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異世界転生審査課 ―死後の市役所で、仮職員になりました―  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)


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第26話 〝中島〟でいられる、最後の日

 その日一日、休みを貰った。

 なぜなら明日――俺は選択しなくてはならないからだ。


 ――普通の死を受け入れるか。

 ――転生するか。

 ……このまま、異世界転生審査課に留まるか。


 気持ちは固まりつつある。

 その答えは自分にしか出せない問題で、自分の意志が尊重される。

 そして――この世界は冷たい。


 三つの願いは叶う。

 だがその裏には、制度がある。

 規約がある。

 そして――ペナルティがある。

 甘い言葉の裏側だ。


 何より異世界転生して向かった先で死を迎えた場合――。

 またこの市役所に戻される。


 『異世界安置所』に戻されるのだ。


 異世界安置所……。

 転生先で死んだ者が戻される、最後の保管場所。

 彼らは元々俺と同じ〝市役所側のミスで死亡してしまった二人〟だという。

 どんな人たちなんだろうか……。


 彼らは悩み、苦しみ、今に至るのだろうか?

 俺と同じように――。


「休憩がもうすぐ終わるぞ、急げ彼岸花」

「だってパフェが美味しすぎたんだもんー」

「だからってパフェ三つも食べるやつがいるか?」

「仕方ないじゃんー? 俺達『異世界安置所』の仕事って力使うしー」


 そんな声が聞こえ椅子に座っていた俺は立ち上がり声の方角を見た。

 歩いてくるスーツ姿にダウンコートを着た二人は、確かに俺とそう変わらない年齢で――。


「あの! 異世界安置所の方々ですか!」

「ん?」

「そうだけどー?」

「あの……時間がなさそうなので不躾で失礼します! なぜこの世界に留まったのか……理由だけでもお聞かせ願えたらと」


 不審者丸出しだ。

 それでも彼らに聞いてみたかった。

 なぜ、どうしてこの冷たい世界を選んだのか――。


 二人は顔を見合わせ、小さく首を傾けると俺を見つめて口にした。


「それって、自分で決めることじゃねー?」

「そうだな。だがあえて言うなら……冷たさのあるこの市役所の仕事が向いていた。ただそれだけだ」

「冷たさのある市役所の仕事が……向いていた?」


 思いがけない言葉に驚きつつも、俺の仮職員のネームプレートを見た黒髪で目隠れの青年が口を開く。


「お前もそうだろう?」

「え」

「お前からは、俺達と同じ面倒くさい匂いがする」

「面倒くさいって……」

「好きなんだろ? 冷たい制度だといいつつ、冷たい世界だといいつつ、仕事をするのが」


 ずばりと当てられた気分になった。

 確かにそうだ……俺はこの異世界転生審査課の仕事を楽しんでいる。

 いや、楽しんでいるという言い方はおかしい。

 自分を律しながら、人の人生を左右する厳しい仕事をしながらも――。

 そんな彼らを送り出す自分の仕事に……誇りを持てているのかもしれない。


「それが、答えだろう?」

「……ありがとうございます」


 そう言って頭を下げて彼らの通る道を開けたのだけれど――。


「でもでもー。この市役所の仕事、本当にキツイからねー? 逃げ出したくなっちゃうときもあると思うよー?」

「それは存じております」

「ふーん……そっかー。なら、いいんじゃないー?」


 栗毛の青年は軽い口調でそう語り、俺の頭をぽんぽんと叩いた。


「この市役所、冷たくてきつくて切ないところだけどさー。仲間が増えるのは大歓迎だよー?」

「……はい」

「彼岸花、そう簡単に」

「鬼灯は硬すぎー。人生なんてサイコロ一つで何にでも変わるようなものでしょー?」

「すごろくじゃないんだぞ」

「あははははー。いえてるー。じゃあ君、頑張ってねー」


 鬼灯と彼岸花。

 本名とは思えない名前の二人は去っていった。

 彼岸花さんの言葉は、どこか抽象的だった。

 でも、サイコロ一つで何にでも変われる。

 それが人生なのだというのなら……。

 死を見つめてきた彼らの言葉なら、なんとなく重い気がした。


 俺が俺でいられる最後の日。

 明日からは、違う俺になる。

 出会えてよかった二人かもしれない。


 彼らに迷いはなかった。

 市役所は冷たい場所だと、俺と同意見だった。

 そして――仕事に誇りを持っている言葉だった。


(彼らも悩んだりしたんだろう……それでも前を向いた)


 この市役所で生きていく未来を、彼らは選んだ。

 どんな選び方だったのかはわからないけれど、彼らは自分の人生をまだ歩いている。

 俺にとっての救いの姿でもあり、存在自体が安堵できると言えば良いだろうか?

 なんだか不思議な感じがした。


「中島君」

「神田」

「坂本さんが今日は一緒についていてやれって」

「……そうか」

「あとさ」


 神田は少しだけ声を落とした。


「坂本さんが言ってた。〝中島君はもう、答えを知っています〟って。でも、なんか吹っ切れた?」

「ん?」

「迷いの無くなった感じがする」


 神田の洞察力は鋭い。

 俺は苦笑いしつつ、大きく背伸びをして息を吐いた。


「俺はまだ、やるべきことがあるんだと理解できた。ただそれだけなんだ」

「やるべきこと……か」

「それに、神田を残していくのも気が引けるしな」

「幼馴染だから?」

「それもある。人一倍変わり者のお前を放置していくのも怖いな」

「一般人に紛れてますのでご安心ください」

「それでか?」


 そう言ってくすくすお互い笑い合う。


 元はと言えば、神田の願いで相園を呼び出す際、そこで巻き込まれた俺が……。

 今ではこうして、彼女と理解しあいつつ同じ職場で仕事をしている。


 この世界は冷たい。それは事実で――。

 この市役所で働いている人は皆、何らかの形で死んだ人たちだ。

 その〝なんらかの形〟というのは、今もまだ教えてもらえていない。

 トップシークレットなのだと谷崎さんは言っていた。

 職員へなったら知ることになるのだとも坂本さんは言っていた。


『その時、初めてこの世界の闇を貴方は知るでしょう』


 ――そう語っていた坂本さん。

 まだこの市役所には謎がある、そして救えないものもあるのだと知った。

 その最もたるのは……きっと〝市役所で働く職員〟なのではないだろうかとも。

 俺はそう思っている。


「明日、俺は未来を決める」

「そうだね」

「もう、前を向かないと駄目な時が来たんだ。逃げられない未来は目の前にある」


 その時俺は、どんな顔をするだろうか?

 ――後悔の数を減らしておきなさい。

 坂本さんの言葉が、静かに胸に残っていた。


 中島ハルアキでいられる時間は刻一刻と過ぎていく。

 最後の俺でいられる時間を、ジュースを飲みながら神田としゃべりつつ、静かに過ごしていった。

 そして翌朝――。

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