第12話 恋は戦争
千秋が生徒会室を経由して約30分ぶりに3階の2年生の教室へと戻った時には、桐谷が女性陣に言い寄られていた。
未だ千秋のブレザーを羽織ったまま、ファイルの中から出てきた新たな仕事と戦いながら質問に答えていた。
二つのことを同時に進める桐谷に感心していると、誰かが千秋の肩をガシッと掴んだ。
「おおー、裏切り者じゃないですかー」
「ほんとだなー」
「ちょっとオハナシしようねー?」
立ち位置はほとんど変わっていないが、桐谷の後を追って教室を出たときよりさらに険しい顔をしていた三人組がそこにはいた。
「誤解です。俺は寝落ちした会長に貸しただけですから」
千秋が説明するも、男子生徒三人組は納得することなく、すぐに反論してくる。
「会長が人前で寝落ちなんてするわけないだろ!」
「そうだそうだ」
「まさか、会長とはそういう仲…?」
「なるほど、帰ってきたときに息が上がっていたのはそういうことだったのか」
「つまり、おれたちの会長はもう……」
「…許さん! 許さんぞ!」
当人の説明に聞く耳を持たない三人の勝手な妄想で千秋はさらに標的にされた。
当たり前だが上級生三人相手に勝てるわけがなく、千秋は抵抗も虚しく肩を揺すられたり軽いプロレス技をかけられたりした。
そんな光景が繰り広げられる教室後部を気にしない人はいないのは当然のことで、女性陣の視線が千秋に集まる。
「王子様が悪者に捕まってるよ」
「助けてあげなきゃお嬢様!」
「大袈裟ですよ。王子様なんて――」
桐谷が体を捻って振り向くと、そこには男子三人組に取り押さえられた千秋がいる。
桐谷はビクッと大袈裟に反応すると、慌てて椅子から立ち上がって千秋の前に立つ。
とは言うものの、千秋は今も三人組に取り押さえられているので、顔を合わせることも叶わない。
千秋を拘束するうちの一人は肩より上で腕を回して千秋を自身の脇へと近づけるようにする大柄な体格の生徒で、一人は千秋の髪を雑に弄った体育会系な印象の生徒、一人は千秋の腕を掴んでいる細身の長身の生徒だ。
どう手助けすれば良いのか分からずに瞬きだけを繰り返す桐谷の回りで桐谷の反応を楽しみにする女性陣。
「…えっと。会長から何か言ってくれませんか?」
「む、むりぃ…」
「なんでですか諦めが早くないですか!?」
「だって、みんながそういう雰囲気を出しちゃうからぁ」
「その雰囲気を断ち切る一言を欲しているんですよ! 会長なら何か決めつけの言葉があるはずです! 今回だけは本当にお願いしますよ!」
「ハードル上げないでよぉ」
こうしている間にもますます周囲の視線が強くなり、ブレザーを返してもらうどころではなくなってしまっていた。
千秋には最終手段があるのだが、それを行えば女性陣からの視線がどれほどのものになるかが分からない。
「うぅ…八前庶務ぅ……」
「人助けだと思って、一言で良いですから!」
5分に満たない仮眠ととてつもない仕事量のせいでまともに頭が回っていない桐谷は、もう言うことがごちゃごちゃになっていた。
頑張って思い浮かべては候補から外し、どれが候補から外したものか分からずにまた取り入れて。何度も考えて答えを出そうとして、繰り返し行われた思考による答えは一つとなり、ついに放出された。
「わ、私、八前庶務のこと好きなのかも…」
ポッと頬を赤らめた少女は自信なさげに千秋を見つめる。
1拍遅れて教室内は女性陣の歓喜の声と男性陣のショックの声で溢れた。
「何が誤解だコノヤロー!」
「おれたちの会長がぁ!?」
「でも、会長が選んだのなら、おれたちはそれを尊重するべきだよ。彼を責めても会長の意思は変わらないだろうから」
冷静な上級生のおかげで千秋は解放され、よれたカッターシャツを整えた。
頭一つ低い桐谷の前で、千秋は膝を曲げて目線を合わせる。
女性陣の黄色い声の行く先で千秋は一言告げた。
「先にブレザーを返してください」
「あ…はい。ありがとうございました」
「いえいえ。あと、答えに関しては今すぐにはしませんので」
一瞬にして教室内の空気が一変し、男性陣から激しい文句の数々が降り注ぐ。
「てんめ、どういうつもりだ!?」
「答えろや!」
「ムード考えろー!」
耳栓があったら今すぐにでもつけたいくらいには騒がしく、千秋はシュンとした桐谷より低くなるようにさらに腰の位置を下げる。
「もし本当にその気持ちがあるのなら、生徒会長の任期が終わってからアタックしてきてください。俺が会長のことを好きになれるように頑張ってくださいね」
再度、女性陣の歓声が響き、顔を真っ赤にした桐谷を置いて踵を返す。
「ああ、ライバルは多いと思ってくださいね、会長?」
「が、がんばりましゅ…」
男子三人組は千秋の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
それは桐谷のレアな表情が見られたという理由もあれば、千秋の立ち回りに感心していたという理由もある。
なんにせよ、この日から数日間、桐谷の頭は恋愛という17年の人生で最大の壁を攻略するための考えが働いてしまい、まともに仕事が進まなかった。そのため、他の生徒会役員に仕事を割り振ることになったのはまた別のお話。
「うぅ、八前庶務のばかぁ…!」
その言葉が好きな相手に届くことはなく、バレンタインデーから一週間遅れたその日に、ネクストバレンタインデーが行われたというのも、また別のお話。




