第13話 姉妹と姉弟
千秋が家に帰った頃には空の大部分が暗くなっていた。
街の通りでは街灯が灯り、過ぎ去っていく車はライトを点け始めていた。
学校から駅とは真逆の方向に歩いて5分。
千秋は変哲もない一軒家の鍵を開けた。
「ただいまー」
ローファーを脱いで上がり框を上がると、ドアで区切られたリビングから足音がして、スライドドアを開け放った存在がいた。
「おかえりー!」
「うお…っと。ただいま日向」
「ふふん。七くんを一人占めだ~」
飛びかかってきたこの亜麻色スーパーロングヘアの超可愛い女の子は、昼間に千秋と長森、楠と一緒にいたクラスメイトの九条日向。
日向を受け止めるのは慣れている千秋に少し抵抗感があったのは、お風呂上がりだと分かったから。
「おかえり七くん。今日は遅かったね?」
開いたドアの横からひょこっと顔を出したのは、日向の双子の姉の九条雪乃。白銀色のミディアムヘアが特徴的で、双子の姉妹とは思えないほど二人には違いがある。
嬉しそうにする日向を下ろし、日向と雪乃へ今日あったことを愚痴る。
「南谷先輩とちょっとお話を。それと大切なものを回収してたんだ」
「大丈夫だった?」
「なんともなかったよ。雪乃たちもそうだけど、みんなが上手くやってくれたから事が上手く進んだんだ」
雪乃は胸を撫で下ろし、照れ隠しのつもりかすぐに顔を引っ込ませた。
日向に腕を引かれて千秋もリビングへと戻ると、雪乃は手元の紙とにらめっこしていた。
タイトルには『生徒会選挙原稿』とあり、明日が再選挙だと思い出してしまう。
「明日は忙しいな」
「お互い様でしょ。明日は何もないといいんだけど」
「ホントに。今月になってから忙しくなりすぎて、もう何がなんだか」
「再選挙が終われば正式に第25回生徒会が正式に認められるから、明後日になれば助けが増えると思うよ」
原則として生徒会の仕事は生徒会役員がやらなければならない。
その中でも、ある役職だけしかできない仕事もある。
バレなければ問題ない、といえばおしまいだが、バレたときに糸魚川先生というとてつもなく怖い生徒会顧問に叱責されるのを恐れているのだ。
「次期生徒会ではそうならないようにね。次はアンタしか事情を知らなくなるんだから」
キッチンで腕を組んで仁王立ちをする千秋と然程変わらない身長の女性は真っ直ぐに千秋を見詰めて言う。
千秋と同じ黒紫色の髪を揺らして左脚に重心を寄せるとともに左手を自身の腰に当てた。
「千春ちゃん、七くんをいじめるのはダメ」
キッチンに立つ女性は千秋の姉の八前千春。
現在3年生で、学内成績が良く、既に推薦で大学に行くことが決まっている。
そんな千春の言い方がキツイと感じたのか、日向が千春に注意をした。
「今のは助言。いじめてないよ」
「千春ちゃんは七くんにだけ言葉が強いんだもん。七くんと話すときもわたしたちに話すときみたいに柔らかい感じで話してよ」
「それは努力するよ。私の中の評価が変わればだけど」
「もー! 千春ちゃん!」
1年生に怒られる3年生という構図になり、千秋はさりげなく自分の部屋に向かおうとする。
日向は千秋の行動にすぐに気づき、千秋の手を掴む。本人は力いっぱい握っているようだが全く痛くない。
「七くんに怒りたいことがあるんだけど、心当たりない?」
「う…なんだよ」
「ブレザーから知らない人の匂いがするなぁ…って。誰かとずーっと一緒にいたとか、そういうのはないよね?」
「……。」
日向はかなり鼻が利く。それも、千秋の匂いだけが大好きな匂いフェチである。
そのため、本来ブレザーから匂う千秋の匂いが薄いことに気がついたのだ。
決して桐谷の匂いが気になるという理由ではない。ただ、千秋の匂いが薄いと気づいただけ。
「アンタまたお節介でも焼いた? 桐谷とかいう副会長の子にはやらない方がいいと私は思うよ。すぐに勘違いしそうだし」
「……。」
「なんで名指しで当ててくるんだって顔してんのよ。本当にやったのならアンタ日向ちゃんに十回くらい襲われた方がいいよ」
「十回か……耐えられる自信ないぞ」
「うわ。ホントだったんだ。女たらしめ」
千春から嫌な顔をされる千秋の手の先で日向が瞳を輝かせていた。
これまでに千秋は日向に幾度となく寝込みを襲われてきた。
襲われたと言っても、怖い夢を見たからとか、寒いからという内容の可愛らしいものばかりで、布団に無理矢理入ってくるだけだったため問題なかったが、この一年間の保健体育でいろいろなことを学んだ日向が何をしてくるのかは全く想像がつかない。
一度は体験してみたいという単純な考えで将来を潰してしまうのは誰が見ても愚策だと分かる。
だから千秋は最近になって日向や雪乃に過度に接することがないように努めてきた。
3人が高校生になり、早一年が経とうとしている。これからが楽しくなる高校生活を一夜で失くしてしまうのはあまりにも愚かだ。
「危ないと思ったら私が止めるから」
「千春姉のことだから推進するのかと」
「人を見る目が腐ってるね。取り除いてあげようか?」
なかなか物騒なことを言う千春に日向はビクッと肩を跳ねさせていた。
実際に千春が言うと、本当にやりそうな気がしてならないと思う千秋は、場を和ませられるように気の利いた言葉を探す。
「日向と雪乃が見れなくなるのは困るな」
「おお、アンタにしてはちょっとロマンチックじゃん」
「千春姉こそ、人を見る目が腐ってるんじゃないか?」
「私はそういう自覚があるから。そうでもないと私はやっていけないからさ」
笑って言い飛ばす千春を見て、明日の再選挙に向けて最後の読み込みをしていて話が入ってきていない雪乃以外は安堵した。
「俺は着替えてくる。日向は千春姉と一緒に夕飯の準備をしてくれないか?」
「任せて。お料理は得意だから!」
日向はウキウキで千春の方へと駆けていき、エプロンに腕を通していく。
スーパーロングの髪をヘアゴムで緩くまとめて、背中側に伸びている紐を二つ結んでリボンの形にすると、すぐに料理ができるように準備が完了した。




