第19話 原点回帰
山本の事を引きずりながらも、仕事は淡々と終わらせねばならない。
多少胃がムカムカする中でも、多少心がざわついたままでも……。
毎日この異世界転生審査課には、たくさんの転生者が訪れる。
一人に、ここまで固執していては駄目なのだと改めて感じる。
同時に、その感覚に慣れない自分がそこにはいて。
それでも今日もまた、淡々と転生者を転生させていくのが、俺達の仕事でもあった。
「では、三つの願いは」
「はい! お菓子が作れる世界で、料理が許される立場で、将来は世界初めてのじゃなくてもいいけど……パティシエになることです!」
「女性らしい素晴らしい夢だと思います」
「ありがとうございます!」
そう語る目の前の転生希望者。
どれも、三つの願いにはペナルティは発生しない。
彼女は確かに――〝何も問題なく〟転生できる。
そう……何の問題もなく。
それを思うと、あれだけ夢を語っていたパン屋になりたかった山本は、なぜペナルティなんて発生してしまったんだと思ってしまったけれど。
それは〝特定の作品世界への過度な執着は、転生後の精神安定を損なう可能性〟があるから致し方なかったのだと。
規定通りなのだと――そう思う自分もいて。
「貴女に、良い転生が行われることを祈ります」
こうして、彼女はペナルティが発生することもなく、笑顔で転生していった……。
とても晴れやかな笑顔で。
山本もきっと、何も知らずに転生していったのだから、笑顔で転生していっただろう。
なのに、事情を知っているからこそ胸がモヤモヤする。
それは、制度の限界を見てしまったからなのか。
それとも――自分がまだ、その制度の限界に納得していないからなのか。
恐らくこれは、時の流れと同時に消えていく……違和感なのだと思う。
【この世界の制度はそうできているのだ】というのを、自分自身で噛み砕いて飲み込まねばならない所に立っているのだと思う。
坂本さんの言葉を思い出す。
『この世界は理不尽で出来ています』という言葉だ。
それは、職員だけに留まらず――死者にも適用されるものだと。
〝転生にも適用されるもの〟なのだと、改めて突きつけられた気がした。
見ようとしていなかったのか?
違う。
では、目を瞑っていたのか?
違う。
受け取る心が、変わっただけなのだと思う。
心の在り処が変わったのだと思う。
そして、心の在り方が変わったのだと思う。
だから悩む、だから苦しむ、だから……虚しい。
それを飲み込むには、まだまだ時間が必要で。
俺はそんな世界で仕事をしているのだと……改めて突き付けられただけなんだ。
「はぁ……」
「どうしたどうした? 最近悩み事が多いのか、気が分散してんぞ」
「谷崎さん、すみません……」
「仕方ないよメグミちゃん。中島っちの友達、ペナルティ喰らって転生しちゃったんだもん。納得できないよ」
「そうだったのか……」
「ははは……」
「でも、それを乗り越えねぇと、この異世界転生審査課じゃ務まらねぇぞ」
「分かってます……。理解もしてます。でも……それを乗り越えるには、まだ少し時間がかかりそうで」
「誰もが通る道だから致し方ありませんね」
そう口にしたのは、意外にも田中さんだった。
「私も友人だと思っていた転生者が、ペナルティを貰い転生しましたから」
「俺も」
「私もだねー」
「皆さんも?」
「でもさ、どう足掻いても規定通りだったり、規則だったりしたらさ……」
「それを丸ごと受け止めて、転生していった友人の未来が明るい方向に行ったんだと願わないと、やっていけないよねー」
「それはありますね」
「皆さんも……そういう経験があったんですね」
俺だけじゃなかった。
皆、そういう経験があったのだと改めて知ることが出来た。
そして、皆それを乗り越えてきたのだと知った時、自分ひとりが感じていた違和感や、虚しさではないのだと知り……。
少しだけだけど、安堵することが出来た。
「結構ダリィけど、ここを乗り越えないと市役所職員なんて出来ねぇよ」
「そうだね、私もそう思う」
「市役所職員なら、誰もが通る道ですよ」
「私も……通るんでしょうか」
「神田もそりゃ通るだろう。いいか悪いかは別としてさ」
「胸糞悪い気持ちになったり、泣きわめきたい気持ちになったり、そりゃ色々大変だよー! でもさ、それが規定だ規則だって言われたら、噛み砕いて納得するしか方法がないんだよね」
「わかります。私も何度枕を駄目にしたか」
田中さんは、枕を涙で駄目にしたのか。
それとも攻撃して駄目にしたのか判断がつかないけれど――。
でも、皆そうやって乗り越えてきたのだと理解した時、噛み砕いて納得するしかないのだと言われた時、やっと――半歩でも前に進めた気がする。
〝市役所職員は楽じゃない〟。
それは分かりきっていたことなのに、原点に帰った気分だ。
原点回帰だったのかもしれない。
――最初にここへ来た日の、緊張で震えていた指を思い出した。
物事の始まりや根本、本来の姿に戻っただけに過ぎない。
最初の状態に戻ったのだと、ほっと息が吐けた。
「俺は、まだまだですね……。もう一度粘ってみます。きっとまた同じようになるんだろうと思うんですけど……頑張りたい」
「おう、何度も同じ経験を味わった俺からすれば、そうやって市役所職員になっていくんだと思うぜ」
「何度も繰り返して、ちょっと影のある男性に成長してくれたら……萌えちゃうかも!」
「ははは……」
「でも、その段階に来たということは、貴方は職員として一皮向けたという事です。〝ようこそ、こちら側の世界へ〟」
「田中さん……」
柔らかく笑う田中さんにそう言われると、なんだか照れくさいというか、苦笑いが出るというか。
でも、田中さんがそう言ってくれるということは、市役所職員として一歩成長できたのだという証かもしれない。
「まだまだ成長途中ですが……。そちら側の人間になっていいんでしょうか?」
「私は歓迎しますよ」
そう声を掛けてきたのは坂本さんだった。
いつも凛とした佇まいの坂本さんは、目尻を下げて微笑んでいた……。
「……ありがとうございます」
「君もようやく、一人前の市役所職員に近づきましたね」
「そう在りたいと、願います」
「励みなさい。そして、理不尽で出来たこの市役所の中、足掻きなさい。それは決して、無駄ではないのだから」
「――はい!」
足掻こう、これからも。
現実に、ペナルティに、規定や規則に打ちのめされる日が何度も来るだろうけど。
足掻こう。これからも。
決して無駄ではないのだと、教えてもらえたから――。
前を向こう。
自分なりの力で。
受け入れて、噛み砕いて、抱きしめて。
前に進んでいこう――。
谷崎さんが俺の頭を撫で回す。
その目はとても、優しい兄貴な目をしていたのが……嬉しかった。
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。




