第32話 魂IDの改竄問題③
魂の糸の奥に、黒く焼けたような痕。
この痕を間違えずに辿る作業は、精神を削るほどきつかった。
修復しながら寿命を延ばすしかない。
魂が痛みに暴れて難しかった。
魂の修繕だって痛みを伴うんだ。
二重苦だろう……。
吹き出す汗も拭かず、俺と谷崎さんは三日間眠らず続けた。
そしてようやく辿り着いたネームプレート。
焦げた痕が一瞬にして引き寄せられるように、そのネームプレートに焼き付き、赤く爛れたネームプレートになった。
その相手の名前は一瞬だけ見ることができた。
『室井』という男性だ。
そこまで見えた瞬間――魂は湯気が立ち上るようにして消えていった。
「あーあ。本来なら俺の力で送り出すんだけどー。あれさー、塵になったのと同じなんだよねー」
「塵……に?」
「輪廻転生もできなければ、地獄に堕ちることもない。ただ……無に還っただけだ」
「そんな!! なんとか、なんとかする方法はないんですか!?」
「できるならしている。だが、俺達安置所でもできることと、できないことはある」
「塵に還った魂は、運よく神様に拾われない限りは漂うだけだねー」
「くそっ! 間に合わなかった……っ」
「谷崎さん……」
「細工をしたやつは余程暇人だったのか、その転生者を殺したかったのかのどれかだろうな……くそっ! 余りにも焦げ付いた痕を辿るのが難しいレベルで魂を焦がしていた……。あれじゃ生きてた頃は……」
そこまで行って顔を片手で覆った谷崎さんに、言いたい言葉を理解した。
それと同時に、彼らの言葉も思い出す……。
『俺は昨日の記憶がない』と、彼は言った。
『俺は昨日までの人生がない』と、もう一人の彼は言った。
『最低限の……尊厳ある人間として生きていきたかった……』と泣き伏した気がした。
それが……すべての結果だと分かった途端、頭に血が昇った。
「ダンッ!」と床を殴り、震える手でちらりとだけ見えた「室井」というネームプレートを思い出す。
「室井……絶対許さない……絶対許さない!!」
「中野!!」
「一発殴らないと気がすまない!! 彼らは何も悪いことをしたわけでもない! ただ、ただ三つの願いを元に〝人として生きたかった〟だけなのに!」
「暴れるな中野! 彼岸花も耳ほじってないで中野を止めろ!」
暴れる俺を少しだけ背の高い鬼灯さんが腕を掴んで止めてくる!
でも、彼岸花さんは――。
「あのなー? 魂ID弄られたの初めてだけどー? さっきの人みたいな魂は、度々安置所に来るんだぜー? 正義感強いなぁー。立派だねぇ」
「……さっきみたいな人が……度々くる?」
「そうだよー? 三つの願いが狂わされた人ー。魂が戻ってこない人ー。魂の半分だけが切り取られた状態で戻って来る人ー。今回の人はねー。記憶はないけど人の言葉を話してたからまともだったかなー?」
「彼岸花やめろ! 中野には荷が重い」
「そんな……」
「そういう事をするやつがーアンタの近くにいるんだよー? まともな精神じゃ、異世界転生審査課でなんて働けないよー?」
「彼岸花!!」
「いっそさー! 中野ちゃんも俺達と一緒に働こうぜー! あんな悪党の巣じゃなくて、魑魅魍魎が跋扈する世界じゃなくてー。死者に寄り添って生きていくのだって、立派な職員だよー!」
敵が仲間にいる。
分かっていたはずなのに、頭が真っ白になった。
でも、それでも俺は――。
「俺は、俺の責任を果たしたいと思います……。ここで逃げたら、救える魂も救えない!」
「中野……」
「魑魅魍魎が跋扈するなら、それでも構わない! 俺は間違わない、例え間違う方向に行こうとしたとしても……仲間が! 仲間がそれを止めてくれると信じてます!」
「中野……そうだな……俺が、ここで情けなく泣いてる時じゃねーな……」
