第22話 無気力な女性が選んだ結末
相園との一件以降、異世界転生審査課は目に見えて慌ただしくなったわけではない。
いつも通り、書類は積まれ、転生者は訪れ、職員は淡々と仕事をこなしている。
変わったのは――俺のほうだった。
業務連絡を持って通路を歩いていると、壁際の掲示板が目に入る。
普段なら視界の端で流してしまうような、事務的な張り紙だ。
【仮職員の滞在期限に関する注意】
【期限満了後の進路について】
俺は足を止めなかった。
立ち止まって読む必要はない。
――内容は、もう知っている。
仮職員の滞在期限は最長三ヶ月。
期限を過ぎた場合、転生、もしくはそのままの死を選択したものとして処理される。
例外は設けられない。
中島ハルアキ宛――とは、どこにも書いていない。
それでも、その文面は確実に俺の胸に刺さる。
誰も俺に聞かない。
どうするんですか、とも。
もう決めましたか、とも。
〝仮職員〟だからだ。
選択を迫られない立場。
だが、期限だけは平等に進む。
その日の転生者は、一筋縄ではいかない女性だった。
すでに転生までの期間はギリギリ。あと持って三日。
そんな女性は、この世のことなどどうでもいいという態度で椅子に座り、俺達からの質問に適当に答えていた。
「では、異世界転生での三つの願いは決めてこられましたか?」
「もうなんでもいいっていうかー? 未来に希望がないっていうかー?」
「でも、三つの願いを決めるのが規則ですので」
「その規則に縛られるのも、いい加減飽きたっていうかさー」
「どうなさいますか?」
坂本さんも語尾が厳しい。
この女性のことを聞くと、何でもこのやり取りはすでに五回目なのだそうだ。
そして――〝ハズレ枠〟という存在。
それ時点で、相園と会話をした男性の言葉が蘇る。
『元々、ハズレ転生者は、転生するのに向いていない。もしくは転生しても、死を用意されている者が多いのです』
『死を用意された転生者に、最低限の人権。それが彼女たちの扱いです』
そう聞かされているため、彼女が転生してもその先は――。
それから先の言葉は、ゴクリと生唾を飲み込んで気持ちと言葉も飲み込んだ。
すると女性は――。
「私ねー? アイ・キャン・フラーイ~ってしたいのよ」
「はぁ」
「この世に未練ないの。どっちかと言うと、もうこのまま、転生せずに死んだほうが良いかなって思っていてー」
「ふむふむ」
「でも、職員に終わらせられる未来は望んでなくてー」
「厄介ですねぇ」
「そう、厄介なのよ~。それでね? 明日も一度面接してくれない?」
「明日ですか?」
「閉じ込められてるから外に出るのも大変でー! 今日は少し自由に過ごして、そこから自分で羽ばたく方法見つけるからー」
自分で羽ばたく方法。
つまり、どういう理由かはわからないが、彼女は閉じ込められていた事もあって、最後に自由がほしいのだろうというのは分かった。
坂本さんも、「そういうことなら致し方ないですね。明日朝一番に」と告げると、女性はニタリ……と微笑んで感謝を告げる。
途端――胸の奥で警鈴が鳴った。
この女性はこの後……とんでもないことをしでかすのでは?
その不安が、なぜか警鈴が鳴り響く中で感じることが出来た。
それは恐らく――谷崎さんもだろう。
「中島、あの女から目を離すな」
「でも仕事が」
「アイツ、なにかするぞ」
「……はい、俺もそう思います」
そう小さく呟いている間、椅子から立ち上がり背伸びをする女性。
「じゃあ、もう外に出てオッケーってことで?」
「ええ、今日一日自由時間にして、明日転生ということで」
「オッケェ~。最後の自由時間だわー」
そう言って俺達と一緒に外へ出ると同時に、彼女が向かった先をじっと見つめていると――。
彼女はドアの前で立ち止まった。
そこは、〝外に繋がる〟鍵の掛かっていない扉。
外に出れば死者と職員も、酷い火傷を負って死に絶えるという噂の絶えない外。
そこをじっと見つめて、一気にガチャリと開けて外に飛び出した。
「あ!!」
俺の言葉に彼女はジュワッという音を立てて煙が上がり、形を保てなくなっていく。外は晴れ晴れとしたいい天気なのに、死者である彼女は……。
「あはははははは! 自分の命くらい自分で終わらせるわぁ~!」
「あの馬鹿……っ!」
「私達職員も外には出られません。ああなっては……もうお終いです」
「お終いですねー」
「どうなっちゃうんですか!?」
神田の言葉に、田中さんは静かに眼鏡を上げて、ボロリ……と地面に倒れ込み、煙を上げる――先程の女性だった人の姿に視線を向けた。
「外に出れば塵とかします。外の日差しはね……地獄への片道切符の太陽の光なんですよ」
「地獄への……」
「片道切符の太陽の光」
「美しい空でしょう? 花々が咲き誇った庭も、見る分にはとても美しい。でも、そこの光は死者と職員にとっては……死ぬことへの片道切符。たまにいるんですよ。自暴自棄になって飛び出して死ぬ人がね」
――そう言われても、俺はその光を美しいとは思えなかった。
――俺には、その光が〝出口〟にも見えなかった。
そう語っている間に……。
あの無気力だった女性の身体は塵となり……消えていった。
そこまで自暴自棄になって。
そこまで自分の人生を悲観して。
悲劇のヒロインを演じたかったのだろうか……という疑問が湧いてくる。
慌てて女性のファイルを開くと、相当生前はやらかした女性のようで、これから益々問題を起こそうとした所での事故死だったようだ。
彼女の死を、誰も生前悼んではいない。
親ですら――。
「自暴自棄に……なるような人生だったんでしょうか」
「この世界に来てから、自暴自棄になったようですね」
「この世界に来てから……」
「この手の女性は、女王様の座から降りたくないものですよ」
その言葉に――相園の顔が浮かび、小さく溜息を吐いた後。
すでに塵とかした女性のいた場所に全員で手を合わせて合掌し、自害という形での終わり方をした女性のファイルを片付け。
【自死。規定処理済。備考特になし】
そう記された彼女のファイルは……山本以上に軽かった――。
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