第33話 停職明けから始まる嫌がらせと、『研修』と言う名の避難
一週間の停職処分から解放された俺が聞いた言葉は……あまりにも自己本位な言葉だった。
罪を懺悔するどころか、室井は誇らしげに語った。
「こんな制度……いずれ崩れるんだよ」
「転生なんて救いじゃない」
「ただの死への先延ばしだ」
「だから夢を奪ってやったのさ」
「奴らが現実を見る為に、現実は甘くないってのを教えてやったのさ」
「感謝される側だと思うね俺達は!」
――やつは、〝俺達は〟といった。
つまり、室井は氷山の一角に過ぎないのだろう。
そんなやつらが存在する『異世界転生審査課』は、確かに鬼灯さんや彼岸花さんがいうとおり、魑魅魍魎が存在する場所なんだろう。
俺もまた、一週間の停職処分を受けた。
制度なのだから、規則なのだから致し方ない。
だが、正しい事をしたと思っても、それが社会の中では正しいとは限らない。
「オメェは間違ったことしてねぇよ。ただ……市役所内では、争いを起こしてはならないだけだ」
「面倒ですよね~。とはいっても、私たち坂本さんチームって誰かしら停職処分受けてるから無問題だよ?」
「え? 皆さん停職処分受けたんですか?」
「受けましたね。私も頭にきて、ヒールで足を踏みつけてしまいましたし」
田中さんの攻撃は痛そうだ。
だが、皆さんがそれぞれ戦っていたのだと思うと少しホッとした。
ということは……。
「坂本さんは?」
「ええ、若い……といっても、チームリーダーになる前は、やんちゃでしたよ」
「坂本さんが一番武勇伝凄いっすよね」
「一番凄いのは、窓の外に放り投げて相手を消滅させたことですか?」
「はははは、懐かしい事をおっしゃいますね」
市役所の外に出れば天気のいい世界だけれど――。
俺達のような市役所職員や、転生を待つ死者がその光に当たると死んでしまう。
それを坂本さんは相手にやってのけたというのだから驚いた。
「彼らのような人間は本当に……市役所職員に紛れて存在します。室井のような存在は異世界転生審査課において毒でしかありません」
「結局、室井は?」
「〝神の査定〟を受けて消滅しました。同時に、チームリーダーの話しあいで、室井のいたチームリーダーも査定を受けましたが……。彼は一カ月の停職処分になり、チームリーダーからも外されました」
「そうでしたか」
「今後、年に一度市役所職員は、職員に相応しいかどうかのチェックを行うことも決まりました。その際、弾かれた者たちは神の査定のもと……消えてもらいます」
鬼灯さんと彼岸花さんの言い分が通った……と言うことだろう。
それでも、全員が消える……と言うわけではないだろう。
制度の穴を見つけて居座る輩はいそうだと思うと、少し溜め息が溢れる。
「また、鬼灯さんと彼岸花さんが中野くんのことを心配していましたよ」
「え!」
「何か起きた時は『異世界安置所』に避難させろと。私もそう思います」
「坂本さんも?」
「ええ、今でこそチームリーダーですので、手を出されることはありませんがね」
「姑息な手を使ってくる場合もあるのよ」
「ほとぼりが冷めるまで、様子見として中野さんを『異世界安置所』にお願いしようとも思っていたところですが……しばらく様子を見てから決めようと思います」
「わかりました」
こうして、様子を見るためにも俺はしばらく異世界転生審査課にて過ごし、しばらくしてから『異世界安置所』にほとぼりが冷めるまで向かうことが決まった。
元々この世界が求めた死者でないことから、身の安全の確保は急務とされた。
しばらくは移動のたびに谷崎さんが一緒に来てくれることになり、申し訳なかった。でも、そうでもしないと安全でいられない場所なのかと驚いたくらいだ。
「坂本さんが過保護なだけ……と思うなよ」
「はい」
「ま、あの案件のあと一発殴ったのは、スカッとしたけどな」
