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評価

あと二話で終わると言ったな、あれは無理だ。



「んぁ……」


 時間は夜中なのだろうか、未だ月が空を照らしているのが見える。そんな時間にふと、起きてしまった。


 つい数日前まででは考えられないような生活。沢山の人に話し、触れ合う。あの場所(ゴミ溜め)では経験出来ないような物の数々。


 綺麗な布団で寝て、暖かいご飯があって、隣に人が居て、おはようからおやすみまで、ずっと隣に居てくれた子。


 “俺”を誘拐した子。“俺”を招いてくれた子。“俺”と寝てくれた子。そして、“俺”に名前を付けた子。


「案外、悪く無いな。“誰か”がいる生活ってのも」


 ずっと一人だった。

 別に寂しい訳でも、自分が悲劇の主人公と言う訳でも無い。俺にとって“一人”は日常であり、“普通”だ。


 あの日あの時、あの場所で拾った宝物(蓄音機)。俺を変えてくれた宝物。俺の心の割合の全てを埋めていた物。


 俺にとって、あれが全てだった。たとえ壊れて音が鳴らないだろうが、それは変わらない。

 それを置いて行った事は、少し心残りだがそれでも今は、俺の心に蓄音機(それ)以外のものが捩じ込んで来た。


 勝手に入って来たかと思えば、自由に荒らして、掻き回しながら。俺の心を崩して壊して、直して行った“異物”。


 でも今では、その“異物”が俺の心をじんわりと温めてくれる。


 “メトゥール”。


 そう呼ばれるだけで、顔が綻んでしまう。


 “メトゥール”。


 そう呼ばれると、不思議と貴女を探してしまう。


 “メトゥール”。


 やっぱり、他の人ではダメだ。俺は貴女に、お前にこの名前を……君が付けてくれた名前を呼んで欲しいと願った。


 あんなに心の中で流れていた、蓄音機のガサツな音色が、今では貴女の声が聞こえて来る。


「ーーありがとう、ございます」


 俺を見つけてくれて


 俺を与えてくれて


 俺を認めてくれて


 

 額縁に飾っている、見覚えのあるハートのエースが二人をただ、見ているように感じた。
















「さあっ!今から試験を始めるわよ!メトゥール!!」


「ーー分かった、分かった。少し音量を下げてくれ。朝からその音量は死んでしまう」


「何を言ってるの!この程度で人が死ぬもんですか!!」


「へいへい。分かりましたよ」


 そう言ってゆっくりと立ち上がるメトゥール。顔の双眸は何処か気だるそうではあるが、芯の通った真っ黒な二つの瞳で前を向く。


「ふふっ。やっぱり私、貴方のそう言う目が好きよ。食べちゃいたいくらい」


「ーーいや、食べたらダメでしょ?」


「そこはご愛嬌で。なんてね」


 ふと、自らの手を見ると、その手は僅かに震えて落ち着きを無くしていた。


 あぁ、自分は緊張しているのだと、感慨に耽っていた時。


「やっぱり、緊張する?」


「今まで、一人でしたからねぇ。貴女のせいにはしたく無いですが、それでも“誰か”と一緒にするのが……怖いんですよ」


 一つ、空白を置いて


「ーーどうしようもなくね」


 その男は息を吐くように、自らの弱い所を見せる。


「それでも、やらなきゃ、演じなきゃ。だって私達は観客に夢を与える人だもの」


「ようやく、ようやく貴方の才が日の目を浴びる日が来るんだから。ーー胸を張りなさい」


「ーーえぇ。そうですね」


 その顔は穏やかで、何かが吹っ切れたような表情だった。


 一歩、また一歩と、メトゥールの足が舞台に近づいて行く。


 緊張している。自分じゃ無くて誰かの為に。自分が満足するのでは無く他者が納得するような。


 ーーあぁ何とも、何とも()()()()()()


