第24話 「選ばないという選択」vs「選ばされる恐怖」
相園が騒ぎを起こした、というほど大きな出来事ではなかった。
だが、異世界転生審査課の空気は、わずかに歪んでいた。
午前の業務が一段落した頃、坂本さんが俺に視線を寄越す。
「中島君。今日の相園さんの対応、お願いできますか」
「……俺で、ですか」
「はい。今は貴方が一番、適任です」
理由は言わなかったが、分かっている。
俺は仮職員で、彼女と同じ〝決めきれない側〟に近い位置でいるからだ。
面接室に入ると、相園は椅子に深く腰掛け、腕を組んでいた。
以前よりも、露骨に不機嫌そうだ。
「遅い」
「業務中ですので」
「そういうの、もういいから」
開口一番、それだった。
「ねえ中島。これ、どういう意味?」
相園は机の上に、紙を叩きつけるように置いた。
見覚えのある書式だった。
【三つの願い提出期限について】
「期限があるなんて、聞いてないんだけど」
「説明はされています」
「されてない」
「規約説明の第三項に」
「読んでない」
馬鹿馬鹿しいくらいに即答だった。
「だっておかしいでしょ。三つも願い出せって言っておいて、期限切れたら〝自己責任〟で終わり?」
「制度です」
「制度、制度って……」
相園は鼻で笑った。
「この世界さ、アタシ達に冷たすぎない?」
「公平ではあります」
「公平? どこが?」
相園は身を乗り出し、こちらを睨む。
「アタシ、生きてきたんだよ? ちゃんと。なのに、死んだ途端に番号つけられて、勝手に期限決められて。はい次、って」
「全員、同じ扱いです」
「それがムカつくって言ってんの!」
声が大きくなったが、叫ぶほどではない。
怒りを、まだ制御している段階だった。
「アタシは〝特別〟じゃないの?」
「特別扱いは出来ません」
「でも、特別でしょ?」
その言葉に、俺はあまりにも馬鹿げていて、一瞬だけ言葉を失った。
「アタシは他の人とは違う」
「……どこが、ですか」
「全部」
本当に即答だった。
「だって、アタシみたいに〝選べない人〟、そういないでしょ?」
「〝選ばない〟の間違いでは」
「同じでしょ」
相園は肩を竦めた。
「だって、選んだら終わりじゃない」
「何がですか」
「可能性よ、アタシの可能性!」
その言葉だけは、妙に真剣だった。
「選んだ瞬間、他の未来は全部死ぬじゃん?」
「それは、誰でも――」
「嫌なの。アタシはまだ、何にでもなれるって思ってたい」
――なるほど。
この人は、選べないんじゃない。
〝選ばないことで、自分を守っている〟。
「三つの願い、出さないとどうなるの?」
「期限満了後、規定処理になります」
「転生?」
「もしくは、相園としての死を選ぶことになります」
「つまりは、死んだままってこと?」
「はい。この世界からも塵となって消えます」
相園は、ふっと笑った。
「それでもいいかな」
「……」
「だって、選ばされるよりマシ」
その言葉は、軽かった。
だが、軽いからこそ――切れない。
「相園さん」
「なに」
「それは〝選ばない〟という選択です」
「違う」
「同じです」
つい口調が強くなってしまったが、一瞬、沈黙が落ちた。
「……中島は、どうなの」
「俺は」
「決めたの?」
喉が一瞬乾いた。
その問いは、制度ではなく、個人としてのものだった。
俺は答えなかった。
答えられなかった。
「ほら。中島だって決めてない。なのにアタシは責められる」
「責めてはいません」
「じゃあ、放っといて」
「業務ですので」
「業務、業務……」
相園は深く息を吐き、背もたれに体を預けた。
「ねえ中島」
「はい」
「アタシ、転生したらさ。特別になれると思う?」
「保証はありません」
「でしょ」
〝それでいい〟と言いたげだった。
その態度があからさまにこちらの職員を馬鹿にした態度で――。
隣りにいる谷崎さん達は眉を寄せて相園を睨みつけている。
「じゃあ、今はまだ、決めない」
「期限は」
「知ってる」
視線を逸らし、小さく続ける。
「知ってるけど……〝今じゃない〟」
それ以上、話すことはなかった。
俺は記録を取り、面接を終えた。
部屋を出る直前、相園が言った。
「中島」
「……」
「アンタが先に決めたら……その時は教えて」
振り返ると、相園は笑っていなかった。
「参考にするから」
その言葉が、冗談に聞こえなかったのが、一番厄介だった。
俺は何も答えず、扉を閉めた。
廊下に出ると、いつもの音が戻ってくる。
紙の擦れる音、足音、遠くの呼び出し。
制度は変わらない。
相園も、まだ変わらない。
――そして俺も、何も決めていない。
ただ、期限だけが、静かに近づいていた。
「あの様子だと、中島君が先に決めないと動かないって感じですね」
「面倒だなぁ……」
「でも、中島はもう決めてるのか……その……将来を」
今まで黙っていた谷崎さんが、思い切ったように問いかけてきた。
「……まだ、捨てられる覚悟が決まっていないだけで……大まかには決まっています」
「そうか……」
「いつの間にか、俺の二つの両手では足りないくらいのモノを頂いたんです。それを無下にすることも出来ず、かといってその他どうするかも……」
「……」
「でも、期限は来る。もう後戻りはできない。俺は――決めないと駄目なんです」
覚悟を……持たねばならない。
捨てる覚悟を。
持っていけるものは限られているからこそ、捨てる覚悟は必要だった。
「でも、その前に……相園をどうにかします」
「出来るのか?」
「無理ゲーなきがするわー?」
「いいえ、アイツをこのままにしておけば――」
「新たな火種になりますねぇ?」
「本田!」
相園関係で必ずと言って良い程出くわした〝ハズレ担当〟の男性。
どうやら谷崎さんの知り合いらしく、本田さんと言うらしい。
彼はくすくす笑いつつ、俺と向かい合った。
「彼女は一筋縄ではいきませんよ?」
「こちらも仮ではありますが、市役所職員です。プライドが邪魔をして、その上で胡座をかいているのなら、それは正さねばなりません」
「ふふふ。それは見ものですねぇ」
「中島君……」
「そうでもしないと……相園は前には進めない」
プライドが邪魔をしているならそれを無くす。
――そう言い切れるほど、俺はもう逃げられなかった。
話し合いの場は終わった。
後は……現実を突きつけるだけだ。
「俺はもう――迷わない」
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