第30話 魂IDの改竄問題①
「異世界安置所だが、転生者が死んだら戻ってくる場所なのは知っているな?」
「市役所で異世界転生して、市役所に戻る。これがこの世界の決まりでもある」
「よく覚えていたな。偉いぜ。簡単に言うと――」
転生者が異世界で何をしたのか。
鬼灯さんと彼岸花さんが査定する。
善行を行っていた場合や、どう見ても悲しい結末を迎えていた転生者は、鬼灯さんにより『輪廻転生』を承諾される。
ただし、悪行を行っていた場合、彼岸花さんにより『地獄』へと落とされる。
そんな場所だ。
それが――異世界安置所の仕事だ。
そのため、いつもしわ寄せが来るのは異世界安置所で、毎度こういった問題が起きると呼び出しが掛かるのは異世界転生審査課。
「だから安置所では、自分たちのミスを押し付けてくる、って意味もある」
ゆえに、異世界安置所からはあまりいい顔をされないのだと谷崎さんは語った。
「ったく。どこのバカ野郎がやったかは知らねぇが、魂IDをいじるのはご法度だ」
「ですよね」
「市役所の信用問題にも関わるし、何より市役所自体の存在が危うくなる」
「はい……」
「制度の穴を突いた事は何度もあったが、今回は目をつぶれる問題じゃねーな」
「あの……。魂が二つあるIDの方は大丈夫なんでしょうか?」
俺の不安に谷崎さんはぴたりと止まり、俺を見つめると悔しそうに眉を寄せ――。
「ただで済むと思うか? 魂弄ったんだぞ。人間やめてるやつのやることだ」
「……魂が消滅しなかったこと……せめてもの救いなんですか?」
「その魂さえも……ぶっ壊れてる可能性が高い」
「本当に酷い……。なぜそこまでのことを……っ」
「悔やんでる暇はない。俺達が出来ることをするまでだ。早くしないとその回収した魂自体が消滅する」
「急ぎましょう!」
谷崎さんの言葉に俺達は走りだした。
だが、そんな姿を影でくすくす笑っている〝誰か〟にまだ気付いてもいなかった。
異世界安置所は市役所でも離れた場所にある。
滅多なことでは来ることでない。
白い壁と白い床、まるで病院の作りのようになっていて、安置所と書かれた部屋には無数の棺が並んでいた。
そこに――彼らがいたのだ。
「やっと来たか」
「ようこそー異世界安置所へー」
「これでも走ってきたんだけどな。で? 件の魂IDが一つで体が二つってのは?」
「こちらの棺二つになります」
何でも棺の中には魂しか入っていないらしい。
体が二つあるように見えるのは、安置所の人間だかららしい。
「彼らと会話することは?」
「今回は可能ですー」
「話を聞いてみましょう」
「どっちが本物だ?」
谷崎さんの問に、魂は震えながら声を出す……。
『……わからない』
『俺は昨日の記憶がない』
『俺は昨日までの人生がない』
『俺達は一体どうなっちまってるんだ……』
『体が痛いぃぃ……』
『心が苦しぃぃ……』
二つの体は体の痛みを訴えていた……。
「これは?」
「魂を二つに無理やりわけられた反動だ。このままだと魂ごと消える」
「消えるって……」
「何もしてないのにー。かーってに地獄に堕ちちゃうのー。可哀想だよねぇー。ほーんと、誰がこんなことしたんだろー」
「魂の保全の為に結界を張っているが、それがいつまで持つかはわからないし、体を一つに戻す事は……我々では不可能だ」
鬼灯さんの言葉に谷崎さんを見ると、彼は眉を寄せて……。
「俺達異世界転生審査課でも、体を一つに戻してやることは不可能だ」
「そんな……」
「だが、誰がこんな畜生な事をしたのかを調べるのが、俺達の仕事と思え。坂本さんたちもファイルを今探しているはずだ。俺達が出来るのは、この魂から少しでも事情を聞くことだ」
そう言うと谷崎さんは魂に声を掛けていく。
俺達に出来ることはあまりにも少ない。
同じミスを繰り返さないようにする。
それが俺達の仕事だ。
「アンタ達は記憶がないというが……。いつ頃転生したんだ?」
『うぅぅ……わからない』
『記憶が……ない』
『願い事は?』
『三つの……願いが叶うはずないだろう……』
『それだけは……わかる……』
「異世界転生審査課が絶対ルールとして守っている三つの願いすら機能しなかったのか」
