ひゅいーってやってほい
ーー“夢”とは、硝子細工のように美しく、繊細な物である。
故にそれは、ほんの少し、わずかな拍子で崩れ去るだろう。
これは在りし日の、とある人物の独白である。
「ーーお?新しい客が来たっぽいな。珍しいね」
ボロボロの布切れで、それっぽく見せた劇場にある所々染みが目立つ安価な椅子と、舞台の隅っこで佇んでいる『蓄音機』が異質を放っている。
ツギハギだらけのカーテンを開けて入って来たのは、フードで顔を隠した男か女か分からない人物が一人。
俺だけしかいない舞台、俺だけの情景。誰にも侵害されず、ただ自分に没頭できる最高の場所。
いつもは一人。自分以外の観客はいなくて、ただ一人で自分の好きなように、手品を披露するだけ。
毎日、そんな生活をしているせいか、ほぼ俺の自宅のようになっている。
ここでは、誰かに夢を与える場所だから、お金をとるような事はなるべくしたく無い。
今も昔も変わらない。無料で俺は人を笑わせようと、今日も一人でもがき続ける。
めいいっぱいのおめかしをして、少し小さい黒のスーツと、縫って作った歪んだ笑みを描いたシルクハット。
ボロボロの座席、腐って不安定な床、ツギハギの衣装、何もかにも足りやしない。それでも俺はここに立つ、立ちたいと思ってしまったから。
「ーー【開演】……なんつって」
そう言って、笑って始めよう。
「ふー。今日のお客さんはあの子一人かい。まぁ、それでも良い笑顔だったなぁ」
夜中、一人で壁に寄りかかり今日の反省をしていた。
反省会と同時に手元で、俺の商売道具でもあるトランプをいじっているが、一枚。一枚足りていないのだ。
足りないのは、ハートのエース。
「『新しい愛。幸せの始まり』我ながら、かなりギザなカードを渡したなぁ……はっず」
一つ。理由を言わせてもらうなら、あの時のあの子はまるで世界の全てを憎んだかのような、失望したような目をしていた。
そんな顔をした子を見て俺は、どうしても笑い転がしてやりたいと思って、色々やったんだがそのほとんどが効果を見せず撃沈。
だけど、最後に渡したハートのエースは若干驚いて、嬉しそうな顔をしてたな……いや、あれ笑っていたのか?
「ーーまぁ良いか。寝よう」
不思議と目を閉じて直ぐに、眠気に意識を手放した。
その次の日、俺が目を覚ますと何故か屈強な男達が俺を囲っていた。
寝ぼけていたのかと思って、何度か頬をつねったがしっかりと痛みが走って、かえって目が覚めてしまった。
「えっと……借金は、ま、まだしてませんよ?」
自分の身長よりも、ずっと大きな大人に囲まれた中で、虫の鳴くような声で絞り出した冗談は、かえって静寂を深めてしまった。
「……」
「……」
「ーー本当になんだ?」
すまない。そう言って俺は押さえつけられた。当然俺は抵抗して暴れ出す。が、複数人の大人がいる以上子供の力でやれる事などたかがしれている。
無様に意識を刈り取られ、最後に目に入った物は、床に散らばったトランプの束だった。
そして俺は、何処かに連れて行かれてしまった。
その時、珍しく蓄音機が途切れ途切れではあるが、音を奏でていた。まるで俺の旅立ちを祝うかのように。
「ーー!!」
「ーーー!?」
何処かで話し声が聞こえる。本日二度目の目覚めとなり、多少ぼんやりする頭で辺りを見回すと、先程俺の意識を刈り取った大人と、昨日来てくれた子が言い争いをしていた。
「良いのっ!!私はこいつと一緒にや!り!た!い!」
「ダメですよお嬢様。何度も言いますが、これ以上は【劇団】としての信用に関わります」
「なーにが信用よっ!別に良いじゃ無い!私が誰と組もうと!!」
「【劇団】で一番の貴女が、何処の輩とも知らないスラムの少年と組んだとなれば、問題なんですよ……分かってください」
「いーやー!!」
ーー何してるんだろう、この人達は。
「あの……俺を置いて話を進めないで下さい……」
「あ!!目が覚めたのね!大丈夫?体、変なところとか無い?貴方絞め落とされたんでしょ?」
俺が目が覚めたと気がつくと、先程まで話していた人を放って俺に顔を近づけて来た。
髪の毛は赤く肩で切り揃えていて、髪の色から見るに、おそらく亜人族なんだろう。その証拠に耳がとんがっていた。
(エルフ……?なのか?)
