第28話(閑話)『仮職員』から『職員』へ変わる彼に――
――坂本Side――
中島君が市役所で働くには――。
まず『中島ハルアキ』という生前の名を捨てなくてはならない。
これは規定に基づいて行われる大事なことでもあった。
市役所内の一部しか知らない部屋の中……。
彼はそこで生前の禊を済ませるために、一週間出てこれない。
そこで初めて、一週間後名前を変えて出てくることが許される。
「もう、中島って呼べないんだな……」
「どんな名前になってくるんだろうね」
「何でも構いません。彼の中身が変わらなければ」
「田中さん冷静~。あたしずっと心配で仕方ないのにー」
そんな声が上がる中、私達は日々異世界転生審査をしていく。
彼が戻ってきた時、どんな仕事をしてくれるだろうかと楽しみにしているのもある。
彼は真面目だ。真面目で不器用で、困ったことに仕事が好きだ。
だからこそ――この場所に残ったのだろう。
「明日で丁度一週間目です。そしたら新たな名と共に彼は市役所でいつも通り生活をします。何も変わらない、いつも通りの生活を」
「確かに。三ヶ月も仮職員していたんだし、職員としての板はついてきてたよな」
「彼には期待しているんですよ」
「坂本さんが?」
そう谷崎さんに言われると、私は眼鏡を上げてゆっくりと頷いた。
「彼は真面目で不器用、それでいて仕事人間。市役所にはもってこいです」
「ああ、そういう意味で……」
「彼のような人間はいつでも市役所には欲しいところですからね。とは言え、そう何度も事故に巻き込まれて……というのはあってはなりませんが」
中島ハルアキ――。
彼は神田さんの望みで相園さんをこちらに呼ぶ際、手違いで死んでしまった方。
本来ならすぐに異世界転生させてさようなら……といったところでしたが、彼は仮職員になった。
ちゃんとした職業についたという結果を持って、今は名を変え禊を済ませ、明日には戻って来る。
「出迎えは……できねぇんだよな?」
「出迎えは私だけで向かいますからね」
「坂本さん羨ましい~」
「なに、彼ならば心配はいらないでしょう」
禊のショックでそのまま息絶えなければ……ですが。
他言無用となっているが、禊の際体が溶けるように水の中に沈んでいく。
一週間後、元の姿に戻り禊を済ませた水は消え去り、生まれ変わる。
それが――中島君に課せられた〝禊の時間〟でもある。
何度か様子を見に行ったところ――門番からは次のようなことを言われました。
『彼はどんな強靭な心を持っているのだ?』と。
正に、この市役所に相応しい人物ですね。
この場には、生前の行いを悔いて不正を行う者もたまにいます。
転生する際の書類の改竄、それも稀にあることです。
中島君が来ていた頃は、そういった市役所の闇は出てこなかった。
けれど、今後はわからない。
特殊任務についてもらうこともあるでしょう。
それについては、誰もが通る道なので頑張っていただくしかありませんね。
……市役所の闇。
それは、生前の恨みか憎しみか。
はたまた転生転移出来る妬みからか……。
「中島も闇を知るんだろな……」
「ええ、否応なしに知ることになるでしょう」
「ただでさえ、俺達のような死に様ではなく……この市役所に残るんだからな」
「敵は多いと思って良いでしょうねぇ」
「敵は多いかもしれないけど、アタシ達味方もいるわ」
「その通りです」
「ええ、私達チームは、中島君を裏切ることは致しませんからね」
通称『坂本チーム』と呼ばれる私達は、この市役所でも稀に見る常識人しかいない。
それは誇るべきことであり、守るべきことでもある。
他のチームは色々……難儀なところもあるんです。
「明日戻ってきたら……」
「ええ、いつも通りの日常の再開です」
「そこは新たな中島との生活に乾杯だろう」
「乾杯なんて、メグミちゃんオヤジ臭い~」
「ふふ」
――こうして翌日。
迎えに行くとそこには真新しいスーツ姿に身を包んだ中島君が居ました。
名前プレートは『仮職員』ではもはやなく『職員』と書かれています。
「中島君……ではありませんね」
「はい、それは元の名となりました。今の俺は中野です」
「そうですか、中野となりましたか」
「ですが、すんなりと禊が終わったので、下の名前はそのままにして貰えました」
「では、中野ハルアキさん。また一緒に仕事をしてもらえますね?」
「無論です」
そう告げれば、『職員』と書かれた名前プレートが『中野職員』と変わった。
これにて、彼は市役所職員となったのだ。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「君の活躍を今後も期待してますよ」
「ご期待に添えるよう頑張ります」
当たり障りのない挨拶。
そして、皆の元へ向かえば抱き合って喜び合う皆さん。
中島……いいえ、中野さんの復帰に、我々もほっと安堵したものです。
「明日からまた、いつも通りの審査をしていただきます。貴方は既に仮職員ではありません。堂々と仕事なさい」
「はい!」
「中野くん、これから改めてよろしくね」
「神田も、これからもよろしく」
中野ハルアキ。
新しく生まれ変わった彼が、今後どう生きていくのか楽しみでもありつつ……。
市役所の闇は、容赦なく彼を襲うでしょう。
できるだけ防ごうとしても、どこの隙間からでも入り込む闇。
彼はこの市役所で……無事生きていられるだろうか。
せめて、その〝名前プレート〟が守ってくれることを祈るしかありませんね。
「明日からまた、皆さん、ご指導ご鞭撻。よろしくお願いします!」
「おうよ! ビシバシ行くぜ!」
「覚悟なさい」
「アタシはギュッとしちゃうよ♡」
「私も一緒に頑張るね」
こうして新たな一歩を踏み出した中野さん。
彼の人生はこれから奇妙な運命を辿るなど誰も知らず――。
ただ、今は彼が無事禊を済ませ戻ってきたことに安堵したのだった。
それからの日々は案外安定しているもので。
今日も異世界転生審査課は忙しいのだ――。
……ただし。
安置所の方では、少々厄介な問題が起きているようですがね。
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