第21話 乗り越えた山があって、超えなくてはならない山もあって
今日の異世界転生者は、何の問題もなく転生できる男性だった。
その事がほっと安堵できた要因でもあったと同時に――。
山本の事を未だにくすぶっていても、仕方ないのだと思わせられる一日でもあった。
俺達職員は前に、前に進んでいかねばならないんだ。
立ち止まっていては、次の転生者を待たせてしまう。
だからこそ、皆乗り越えてきた過去があるのだと、知ることができた。
――それと同時に、自分もまた。
〝選ばねばならない未来〟がもう直ぐなのだと思い知らされる。
どの未来を選ぶかはまだ不透明。
だが、未練のあることだけはしたくはない。
「なんでぇ。もうちょっと落ち込んでるかと思ったら、ちゃんとしてらぁ」
「谷崎さん」
「俺のときはな、一ヶ月は掛かったぜ?」
「そんなに……ですか?」
「まぁ、俺のときはちと事情があってな。それもあったんだろうよ」
そう言って俺の頭をわしわしと撫で回す谷崎さん。
〝人に歴史あり〟と祖父から聞いたけれど、正にそんな感じなんだろうなと思った。
「メグミちゃんが落ち込んでた頃、見てないのよねー」
「私は、かろうじて見たことがある程度ですね」
「田中さんは結構古株だもんね~!」
「まぁ、そうですね」
「頼れるお姉様って感じで素敵よね!」
「……貴方は下の名前だけ、メグミちゃんくらい可愛ければ良かったんですがね」
「下の名前は禁句よ禁句!」
と、栗崎さんと田中さんがじゃれあっている。
その様子を、俺と神田は笑い合って見ていた。
実は、栗崎さんの本名は――「栗崎ゴロウ」というらしい。
見た目はパリピな女子高生っぽいのに、名前がゴロウなのだ。
絶対口に出してはならない名前らしい。
口にしたら最後、栗崎さんからボコボコにされるのだと聞いている。
――というのは、谷崎さんからの情報だ。
一度下の名前を読んだ時、顔面をボコボコに殴られた経験があるからこそ、注意をしてくれたそうだ。
俺はともかく、神田が殴られるのだけは避けたいしな。
「それより中島君、あと一ヶ月しかいられないでしょ? 未来は決めたの?」
そう神田が聞いてきて、他の面子もわいわいしていたのがピタリと止まった。
皆、なんだかんだと俺の将来のことは気にかけてくれているらしい。
「あと半月で決めようと思ってる」
「あと半月」
「悔いのない選択をしたいんだ。今のままだとまだ宙ぶらりんなところもあって……。でも、おおよそ固まってきたかもしれない」
「そっか」
「心配してくれてありがとう。大丈夫、俺は前に進めているよ」
笑顔で告げると、神田はほっと安堵し、谷崎さんたちも顔を見合わせ胸を撫で下ろしているように見える。
ここまで良くしていただいて……それを無に帰すことなんて俺にはできない。
最初は無機質な番号から始まった、俺のこの世界での生活。
生前の両親へのせめてもの償いに、仮で市役所職員になれたことは運が良かった。
坂本さんを始めとする皆さんのお陰で、俺は俺で有り続けることができる。
――期限付きだけど。
「なら、あと半月……考えている未来を確固たるものにするためにも、頑張れよ」
「私達も応援してるぞー!」
「かわいい後輩になってくれることを、祈りますけどね」
「同期がいてくれると心強い」
田中さんと神田の言葉に一同笑い、でもきっとそれが本心なんだと分かる。
――ありがたい。――温かい。
その気持ちを無下にすることも、もう俺には難しくて。
気持ちが固まりつつあったその頃、俺はもう一度書類を持って移動していると、相園に厳しい言葉を投げかけていた男性と一緒になった。
「……なるほど、あと半月で貴方は未来を決めるのですね」
「はい。色々と俺の事でも気に病んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが」
「いえいえ、貴方が未来を指し示した。それはとても大きな動きです」
「ありがとうございます。そちらの動きはどうですか?」
そう相園の事を探ってみたが、彼は笑顔で前を向いたまま、暫く無言にした後――。
「本来、三つの願いすら贅沢といえる存在です」
「はい、分かってます」
「それを理解もしていない、ただの駄々っ子ですね」
「そうですね」
「近々、あと二回ほどチャンスを与えて、貴女方に頼もうとは思うんですよ。破滅の未来を変えることは不可能ですが」
――破滅は確定なのか。
「現在、図書館で静かに本を読んでいるようですよ。どんな未来を予想するのか楽しみですね」
「異世界関係の本でしょうか?」
「ええ。特にハーレムものに興味がお有りのようです」
それは……〝異世界安置所〟案件だろうなぁ。
そう思ったが、俺は口には出さなかった。
彼も口に出さなかった。
ハーレムを選ぶ事は〝異世界安置所〟で厳しい沙汰を言い渡される。
それは市役所職員が知っていればいいだけの内容なので、表に出すことはない。
「とことん愚かですねぇ」
「男女共に、一度は憧れるのでしょうね」
「はははははは! 滑稽でとても人間らしい! 君はより良い未来を是非、選んで頂きたい」
「ありがとうございます」
「それでは、良い旅路を」
そう言うと彼は違うスペースへと歩いていく。
俺も自分の皆さんの待つ場所に、ファイルを持って歩いて向かっていると――。
「中島!! 待ちなさい中島!!」
「……相園」
声の主は相園だった。
もう少しで坂本さん達が待つ場所だという所で声を掛けられたのだ。
面倒なことになりそうだな……。
「なにか御用ですか?」
「御用がないと声を掛けちゃいけない決まりでもあるの?」
「仕事中ですので」
「いいから私の言うことを聞きなさい」
「命令は規約違反ですので」
「規約規則規定うんざりなのよ!! 中島ももうすぐ転生でしょ? アタシと一緒に転生してくれるなら、アタシも転生するわ」
「ご遠慮します」
「は?」
断られないとでも思ったんだろうか?
なぜ好き好んで、俺をいじめで殺そうとした相手と一緒に転生しないといけないんだ?
――心臓は早鐘を打っていたが、それでも言葉は止まらなかった。
「なにか誤解しているようですが……。俺は貴女と地獄に堕ちる未来は御免です」
「地獄に堕ち……何のこと?」
「中島ぁ!! 書類早く持ってこい!!」
「はーい!! 悪いけど仕事中なので」
「中島!! 私の言う事が聞けないの!?」
「転生するなら、お一人でどうぞ」
そう言い放ち、俺を呼んだ谷崎さんの元へと急ぐ。
相園は怒りに満ちた顔をしながら「絶対アンタと転生してやるんだから!」と叫んでいたが、彼女と共に転生なんて死んでも……いや死んでるけど、あり得ない。
「はぁ……」
「おつかれさん」
「あの子、本当に周りが見えてないのね」
「中島っちがあんなのと転生するはずないじゃん!」
「今後執着されそうでいやですね……」
「帰りは誰かが送り届けましょう。そうすることで牽制はできるはずです」
「ありがとうございます」
――こうして、仕事帰りは神田以外の誰かが付いてきてくれることになったけれど。
それから暫くは警戒しながら行き帰りを過ごし、俺はいつも通り仕事に励む。
それが良いのか悪いのかは別として、市役所職員としての自分は大事にしたい。
「さて、今日の転生者は……」
「うわ……。この人、面倒くさい人だ」
「ああ、もう期間ギリギリの人でしたね」
どうやら、一筋縄では行かないようだ――。
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