木槌
帝都、大通りに一人歩いている人物がいる。人がおらず、静寂に固められた街並みにゆっくりと歩みを進める人がいた。
「やっぱり……誰もいなさそうだな」
首から十字架をぶら下げて歩いていたのは、十二宮の第一位。エル・カマリであった。
光に照らされた彼の顔の半分は、酷い火傷の跡がある。それを隠すためハルトと似た様なフード付きの服を着ている。一つ違いを挙げるなら、それは修道服に近いものだ。黒の部分は無く、汚れが目立つ真っ白な修道服だった。
今回の作戦では、最低二人での行動を命じているが、エルは一人で帝都を散歩している。
理由の一つは、エルとハルトは実はあまり仲が良く無い。何故かと言うと、エルは“殺人”を一番忌避している。しかしハルトは、場合によっては殺人を平気で犯す。それぞれの命に対する価値観が余りに乖離しているからだ。
二つ目は、他の『十二宮』のメンバーとあまり上手く馴染めなかったのだ。
別に亜人族の事が嫌いではない、ただほんの少しだけ遠慮して、あと一歩が踏み出せずにいた。
「はぁ……こんな事なら、レオかゲミニを連れて来た方が良かったか?」
己の不甲斐なさを憂いたその時、前から複数の人影が現れる。
「貴様が魔神七将、“七将”直属『十二宮』の一人で間違いないな?」
ーー十五人。おおよそ一個中隊が重厚な甲冑に身を包んで、エルを囲うように陣を組む。
エルは焦るそぶりすら見せず、ただ何かを見定めるように目を凝らす。
「ーーバツバツバツバツバツ、マルバツバツバツバツ、マルバツバツバツバツ。そうか……たったの二人か」
全部で十五。その数はちょうどこの場にいる、エルを囲う兵士の数と一致する。
「何だ、貴様はッ!!」
ただ悲観せず、まるで機械の様な眼差しに、兵達は言いようのない不安に駆られる。
「なに、どうと言う事も無い。人を殺めた人間の数だよ。どうやらその“二名”は、佇まい的に新兵のようだ」
一歩。兵達の内、言い当てられた二名の新兵が、何か得体の知れないモノを見る目でエルを見て一つ下がる。
「私は、如何にしても人が人を殺す行為が、理解出来ないんだ。なぁ、教えてくれないか。何故、人を殺めたのか?」
人数的不利の状況。普通の山賊なら命乞いをする所で、この男は衛兵達に問いを投げたのだ。何故殺したのか?と。
その場にいる全員が口を開けず、ただ己の身を守る武器に力を入れるだけであった。
押しつぶされるような重圧では無く、しかし、全てを飲むような狂気でもあらず。ただの疑問を持った一人の人間として。そこにいた。
「ーー答えは、出ない。か」
どこか、諦めたような。懐かしむ声調で彼は紡いだ。
首にかけた十字架をゆっくりと外す。
ーー赦しはあれど、しかし無慈悲にも彼は罪を量るしか出来ない。
「ーー【照明せよ】」
断頭の、裁きが聞こえた。
「【六罰】」
十字架が歪む。想いを砕く、木槌となって。
「ーー第四罰、【罪血纏わる斬首の剣】」
エルの身丈と変わらぬ剣となった。
その剣は先端が半ばで折れていた。しかし、衛兵達は理解した。あれは意図的に折ったのだと。
大きな鉄の塊が、バランスを崩して地面を割る。エルはゆっくりと、ガリガリと地面を押しのきながら進む。
兵達はただそれを、じっと見ている。動こうとすればする程あの手に握られている、折れた大剣に吸い込まれるように観てしまう。
真っ白な処刑人が、無機質な表情で己の眼前に迫っていた。
「う……あ、ああっ……」
気づいたら、彼の眼前で跪いていた。まるで執行されるのを、裁かれるのを今か今かと、震えてせがむ囚人のように。
その顔には、僅かな悦びがあった。
「ーーさらば。名を知らぬ者よ」
一刀。
ただそれだけ。彼の過ちを両断するのに、それ以上は無粋であった。




