勝負
眼前に広がる十三の首。真っ白な修道服が血を吸い上げて、紅く変わっていた。
「ひっ!……ぅうわぁぁ!!」
残された二人が、この惨劇を造ったエルに恐怖の目を向ける。
半ばで折れた剣がガリガリと地面を割りながら、ゆっくりと近づいて来る。
二人の兵士は、己の死を明瞭に感じて息が詰まった。
「少し……良いだろうか……『正義の魔人』と言う名前を聞いた事は、あるかい?」
人を情け無く両断して見せた人がまるで、聖人のように穏やかな表情で問いかける。
「た、確か……軍の共同、ぼ、墓地に小さく、刻まれていました……」
震える体と飛びそうな意識を必死に繋ぎ止め、エルの顔を伺いながら答える。
「そうか……そうかい。ありがとう、麗若き青年兵よ」
折れた大剣が元の十字架に戻る。戻った十字架を、ミシミシと音が鳴る程握りしめる。
「どうやら、先に逝かれたようですねーー守れる者は、護れましたかねぇ……先輩?」
その顔は、どこか羨ましそうに笑っていた。
「なぁ、ハルトさん」
帝都に襲撃をする前。ちょうどメトゥールとの決闘が終了してしばらく経った時、獅子の亜人ーーレオがハルトの後ろから声をかける。
『ん?どうした、レオ。お前がオレに用があるなんて珍しいけど?』
「いやぁ、ちょっとだけ気になった事があって……」
『なんだい!そんな遠慮しなくて良いからさ、どんどん聞いて良いよ?』
「なら……ハルトさんの、師匠って誰ですか?」
『あー、別に師匠がいるってわけじゃないだよ。ただ、オレが勝手にその人の戦い方を真似てるだけだよ。別に、何か師事してもらったわけじゃないしね』
「その人、結構やべー人なんすね」
『だってさぁ、訓練前に酒を仰いでやって来るんだぜ?もう酒臭いのなんのって』
「なんなんだよそいつ……」
ハルトの口から溢れる言葉のほとんどが、顔も分からない人間への愚痴ばかり。
でも、内容とは裏腹にまんざらでもない顔をしていたのは、くっきりと覚えていた。
気がつくとレオは宙を舞っていた。
殴られたと、そう理解するのは背中から無様に着地し、地面の泥が体を汚した後である。
「へぇ、ちったあ骨があるじゃねぇか。俺の拳でとばねぇ、気合いの有る奴なんて、そんないねぇんだぜ?」
殴った張本人であろう男が、草履をパタパタと音を立てながら近づいて来る。
見つかったと、そう感じてレオは己の失態に顔を歪める。
彼を見かけた時に、落ち着いて撤退すれば良かったのだ。いつものレオならそれが出来てた。
しかし、その時のレオは妹のルクトが怪我を負ったと、勘で察知し冷静な判断が出来なかった。
「おいおい……まさか、こんな所で負けるなよ。獅子坊?」
二本の軍刀は鞘すら無く、剥き出しの刀身は赤錆に覆われていた。武具への敬意など欠片も感じさせない、忠義のかけらも無いおよそ騎士とは思えぬ男だった。
パタパタと鳴る草履の音が、ボサボサでまとまりの無い髪が今は無性に腹立たしい。
「ほんっとに、因果なもんだな。まさか……ハルトさんの先生に会うなんて」
その時、目の前の男の表情が驚きに変わる。
「晴翔?おめぇ今、晴翔っつったか?」
「そうだけど。なんだよ?」
その言葉を聞いた後、男は肩をワナワナと振るわせ……爆笑した。
「ガハハ!!やっぱ生きてたか!!あの馬鹿は!!」
頭を掻きむしり、フケが笑うほどに落ちてくる。
「よく覚えてるさ!俺のことをジロジロと見てたクソガキだろ!?全く、あークソ。こんなに笑ったのは、久しぶりだぜ」
レオは目の前の、敵を目の前にしても余裕と笑い、一切の構えをとらない男に、警戒をさらに強める。
「ーー構えろよ、少年」
【笑顔】とは、【威嚇】を示しているとどこかで聞いた覚えがある。
突如として、男が構えをとる。彼は、凶悪と言うには溌剌な、純粋と言うには重たい笑顔を浮かべていた。
その事実に、レオの全身が震え上がる。
足を肩幅よりも少し広く開け、腰を落として重心を前に屈める。その姿はまるで獣のように、荒々しいものだ。
両手を軍刀の持ち手に添えて、いつでも抜刀出来るような体勢をとる。
「元々、つまみ食いの予定だったんだが変更だ。お前に興味が湧いたよ、だから食い潰してやるよ。その前に、お前の名前は?」
「レオ、俺の名はレオだ」
「そうかい。んじゃあ俺も。『四卿』『勝利』だっけ?まぁ良いか。ヘルメ・ビクトリア、それが俺の名前だ」
「そうかいっ!!」
レオが前に踏み込み、地が爆ぜる。その時、レオの首筋に生暖かい違和感が這う。
ーーと、同時に後ろに下がる。
ゴウッ!!と先ほどまでレオの首があった場所を通るように、軍刀が横に一閃を描く。
「やるじゃねぇか、あそこまでの緩急をつけれるなんてなっ!!」
軍刀の持ち手を両手でしっかりと握りしめ上から下、一歩踏み込んで下から上へと刃が迫る。
「グッ!?」
レオは首を傾けて回避するが、左胸から鎖骨にかけて傷が入る。あと数センチ深ければ、骨ごと断たれただろう。
だがその程度では、レオは止まらない。
「ーーフッ!!」
切り上げと同時に右側の足を軸にして半回転、そして相手の顔面めがけて左足の踵で、回し蹴りを繰り出す。
ヘルメはにこにこと笑いながら、回し蹴りをもろに受けた。
蹴られたヘルメは、回し蹴りの勢いを利用して側転し、左手を不自然に握ったまま立ち上がる。
レオは追撃のために、こちらに向かって走って来る。それを知ってたのか、ヘルメは右手に持った軍刀を、レオに向かって投げ飛ばす。
レオの視界に、赤く錆びた刀がまっすぐ迫る。
焦る事なくその場にしゃがむことで、問題無く回避する。
武器となる刀を失った今、膂力に分が有るこちらの方が勝てると判断する。
もう一本の軍刀が、ヘルメの腰にあるが近づけば容易に抜くことは、逆に命取りとなる。
既にレオとヘルメの距離は、大股二歩分の間合い。
腰の軍刀を抜くより先に、レオが拳を振り切る方が早い。
殴り合いになると、レオは予想してどう立ち回るかを考えてる時、ヘルメが左手を振るう。
その中身が、レオの顔に投げられる。茶色の粉が宙に舞った。
瞬間、レオの両目に痛みが走る。目の奥にザラザラとした感触にレオは異常と思い、慌てて距離を離す。
「砂かっ!?」
やられた。そう思い、直感でレオは顔と心臓の所に腕を被せる。が、殴られたのは腹だった。
「おいおい、どうしたよ!?さっきまでの威勢はどこ行った!!」
レオは殴られようが、蹴られようが一切の抵抗を見せず、ただ必要最低限の防御のみをし続けている。
やがてその猛攻は、終わりを見せた。ヘルメの呆れた表情と共に。
「チッ、んだよ。俺の勘が鈍ったか?歯応えねぇな、オごッ!?」
レオはずっと待っていた。目を潰された状況で、耐え続けれは何処かで警戒をとくと。
亜人族随一の怪力を持つ、虎人族であるレオが本気で繰り出した蹴りがヘルメの首を、あらぬ方向にへし折った。