「あぁ、うん。特に体には異常は無いかな」
「良かったぁ……それじゃあついて来て!!」
「え?あ、ちょ!?」
そう言って彼女?は、俺の手を引いて……いや、引き摺って劇団を案内してくれた。
どうやら、彼女はここの【げきじょう】と言うところの子役で、将来はスターにまでなるだろうって期待される程の子らしい。
そんな子がわざわざ連れて来た俺に向ける目線は、優しい目から人を殺すような怖い目まで、様々な目を向けられた。
「あいつが……」
「またお嬢が無茶やったんだろ」
「あのお嬢がわざわざ連れて来たんだよ?絶っ対凄いじゃん!!」
「ーーチッ」
「スラムのガキのクセに……」
「何処ぞも知らない馬の骨を連れて来るんだなんて、お嬢も落ちたな」
道中親しく話してくれた人もいれば、俺に冷たく当たって来た人もいた。
少し悲しくて、心臓がギュッてなって泣きそうになったけど、この子が手を引いてくれて、不思議と安心してしまった。
そして最後だと言って、俺の手を引いた場所は。
「ーーそれでね!ここが私達の楽屋になるのっ、よっ!!」
埃が俺の顔面にかぶさって来た。たまらず隣の子と一緒にケホケホと咳き込んでしまう程に。
襲って来た埃を払いながら、開いた先の部屋は……何と言うか、うん。物置きだった。
と言うか、長年使われていなかったようで、先程もこの子がドアを開ける時、小さい体でドアに体当たりを何度もして力ずくで開けていた。
ドアの木にヒビが入ったのは、気のせいだと思いたい……たぶん。
「ーーまずは掃除からね!!ゔぇっほ」
胸を張って堂々と言ったが、大きな声を出したせいで埃をかなり吸い込んだようだ。同時に俺も鼻に違和感を感じて咳をしてしまった。しばらく二人して咳き込み続け、終わった頃には二人とも涙目になっていた。
二人でちまちまと掃除をして、終わった頃には太陽が沈みきって月が真上に遊びに来る時間だった。
「よしっ!終わったわね!!お疲れ様!」
そう言って夜中だと言うのに、疲労の顔一つ見せない笑顔で俺の方を向く……しかし。
「ーーぷっ」
「ブワハハハハッ!!!」
不覚にも、俺は笑ってしまった。だって、彼女の髪の毛に何個も埃が付いていて、頭が巨大化したように見えてしまった。
「ちょっと!何笑ってって……何この髪!?てかほとんど埃じゃない!!」
子供なんだ。笑いの沸点が低いのは許して欲しい。が、流石にこれは初見殺しだ。
「ーーもう、笑いすぎよ。あ、えっと……」
「どうかしたか?」
元気よく堂々とした口調が、最後の方では自信なさげな、細々とした声になっていた。
「いや、そう言えば私。貴方の名前、知らないなぁ〜って」
「名前?俺には無いけど?」
「え!?嘘、無いの!?」
「んー、スラムだと名前が無い子は結構いたけどなぁ?」
どうやら、普通の子供は自分に名前があるそうだ。親がいる子は、何故か名前を呼ばれる度にパッと顔を笑顔に変わる。俺はそれを見て、何で名前ごときであそこまで笑顔になれるのだろうかと思っていた。
スラムでは名前なんかより、今日の日銭を稼ぐ方が重要だったから名前なんて忘れてしまった。
「そ、それじゃあ何で言えば……あ!そうよ!私がつければ良いんだわ!!」
そう言って、人よりも二回り大きな耳を上下にピコピコと動いている。おそらく嬉しい?のだろうか。
「んーそうね。それなら『メトゥール』なんてどう!カッコいいでしょ?」
俺にとっては、普段の会話と何ら変わらない『文字の羅列』のはずだ。名前なんて……その程度のはずだった。
あぁ、でもそうか。名前を呼ばれた子供達の笑顔の意味が、ちょっとは分かったかもしれないな。
「ーー悪く、無いな」
「!……えぇ!そうでしょう!!何てったって、私が直々に名前を付けてあげたんですから!今日から貴方は、メトゥールよ!良い?私が付けたんだから、ちゃんと誇りなさいよ?」
「ーーあぁ、そうするよ」
そう言って俺達は、二人で過ごした。誰かといる夜も、存外悪く無かった。
頭の隅で、また蓄音機の音が鳴り出したのは、気のせいでは無いはずだ。
本当は、一つにまとめて投稿しようと思っていたのですが、長かったので二つにまとめました。