「谷崎さんは……室井のしたことに腹を立てて殴ろうとは……」
「……お前が動かなかったら殴ってたな」
そうだろうな。
谷崎さんはそういう人だ。
情に脆いところもあるから、絶対動くと思っていたけれど、それよりも先に俺が動いてしまった……という所だろうか。
すると、後ろから人が走ってきて俺に軽くぶつかると去っていった。
一体何だったんだろう。
焦ってたのかな? と思った時――。
ぬるりとした感覚がした。
「こういう嫌がらせが毎日来るぞ」
「え?」
「腕、刺されてるぞ」
「うわ!」
死者は痛みがない。
だが血は出る。
すぐに治るけれど、驚きはする。
「驚きましたが……死ぬこともないし痛みもないんですよね」
「まぁ、奴らがしたいのは精神的苦痛を与えるだけだからな」
「これで精神的苦痛……ねぇ」
「中野はこの程度じゃビビらねぇか」
「痛みがありませんから、洗濯が面倒だなって。あ、傷塞がった」
「この手の嫌がらせはどんどんくるぞ、どうする」
「じゃあ、この血の跡のついた服装で、笑顔でいようと思います!」
笑顔で告げると、谷崎さんはぶはっと笑い俺の頭を撫でた。
「俺もしたわ、それ」
「谷崎さんも?」
「俺より周囲のほうが精神的苦痛になるんだよなぁ」
「それで行きましょう」
「ただ、これだけは覚えておけ。死なないにせよ、生きていれば死ぬような嫌がらせをしてくるのが、反対派だ」
「了解です」
それから数日、わざとぶつかって刺される事は多々あったにせよ――。
俺は笑顔でその上着を着て仕事に励んだ。
その様子を見た彼らがどう思うかはわからない。
けれど、その手口は段々エスカレートしていったのは言うまでもなく。
数名現行犯逮捕で捕まった反対派もいたけれど、彼らは平然と嘘を口にする。
言い逃れが出来ない状態でも、へらへら笑いつつ嘘をしゃべる彼らは――。
――あまりにも、狡猾なように見えて……愚かだった。
そんな血だらけの服装で過ごしていたある日――。
鬼灯さんと彼岸花さんが坂本さんチームに訪れて俺を見て目を見開いた。
「今日から仕事が忙しくなるんだ。悪いが中野を借りていっても良いだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
「中野、今日からしばらく異世界安置所案件だ。行って来い」
「了解です」
「ダウンジャケットはこっちから支給するよー」
「行くぞ」
そう言うと血だらけの服装のままの腕を引っ張られ、俺は長い廊下を無言で歩き、異世界安置所に到着すると二人から長い溜め息を吐かれた。
「守られていながらこれだけの被害が出るとはな」
「異世界転生審査課こえぇ……」
「死なないから別になんともないですけどね」
「強靭な精神の持ち主だな」
「異世界安置所でも仕事出来る精神力じゃんー。もうさー。安置所で一緒に仕事して、仕事終わりに甘い物食べよ? そっちのほうが安全だよー?」
「心配はありがたいですが……。俺の仕事は異世界転生審査課ですので」
「頑固」
「やれやれ……。ほとぼりが冷めるまではうちで保護するからな」
こうして俺はダウンジャケットを着て安置所の中に入る。
一体どんな案件があり、どんな仕事をしているのか気にはなっていた所だ。
(異世界安置所の仕事……。一体どんな感じだろうか)
他所の仕事を見られる機会は早々ない。
その瞬間、鬼灯さんは一度だけ振り返った。
人影が動いたような……。
ここにも彼らの手は届くのだろうか。
俺は気持ちを切り替えて、しばらく『研修』という形で入ることになった――。
――だが、この時の俺はまだ知らなかった。
異世界安置所が、転生審査課とはまったく別の〝地獄〟だということを。
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