第17話 自分の未来に、選択肢があるということ……
そんな出来事も日常茶飯事になりつつある最近。
俺は休みを利用して、借りているマンションのロビーにある自販機の前に来ていた。
数名の転生待ちの方々が行き来し、俺はロビーに備え付けてある椅子に座る。
カシュッといい音が聞こえ、俺は炭酸飲料を口にする。
外への出入り口は、閉ざされている。
この世界に来てから、外に出ることは固く禁じられているんだ。
栗崎さんから聞いた話だと、死者は外に出た途端、火傷を負うようにして消える仕組みらしい。
それは、この世界にいる異世界転生待ちの人たち全員に伝えられており、皆、好んで外に出るような真似だけはしない。
「……いい天気だな」
外に出れば地獄の痛みで苦しいのは分かっているのに。
天気の良い空をじっと見つめ、俺は炭酸飲料を飲む。
すると――。
「やぁ。隣いいかい?」
「ええ、どうぞ」
俺と年の変わらない青年が、笑顔で隣に座り、同じようにカシュッと開けて炭酸飲料を飲む。
「死後の世界でも、この味は変わらないね」
「そうだね」
そう語ってきた青年に、俺は苦笑いしながら頷いた。
「君は……市役所に務めてる子だったよね?」
「ええ、仮で、ですが」
「へぇ……。俺は山本」
「俺は中島です」
「俺の転生も、中島が担当するのかな? だったらいいんだけどなぁ」
「最近は転生者が多いですから、うちのチームが担当できればですね」
「そっかぁ」
異世界転生審査課は、なにも俺達だけではない。
他のチームも存在する。
ただ、ほとんど会話をすることもない為、各自粛々と行っている感じなんだ。
「俺はね、異世界転移するなら……三つの願いを叶えてくれるっていうだろう?」
「そうですね」
「だったら、田舎の平民になって、パン屋をしたいよ」
「それは……」
「ロマンも無いだろう? 普通、もっと派手な人生を歩みたがるだろうけど、俺は静かな人生を歩みたいんだ」
「……俺も、そういう人生を選ぶなら歩みたいかな」
事件の少ない田舎町で、平民になってパン屋を開く。
それは、異世界転生する人の中では稀有で、それでいて……別のロマンを感じた。
朝の風の音に、町が朝焼けから起き出す姿。
鶏が鳴いて、平和な一日が始まる。
その頃、焼き立てのパンを焼いて店に並べ――客を待つ。
何の変哲もない生活にこそ、人生が詰まっている。
「……良い夢ですね」
「君も転生するならそういう人生を?」
「まだ決めきれてないんです」
「そっか。まぁ、市役所職員として働いてるくらいだし、ハッキリと決まったものができたら、君も前に進めるのかもしれないね」
「ええ、俺もそう思います」
――このまま、中島ハルアキとしての死を選ぶのか。
――異世界転生して平凡な生活を送るのか。
――市役所に残るのか。
人生を選ぶには選択肢が多いようにも見えるけれど、それは幸福なことなのかもしれないと、今では思う。
俺は……どんな未来を選ぶだろうか。
この異世界に来て二ヶ月目。
三ヶ月しかこの異世界には居られない。
あと一ヶ月で……人生を決めなくてはならないのだと、改めて時間の短さを感じた。
「平穏無事な生活。いいよねぇ……」
「いいですねぇ……」
「別にドラマとか事件がなくていいんだ。ただ、なんていうのかな」
「ん?」
「昔見た映画のワンシーンの一人になりたいんだ」
「昔見た、映画のワンシーン?」
意味深な事を口にする山本へ聞き返すと、彼は歌を歌いながらそのシーンを再現する。
それは、誰もが聞いたことのある映画の歌のワンフレーズで。
「実写化した映画を見たときのパン屋の人の動きも良くてね。あんな町にあるパン屋で、平和に暮らしたい」
「なるほど。別の意味でイベントは起きそうだけど、素敵な世界だろうね」
「ははは! 地味な役割のパン屋かもしれないけど、生活を支える土台になれるんだ。この上ない贅沢だよ」
そう言って笑う山本に、親近感が湧く。
俺も、そんな転生ができるならしたい。
でも、それは栗崎さんや神田を捨てて違う世界に行くことでもあり、どうしてもその踏ん切りがつかないのかもしれないなと……。
(この世界に来て、市役所職員として働き始めて……両手で抱えるものが多くなってしまったのかもしれない。――それも、捨てることができないくらいに)
仕事としては慣れてきた異世界転生審査課の仕事。
慣れることのない心は、そのままに……。
でも、無くしてはいけない心だと理解しているため、やって行けている仕事。
相反する二つだけど、両方がないとこの仕事はできないのだと……理解している。
「君の未来は……どうするの?」
弾かれるように意識が戻った俺は、苦笑いしながら「どうしようか」と口にする。
異世界転生も、中島ハルアキとしての死も、市役所職員になるという未来も。
今はどれかひとつに絞ることはできなかった。
「保留……かな」
「保留か」
「でも、山本の夢は、とっても素晴らしいと思うよ」
「――ありがとう!」
「もしその夢を実現させるというのなら、俺は職員として微笑んで転生を後押しすると思う」
「ははは! 君に言われると少し照れちゃうけど、嬉しいなぁ!」
そう笑い合った山本とは、その後も度々、同じマンションということで、仕事終わりにロビーで会話をすることがある。
そんな仲になっていく。
山本を担当したいけど、きっとそれは運次第な為、俺達のチームが受け持てるかどうかは分からない。
ただ、彼の夢は――応援したいと思えた。
「いつか、恰幅のいいおじさんになって、朝の町でパンを売り歩くんだ」
「ロマンある風景だよね」
「うん、あの映画は俺の最も愛する映画だから……」
そんな彼との付き合いは、それからもしばらく続くことになる。
彼が転生する。その時まで――。
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