「谷崎さん。異世界転生審査課がそういう場所だと言うのなら、ご指導ご鞭撻、今一度お願いします! 俺は逃げない、逃げられない! 未来に向けて転生する人を送り出すのが、俺の仕事です!」
はっきりと声を大にして伝えると、谷崎さんは俺の頭をがしっと掴んで強くなで上げ、鬼灯さんは手を離した。
そして鬼灯さんは彼岸花さんの頭を、余りにも痛そうな音を立てて拳で殴っていた。
「いったーい! なにするのー!?」
「焚きつけるのが下手な野郎だな」
「ちぇー。ばれてーら」
「中野。君は見る目がある。魑魅魍魎が跋扈する中で、その心は奴らにとって毒だろう。存分に見せつけてやれ」
「はい!!」
「……異世界転生反対派は、根こそぎ居なくなって貰いたいところだがな」
「俺もそう思います」
「俺たちの方からも上に掛け合ってみよう。年に一度、市役所職員を更新する手続きを踏むようにとな」
「そこで用紙に名前を書けないやつはー。みーんな塵になっちゃえばいいんだよー!」
両手を上げて嬉しそうに口にする彼岸花さん。
ぶっ飛んだ性格だけど、彼のそういうところに救われる魂もいるのかもしれない。
「だが、中野。君のその真っ直ぐな気持ちは必ず……奴らの標的になる可能性がある」
「……はい」
「その際、一時的にも避難が必要になった場合。我が異世界安置所はその受け皿となろう」
「え。いいん……ですか?」
そう呟いたのは俺ではなく谷崎さんだった。
一体どういう意味だろうか?
「研修として連れてくると良い。中野なら歓迎する」
「それはありがたいですが……」
「そもそも、中野は俺たちと同じ、市役所側のミスで死んだ側だろう。それなのに異世界転生審査課に居るほうが危険だ」
「危険?」
「いずれ分かるだろう。少なくとも中野の事はを俺達は気に入った。無論谷崎、貴方のこともだ。腕は確かなようだし、また困ったことがあったら頼む」
「中野ー」
「はい」
「奴らはねー? 狡猾に、狙ってくるよー? その時、一人でいないようにねー?」
それは――未来を暗示する言葉か否か。
俺は頷き、強く拳を握りしめた。
「取り敢えず、内線で電話をしてから異世界転生審査課に戻ると良い。それから走っていけば……君たちが見た犯人を追い詰められるだろう」
「わかりました」
こうして谷崎さんが内線で坂本さんチームの内線に電話を繋ぎ、俺は悔しさから涙が止まらなかったが、必ずなぜ魂を弄ったのか聞いてやろうと思っていた。
内線電話が終わり、鬼灯さんたちに軽く挨拶してから走って戻る最中――異世界転生審査課に着くと、怒鳴り声が響いてくる。
群がっている人の間を俺と谷崎さんは進み、一番前に出ると――。
「貴様の所為で!! 言え!! なんで魂の改竄などしたのだ!!」
そう怒鳴りつける恐らくチームリーダーらしき人と、鼻血を出しつつにやにや笑ってる赤いネームプレートの男性――室井がそこにいて。
「だって刺激が欲しかったんですよ~。人が不幸になるのって癖になるでしょ? 人間が人間として扱われずゴミみたいに使われて死ぬんですよ。たまらないでしょ!」
「貴様……それでも異世界転生審査課の人間か!?」
「だからこそできんだよ!! 地面に這いつくばって生きていくさまを想像してご覧なさいよ~! たまらないでしょ!? 踏みつけられて蹴りつけられて命乞いする姿、楽しいでしょ!? 人間なんてさ、どんな環境でも這いつくばって生きるんですよ。俺はそれを見たかっただけだ!」
その言葉に、気付いたら走り出していた。
拳が――俺の拳が室井の顔面の真ん中を貫く。
ガン! と床に叩きつけられる室井の頭。
鼻血が飛び散り、俺は涙を流しつつも――。
「お前のせいだ!! お前のせいで――!!」
気づけば沢山の男性達から羽交い締めにされ、俺は一週間の停職処分となった……。
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