしてなのだろうか。もうそろそろ熱が抜けてもいいと思うのだが。
まだグラタンは半分くらい残っているし、早く食べないと冷めてしまう。
千春に至っては既に食べきっていて、話しているばかりでスプーンが止まっている三人を待っていた。
「しゃーない。私が駄目なら日向ちゃんに言ってもらおう。雪乃ちゃんは無理そうだし」
「優しくするのはいいことだけど、言われない理由を作ってるのは千春ちゃんだと思うよ」
「ねぇ千秋、日向ちゃんの言葉に刺があるんだけど!?」
「日頃の行いだろ」
日向に優しくされなかったことで千春は意気消沈していた。
千春からの視線と文句がなくなったので、千秋はようやくグラタンに手をつけるために席を戻ろうとする。
しかし、それをさせない人がいた。
服の裾を弱々しくキュッと引く日向はじっと千秋を見ていた。
「じぇらってたんだったな」
「わたしのしてほしいことしてくれたら許してあげてもいいけどね?」
「はいはい。何がしてほしいんだ」
「いざ聞かれると難しい……そうだなぁ。一緒にお風呂入るとか」
「無理です」
きっぱりと断った千秋にムッとする日向。
高校生にもなって男女で風呂に入るのはいろいろと不味い。
日向のことだから誰かに喋ってしまいそうなのも危険性に拍車をかけている。