 夢に待った舞台。それが素人目でも分かるほど、醜く歪んでるかのように見えてしまう。


 何故、評価されなければいけないのか?評価を受けなければいけないのか?俺は評価じゃ無くて、夢を与えるためにここに居る。


 これは、俺が命を賭して創り上げた物を一体何で、何も知らない人間に上から目線で削らなければゆけないのか。


「ーー汚しやがって」


 そう、汚したのだ。劇団は、俺の憧れを、叶える場を、薄汚れ捻くれた思考で黒く染めた。


「嫌だ」


 それは、それだけは、俺が許せない。


 それでも、一歩ずつ確かに舞台に足を進める。


「嫌なんだ」


 もうその足取りに、かつての憧れは無い。


「ーー全部だ」


 ーー理解されないくらいなら全部、俺のだ。誰にも、触れて、聞いて、評価されるべきものじゃ無い。


 次の一歩が重く、足のまとわりに泥のような思いが付いてくる。そんな歪んだ思いを抱えても、時間は止まらない。


 天幕が、甲高い音を奏でてゆっくり上がっていく。先程まで重かった体が、心が、上がる天幕から溢れる光で真っ白に塗り潰される。

 

 それでも、汚れが消えるわけでは無い。だがそれでも良いじゃ無いか。汚れたままで。


 見渡す限り、仮面(笑顔)が咲き乱れている。“評価”でしか自分を表現出来ない人間には、なりたくない。


 ーー形が歪んでしまう程、その拳に力を込めて。


「ーーさぁ、始めよう」


 開演だ。

















 私が彼を見たのは、ただの偶然だった。


 私は、正体を隠して下町を探索するのが趣味だ。でもあの日見た彼の事を私は忘れない。



「ーー何だろう、この……小屋?」


 私がそれを見つけたのは、ほぼ偶然に近いものだ。ちぐはぐな色の布で、補修を続けカラフルな色になった小屋のような建物。


 ーー別に何かがあったわけじゃ無い。それでも私は、何かに引き連れられるように、入り口に足をかけた。


「結構環境は、劣悪ね……よくこんな所で出来るわ」


 私の劇団が所有している劇場と比べると、そこは粗末な場所だった。


 所々カビて脆くなった床や壁、革が剥がれて中身の綿が出ている椅子、割れて灯る事の無い電球。


 でも私は、そこを嫌いにはなれなかった。


 それでもよく見ると、それら全てに不恰好ではあるが、直したような痕跡が残っている。


 壁だったらおそらく、穴が空いた場所に新しい木材を打ち立てて。


 椅子であったらおそらく、ほげた場所を何度も縫い付けている。


 ーー分かってしまった。ここは確かに舞台としては粗末ではあるが、一人の大馬鹿者が夢を叶えようともがいた場所だと。


 諦めが悪い人物なんだなって。


「良いな、ここ。暖かい」


 私は一番前の座席に腰を下ろす。すると同時に、聞き覚えのある音楽が流れて来る。

 音源の方に首を向けると……そこには花が咲いていた。


 正確には金属で出来た花。その中心から音が漏れ出していて“私はここだと”、そう主張するかのように。


「嬉しいわね。まだ、持ってた人もいるなんて」


 途切れ途切れではあるが、それでも音は周り続け、私を包んでいく。


 すると、私の頬を撫でられる感触がした。

 驚いて見上げるとそこには、()()()()()()舞台の上に人がいた。

 その人は、私の目をじっと見つめて、静かに告げた。


「ーー貴女、笑えてますか?生きてて楽しいですか?」


 私は、何を言われたのか分からず、ただ困惑するだけだった。

 よく見てみると目の前の青年は、ボロボロのスーツを身に纏い。刺繍で笑顔の形にしたシルクハット。私が見た中で一番輝きを放っている気がした。


 


