賭け事と事後処理
極星の乱削が晴れて、現れたのは無傷のテンバランス。
しかし、その体は既に力無く気絶していた。
『おいおいマジかよ……アレ受けて死なねぇとか、どんなバケモンだよ』
服は僅かに土埃で霞んでいる所はあるが、ハルトの二つの『宝具』による攻撃を受けてそれだけの損害で済んでいる。
『ほんっと、守征二十一柱って埒外ってか、なんか自信無くすわ〜』
気絶しているテンバランスの隣には、半壊した【ロア・ギアラ】が突き刺さっており、壊さないように慎重に引き抜く。
『ありがとう。【ロア】休んどけよ』
暴走したテンバランスを止めるために放った『円削』だが、その破壊範囲は驚く程小さく収まっていて、テンバランスの周りのみを切り刻んでいた。
【ロア・ギアラ】の能力は、空間への簡易的な干渉。【ロア・ギアラ】を中心に空間を収縮や、放射といった事が可能である。
今回はそれを使って『円削』の被害を極限にまで抑えて、テンバランスを拘束する道具として最大限のパフォーマンスを発揮してくれた。
手に持った【ロア・ギアラ】と【ヴィネ・アルテリエ】を自分の体に刺して、ずぶずぶとゆっくり沈んでいく。
『無理させたからな。しばらく、どっちも使えないな』
正直言うと、この戦闘で二つも『宝具』を消費する予定では無かった。
元々、テンバランスが暴走する前であったら、【ロア・ギアラ】一つで容易く済むはずだった。
原因は彼の体から溢れた【黒】だ。人の醜さを可視化したような物がテンバランスの体を包み込んで、あの様な人外の化け物になった。
自分から流れた血を見た時、明らかな動揺。血がトラウマだったんだろう、だからあそこまで取り乱して。
『ーー溺れたって訳か』
テンバランスが見せたあの姿とオレの仮面の下は、本質的には同じしかしその役割が違う。
彼は、明らかな“拒絶”と“不変”を欲していた。
『まぁ、そんな事を考えてもしょうがないけどな』
まだ、戦争は続いてる。オレはオレの、やるべき事をしなくちゃ。
「あのーそんな所で何をしてるんですか?」
フラベルの転移魔術によって帝都から緊急避難させられた住人達。騎士達の案内で避難を続けている人混みの中に、望遠鏡を持ってその場で胡座をかいて、帝都の方向を向き続けているおっさんがいた。
だぼだぼで見てくれだけの騎士服、履き物は靴では無く草履。ボサボサの黒い髪としばらく剃っていないのだろう、伸びっぱなしの髭。およそ騎士らしく無い人間がいきなり覗いていた望遠鏡を地面に叩きつけた。
「あーっクソ。何やってんだよテン坊!?負けたじゃねぇか!!おい青年、ちょっと悪りぃが酒をくれ!!酒をッ!!」
いきなりの凶行に、声をかけていた青年が立ち止まる。そして言われるがまま、周囲の避難物資の中から酒の瓶を持って戻って来た。
そして蚊の鳴くような声で、恐る恐る質問をする。
「え?あ、あの……一体何を?」
「あぁ?見りゃ分かんだろ。賭博だ賭博。俺の部下が勝つか負けるかで、明日の昼飯を賭けてたんだよ」
あーー!!と叫びながら頭を掻きむしり、それと同時にフケがポロポロと落ちて行く。おそらく、ここ何日か風呂に入って無いのだろう。
「そ、それじゃあ……貴方様は騎士様?何ですか?」
「ん?そりゃあそうよ。俺はね、一応騎士だけど、まぁ騎士団の中じゃそこそこ強いから」
「そ、そうですか……」
青年はただ、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
酒瓶を一気に仰いだ後、ふらっと立ち上がり帝都の方へ足が進み始める。
「ちょ、おじさん!!そっちは危ないですよ!?」
ピタリと呼び止められたおっさんは、青年の方を向いてニヤリと口を歪めた。
「安心しとけよ……ちと良いつまみを見つけたんでな。あぁあと酒、ありがとさん」
その背中は、さっきまでの賭け事で負けたと嘆いていたおっさんでは無く、何処か歴戦の猛者を感じてしまった。
「ーーさて、良い感じに酒が回って来た」