「それって……」
「犯人は異世界転生審査課のどこかのチームだ。それだけは間違いない」
「なぜそんな事を……」
「恨みか、妬みか、嫉妬か……この転生者を許せなかっただけなのか」
(転生者を許せないからと、意図的に魂を弄り、弄んで地獄に落として良いはずがない)
俺は唇を噛んで拳を怒りで震わせた。
きん……と冷えた安置所内で、鬼灯さんが口を開く。
「彼は全うな被害者だ。異世界安置所には、こういった魂が時折交じる」
「そう……なんですか?」
「どれもこれもー……異世界転生審査課の改竄された魂が主だよねー」
「そんな……」
「君はここに来てまだ若いだろうから知らないだろう。昔から度々起こっていたんだ。杜撰な改悪、改竄された魂。願い事が捻じ曲げられた魂……彼らは往々にして、地獄に堕ちるしかない。その度に行政の穴を潰してきたのもまた、異世界転生審査課だ」
「でも、今回も質が悪いねぇー……願い事も改竄されていてー」
「つまり……」
「三つのお願い事なんて嘘っぱちー。生まれて暫くしてからずーっと、死ぬまで、物乞いで生きてきて死んだ哀れな魂だよー」
言葉がなかった。
皆、転生する前は生き生きと自分の夢を、三つの願いがあるからこそ転生していく。
それなのに……それすら許されなかった魂。
「転生する人間は、人生をやり直す最後の希望だ! それをこんな形で踏みにじって良いことじゃない!!」
「中野……お前の怒りは最もだぜ……。こんなのが許される筈がねぇ」
「くそっ!」
俺の言葉に魂が……。二人が呟く。
『俺の敵を討ってくれ……』
『俺達はこんな人生……望んでなかった……っ!』
『三つの願いも……』
『どんなものだったか忘れたが……』
『最低限の……尊厳ある人間として生きていきたかった……』
「――っ!」
ぼろっと涙が溢れる。
彼らの言い分は最もだ。
こんなの……こんな人生……彼らは頼んでもいないのに!!
手がしもやけになりそうなほど冷たい安置所の中、熱い涙が幾つも落ちていく。
彼らの魂を弄んだ人間を、俺は絶対に許さない!!
『うぅぅう痛いぃぃぃ……』
『魂が焼けるぅぅぅ……っ!』
そんな声が響く薄暗い安置所で、俺達のすべき事は――。
「嘆くな中野。魂の糸を探るぞ」
「糸を……探る?」
「IDいじった奴が……わかるかもしれねぇ。名前プレートあんだろ」
「え? ええ」
「そこに紐づけされてるのを探すんだ。手間は掛かるが……時間がない。お前もやれ」
「やり方を教えて下さい!」
俺達にも出来ることはある。
彼の無念のために。
二人の無念の為に!
俺は谷崎さんからコツを聞きつつ、蜘蛛の糸のような光を魂から呼び出し……それを紐解いていくことにしたんだ。
「谷崎さん、これ……」
魂の糸の奥に、黒く焼けたような痕があった。
「……誰かが意図的に触ってやがる」
「魂に……触れるなんて……」
「審査課の人間しか出来ねぇよ」
谷崎さんが低く言った。
「つまりだ……犯人は、市役所の中にいる。今もヘラヘラ笑いながらな」
それならば、この焦げた部分を探っていけば……ネームプレートが変化するのだと谷崎さんは教えてくれた。
ネームプレートは異世界転生審査課職員の情報がすべて入っている。
そこに紐づけさせればネームプレートは真っ赤に染まる。
その時、鬼灯さんがぽつりと呟いた。
「……転生制度を嫌う者は、昔から一定数いる」
「え?」
「人間は一度死ねば終わり。それが自然だと言う者だ」
「だからー。そういう奴らが異世界転生審査課かはー……。案外闇だらけなんだよー? 知ってたー?」
その言葉に俺は息をのんだが――。
「転生は、人間が人生をやり直す最後の希望だ。だからこそ――俺達審査課が守らなきゃいけない」
「ふんふんー。君は信用できそうだよー。でも気を付けてねー? その魂、タイムリミットまでそう時間はないからー」
「わかりました……。必ず犯人のネームプレートを赤く染めてやります!」
「その意気だ、気張るぞ!」
「はい!」
――その頃、坂本さんのところでは……。
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