「俺は、ずっとここに立ってるせいかな?人の感情の機微が分かるようになってんだ。貴女から感じられたのは、深い【諦め】の感情」


 貴方の顔が見えない。確かにそこに“居る”のは分かる。でもそれ以上が知覚できない。まるで様々な色合いの絵画の中にポツンと落ちてしまった、全部を塗り潰す黒のように。


「俺は、貴女が何があってここに来たのかは、分からない。でも、ここに足を踏み入れた以上……君は笑って帰る権利がある」


「権、利?」


「そう、権利だ。義務じゃ無い。笑顔は、他者に強制される者じゃ無くて、自分が『幸せ』だと表現する事が出来る権利だと思う。そう、人が誰しも持つ権利だ」


「その上で、もう一度聞こう」


「ーー今の貴女は、笑えてますか?」


 多分、私はここしばらく心の底から笑った事は無いだろう。


 私は俗に言う“天才”なんだと、そう言われ続けた。将来を約束されたーなんて言われて、勝手に期待して、何かあったら全て私になすり付ける。


 そんな日々が嫌になったのかも知れない。最初は笑えたのかも知れないけど、時間が経つ程に顔の筋肉は腐り始めた。


 私が居る所は、もう誰もいない。そう思い始めたのはいつだったろうか、誰にも理解されない悲しみが、孤独が私を優しく包んでいく。


 ゆっくりと腕が私の首を絞めていく。そんな時、私の心が息を求めて、助けを呼ぶ為にここに来たんだろう。


「ーー確かに、笑えてませんね」


 そう言うと、彼は私の頬からゆっくりと手を離していく。

 あぁそんな悲しそうな目で、私を見ないで欲しい。


「そうですか……であれば、帰りにお肉を買って帰るべきですよ」


「何でですか?」


 すると彼はニヤリと笑って。


「お腹が筋肉痛になるからですね。笑いすぎて」


「ーーふふっ。何よそれ」


 あれ?今私、笑って……


「そうですね。なら少しだけ手品をお見せしましょう。ほい」


 そう言って掌を上に向けると、虚空からトランプのカード達が現れた。


「ーー安心して下さい。簡単な占いみたいな物ですよ。すぐに終わります」


 そう言って、彼は一枚のトランプを手に持つ。そして、何か気に食わなかったのか、直ぐに別のカードに取り替えたのだ。


「何してるんですか!?」


「いえいえあのカードは、貴女に相応しく無い物でしたので、代わりにこれを」


 差し出されたカードに目を通すと。


「ハートの、エース?」


「えぇそうです。『貴女に良い出会いがありますように』と。これは貴女に差し上げます。()()()また会えた時、心の底から笑って俺に返して下さい」


「ーーうん!!」


「ギリギリ赤点ですが……最初よりかは、良い顔になりましたよ」


















 全身に、生ぬるい視線が集まっている。


 観客が評価を付けようとする。俺の声に、俺の一歩に、俺の鼓動に。金額をなすり付けようと、すり寄って来る。俺が引き出すべき“笑顔”にですら、金がかかっている。


 俺の夢はそんな下らない“物”に、成り下がるつもりか?


「ーー最初に言っておく。俺はこの試験の合否関係無く、これが終わったら抜けさせてもらう」


 誰に言ったわけじゃ無い。別にここが嫌いなわけでも無い。それでも、俺は“一人”でやった方が良い。


「“評価”なんざ、下らねぇ物に縋り続けてるお前らに、俺が負けるかよ」


「ーー俺は別に、理解されようと思っちゃいない。ただ知って欲しいだけだ、感じて欲しいだけだ。俺を見て、夢でも妄想でも幻覚でも良い。それを……与えるのが、俺がここにいる理由だ」


 手に、虚空から取り出したトランプが吸い付くように入って来る。


「一枚足りないが、そこはご愛嬌で」


 指を一つ、パチンと鳴らせば。


 一枚のトランプと人が入れ替わる。


「何をしたら良いのか、何がしたいの分からなくなる時はある」


 また鳴らせば、また変わる。


「時間が経って、慣れてしまうと人は、“理由”を忘れていく」


 反対の手には杖を持って。


「そんな時は、一度捨てちまえば良い」


 空間に、色を足していく。

 赤、青、黄、緑、紫、橙……虹色の端が観客と舞台に架かる。


「一度、目を離すと不思議と消えていた、埋もれていた“理由”がまた湧き出て来る……それで、何でお前らは劇場(ここ)居る?」


 トランプは“信念”を魔術は“見え方の違い”を表現する。


 一人、また一人と、虹とトランプで観客席から舞台に上がっていく。


「何んだこれは!?」


「きゃあっ!!!」


「ーーこれ、大丈夫なのかよ……」


 客席から聞こえる罵声が、悲鳴がそれ以上の歓声にかき消されていく。


「色眼鏡かけて、腐った誰かの“評価”を気にして、それがお前らの求めてたもんなのか?なぁ!!」





「ーー違う」


 誰かがボソリと呟いた。それは静かな反抗であった。


「お前らは、観客に笑わせて帰すって言うプライドは無ぇもんな!!」


「「「違う!」」」


 今度は何人かが、一緒になって声を上げる。


「お前らが欲しかったのは、観客の笑った顔じゃ無くて、誰か知らねぇ奴の評価なのか!?」


「「「「「「違う!!」」」」」」


 大勢で、声で反発する。会場が一つの塊になって、己を叫ぶ。


「なら、もっと歪め。歪んで、歪めて、そうやって自分の“絶対”を作り上げろ」


 メトゥールの周りには、沢山の人、人、人。



 一人で舞台に立った少年は、気づけば大勢を舞台に上がらせていました。


 それは皆んなで食卓を囲むように、少ない料理を取り合うかのように、我先に手を伸ばす。


 ーー彼にとって、それが何よりも気持ち悪いものだった。





 












