第20話 俺はまだ〝呼ばれてない側〟なだけ
その日、ファイルを持って俺の仕事エリアに戻っているときのことだった。
休憩所を通っていったほうが早い為、そちらに向かい角を曲がった時、声が聞こえてきた――。
「相園さん。そろそろ、転生するかどうか――決める時期ですが」
その言葉に足がピタリと止まった。
間違いなく『相園』と聞こえた。
俺は物陰に隠れ様子を少し覗かせてもらうと……。
そこには、ジュースを片手に休憩所へ座り、顔を背ける相園の姿があった。
「……まだ決めきれてないです」
「そうですか」
「そもそも、私と同じ時期に来た中島がのうのうと働いてるじゃない! 私にもまだ猶予はあるはずよ!」
俺を引き合いにしてまだまだ居座るつもりなのだろう。
やり方が相変わらず汚いというか、なんというべきか。
いや、いっそ清々しいほどに相園らしいとも言える。
「分かりました。ただ、保留には期限がありますから」
「……」
「決めない、という選択も含めてそろそろ〝整理〟が必要です」
「整理……整理ですって?」
「ええ、ご自身の立場をどうするのかの整理です」
「人を物みたいに言わないでよ!」
どの口が言うんだろう。
他人を物のように扱い、苦しめてきたくせに……どの口がそんな戯言を。
そうは思ったが、俺も市役所職員……。
自分の感情に任せてはいけないと、深呼吸を数回して律した。
「アイツがのうのうと職員している姿を見るだけで~~腹が立つ!!」
「中島ハルアキさんでしたっけね? 彼は随分と仕事熱心な若者だと聞いております」
「だから何よ! アイツだって所詮は仮契約でしょ!」
「仮契約でも、真面目に仕事に取り組み、結果を出している。では、貴女は?」
「もういい! どっか行って! 目の前から消えて!」
市役所職員にそう怒鳴り声を上げる相園。
だけど、市役所職員の方は静かに息を吐くと、静かに口にする。
「貴女はご自身の立場を理解してないようですね」
「は?」
「この市役所で、問題だけは起こさないように。【異世界転生警備課】に睨まれたら事ですよ?」
「……警備課って」
「貴女もご存知ですよね? 仲の良かった方が、警備課に連行されて行ったんですから」
警備課に連行!?
一体何をしでかしたらそんな事ができるんだ!?
思わず口に手を当てて驚いたけれど、相園は大きく舌打ちして次のように返した。
「……あの人、あの後転生したんでしょ」
「規約上、お教えすることは出来ません」
「何でも規則だ規約だ規定だ、煩いのよ!!」
「それが、この市役所ですから」
「誰も答えを言わない、誰も答えを口にしない! 秘密ばかり多くて嫌になる!」
「貴女は、一体何に、そして誰にそこまで苛立っているのです?」
「……」
「ご自身か、この世界に来た理由か、どちらかというのでしたら……ご自分の身に手を当てて考えたほうが宜しいかと」
「――アタシは悪いことを一切してないわ!」
「ははははは! 一体どの口がそんな事を言うのかと思いましたよ」
ああ、あの職員は知っているんだ。
相園がこの世界に来る理由を。
そして、相園が生前何をしでかしてきた人間なのかも――。
「悲劇のヒロインを演じるには……貴女は随分と罪を重ねましたね?」
「罪じゃないわ。私こそが正しいんだもの。正しいものが正しい行いをしたのよ」
「その結果が、今ですが?」
「……」
「素晴らしい結果に拍手喝采を送りたいところです」
そう言ってパチパチと手を叩く職員に、相園が立ち上がると、缶ジュースを男性職員に投げつけて去っていった。
俺は相園がいなくなったのを確認してから彼の元へ駆け寄り、ハンカチを取り出して手渡す。
「おやおや、覗き見ですか?」
「いえ……いえ、その通り……ですね。俺が出ると面倒になりそうだったので」
「それもそうですね。彼女のことは〝ハズレ担当〟として知っていますが、中々に強情だ」
「ハズレ担当……」
「いい呼び方ではありませんがね。職員の中にはそういう担当もまた、いるんですよ」
「でも、相園相手にはあまり良いやり方ではなかったと思いますが」
そう言って缶ジュースを拾いゴミ箱に捨てると、彼は苦笑いしながら「これでも歩み寄ったほうですよ」と口にする。
「普通の転生予定者には、ここまで辛辣なことは言いません。ですが、〝ハズレ〟と呼ばれる人たちは無害な人物を人として認識することが難しい場合もあります。その為、少々嫌われ役に徹する事が肝心なんです」
「そうなんです……ね」
「まず、職員として認識して貰わねば、先に進むことも出来ませんからね」
そこまで差があるのかと驚いたが、反対に、意固地になって対応も出来ないことにはならないのだろうか?
その疑問を聞いてみると、男性職員は微笑んで――。
「いいですか中島君」
「はい?」
「元々、ハズレ転生者は、転生するのに向いていない。もしくは転生しても、死を用意されている者が多いのです」
思わぬ言葉に目を見開くと、男性職員は眼鏡を上げて、俺にハンカチを返した。
「死を用意された転生者に、最低限の人権。それが彼女たちの扱いです」
――基準が違う。
――胸の奥が、ひやりと冷えた。
だから、整理だの何だと言っていたのは、そういうことなのだと理解できた。
その上で、どのみち死の転生しか用意されていないからこその――【異世界転生警備課】の人たちの対応。
それは、人としての死も意味しているのだと理解できた。
「生前の負のカルマが高い者たちの堕ちるところです。貴方は生前善い行いをしたからこそ、普通でいられるだけに過ぎない」
「そう……ですか」
「まぁ、拾われた所も良かったですよ。坂本さんを含めたあのチームは他の異世界転生審査課の中では、こんな言い方は可笑しいですが……血の通った人たちが多い。だからこそ、仮でも市役所職員になれたんですよ」
そこまで言われて、確かに他の異世界転生審査課の面々と比べても、坂本さんのチームは温かいと感じる。
だからこそ――俺は仮でも市役所職員でいられるのだと理解した。
「貴方は巻き込まれて死んだかも知れない。本来ならばそのまま無理やりでも転生か、そのままの死を受け入れさせるところを、運よく市役所職員に仮にでもなれた。実に、運が良い」
「……っ」
「誇りなさい。ご自身の生前の善のカルマが貴方を結びつけた。貴方は、両親の願い通り、いい仕事をしている」
思わぬ言葉に顔を上げると、男性職員は眼鏡をクイッと上げると背筋を伸ばした。
「まだ決めきれぬ未来があるのは貴方も同じ。そうですね?」
「……はい」
「貴方はまだ、〝呼ばれてない側〟なだけです。神も貴方の将来をまだ決めかねている。確実に欲しいという立場ではない……。ならば、私としては……」
「しては?」
「……貴方のような坂本さんチームに居る人間は貴重ですので。是非、市役所職員になって頂きたいと思っていますよ」
そう言うと彼は革靴のいい音を立てて歩き去って行った。
――俺の未来。
――俺の今後の道筋。
「俺はまだ〝呼ばれてない側〟なだけ……」
でも、いずれは……。
「次は、俺なのだろうか……?」
三ヶ月まではまだ時間がある。
それでも、刻一刻と近づくタイムリミットを感じ、尚且つ――。
『……貴方のような坂本さんチームに居る人間は貴重ですので。是非、市役所職員になって頂きたいと思っていますよ』
そう言われたことに、胸が締め付けられる程……嬉しく思う自分もいた。
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