「それで?試験という大事な舞台で、大暴れして【失格】になった大馬鹿者さん?何か言い訳は?」


「ーーはい、すいません」


「もう、何でああなるのよ……ちょっと面白かったから良いんだけど」


 寝室で二人、ベットで横になって顔を見合わせる。


「ただの【失格】なら良かったんだけど、【出禁】の上で【失格】だからね、二度と役者には慣れないわよ」


「ちょっと、やり過ぎちゃいましたね」


「そうじゃ、そうじゃ無いのよ。私は……貴方と……立ちたかった。一緒に舞台に」


 前を向くと全く悪びれず、薄ら笑いを浮かべ続けるメトゥールの顔があり、彼女の拳が突き刺さる。


「痛った!?」


「貴方が変な笑いを浮かべていたからよ、少しは自重したらどうなのよ」


「笑いを浮かべることに、善も悪もありませんよ。人は笑って生きる物です」


「何なのよ、どうして夢が絶たれたのに!そんなヘラヘラとしてるのよ!!」


 そう言う彼女の目には、大粒の涙が溜まって溢れている。


「俺がいた所は、夢半ばで死ぬ事も夢を追う事すら出来なくなる時が急にやって来るから。確かにもう貴女と舞台に上がる夢は消えたのかも知れない、でも俺と君どっちも生きてる」


「俺が怖いのは、夢が途中で終わる事じゃ無い。夢を見るだけで死ぬ事だ」


「……でも!」


「でもじゃねぇんだ。それが“俺”なんだよ。生きていけば、絶対チャンスはある」


 静かに彼女の頭を撫でて行く。静かに彼女は泣いていた。


「そうだな……もう俺は“演じる”事はもう出来ないけど、君を輝かせる事は出来る」


 パッと涙が止まる。そして何かを閃いたような顔を向けて。


「そっか……『演出家』があるじゃ無い……!!」


「俺が君を一番輝く星にしたい、いやさせるつもりだ。だから、俺と一緒に最後まで歩いてくれるか?」


「うん!ーー好き。大好きだよ。君のそう言うところ」


「ーー良かった」


















 あれから、数年が経った。


 俺と彼女は二人で別の劇団を設立し、彼女が団長、俺が副団長として日々を過ごした。


「メトゥールー!良いお知らせと悪ーいお知らせがあるんだけど、どっちが良い?」


「それなら、良いお知らせからお願いします」


「分かったわ。まずね、良いお知らせは私達の劇団にパトロンが二つ増えた事。そして悪い話は、()()メトゥール宛にこれが来てるのよ」


 彼女が指に挟んだ紙を、メトゥールの方に直接渡す。


 手紙は蝋で封をされて、その蝋には三角帽子と杖の紋様が描かれている。


「ーー【魔術協会】ですか。懲りませんね……彼らも」


 ここ数年、彼女を献身的に支え続けたメトゥールだが、何処からか漏れたのか、メトゥールに目をつけた【魔術協会】がひっきりなしにその身柄を抑えようとしていた。


 ーー決して、心当たりが無いわけではない。


 【領域魔術】一個人が国を相手してなお、有り余る力。そう呼ばれる術の類を使用した疑いがメトゥールにかけられている。


 【魔術協会】は世界にある魔術の調和を理念として、数百年活動してきた団体である。長年あるにも関わらず、その全容は見えておらず、一説によると【魔術協会】の会長は守征二十一柱(アルカナ)の一人だと、そう噂されている。


 所詮は噂。そう思うが、歴史上【魔術協会】に歯向かって生きている魔術技師は、ゼロと公言している。



「いつまでも、無視は出来ない。と……まぁ後でで良いですね」


 メトゥールは何でもないかのように、その手紙を一切として見る事なく、ゴミ箱に捨てた。


「ーーさて、今日も頑張ろう」


 一つとして見る事の無かった手紙には、真っ黒な文字でただ一文。







【ーー最後通告】


多分次で終わる……はずです。

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