そして、『私』
最終話、アンジュ視点です!
乗り心地の良い馬車の静かな振動を感じながら、私は今しがた別れを告げてきた家族達の顔を思い浮かべます。
「アンジュお嬢様、もう皆様が恋しいのですか?」
向かいに座っている私の専属侍女が、珍しくほんのりと微笑みました。彼女は私の嫁ぎ先まで着いて来てくれると即断した、とても得難い人。冷静に有能な彼女が着いて来てくれるのはとても助かります。
「そうですね……。楽しみ半分、寂しさ半分といったところでしょうか」
「大丈夫ですよ。これから先も、アンジュお嬢様は幸せにしかなりませんとも」
「その時は貴女も一緒ですからね」
「あら、それは楽しみです」
私達は笑い合って……降ろした瞼の裏で、先程の情景が思い起こされました。
『アンジュ、手紙を出すから必ず返事を寄越しなさい。いつでも帰って来ていいんだからな?それから……』
『もう、旦那様。口煩く言うのは母親の特権ですのに』
義父様は心配一色の顔で、義母様が呆れてしまう程に注意事項を並べ立てていました。……初対面の『旦那様』と口論になった時には、こんな暖かな親子関係を築けると思っていませんでした。
『『お姉さまあああ!行っちゃやだよおおおお!』』
『ルーシーお嬢様、ジャン坊っちゃま。そのように泣いてばかりではアンジュお嬢様が安心出来ませんよ』
『セバスぅ!フレッドを倒してきて!』
『フレッドじゃ頼りないよぉ!』
『おやおや』
双子達と離れるのは、私としても殊の外辛く、思わず出発を延期しようかと思った程。どうも2人共、フレッド様に懐いているようでいて、敵対視もしているようなので、仲良くして欲しいのが正直なところですが。
『姉上、どうか……お幸せに』
エドの呟きには万感の思いが籠もっていました。私は「貴方もね」と言ってエドを抱きしめ……纏めて義母様に抱き寄せられました。
『うちの者達は皆、貴女がいないと駄目になってしまうから……旦那様ではないけれど、たまには帰ってくるのよ?』
柔らかくて暖かい義母様の腕の中、義母様の声が湿り気を帯びていたのに気付かないふりをして。
『皆様……お世話になりました!』
瞼を持ち上げ、何気なく見た窓の外は、雲ひとつない青空が広がっていました。
「エドはその内、私にあの可愛いお嬢さんについて教えてくれるでしょうか」
私の言葉に、正面の専属侍女がうふふと笑います。
「きっと、お姉様に話すにはまだ気恥ずかしいのでしょう。エドワード様ならば近い内に教えてくださいますわ」
「そうだといいのですが……」
「それよりもアンジュお嬢様。わたくし、フレッド様との馴れ初めを聞きたいです」
「ええ?」
私は、途端に熱くなる、正直者の頬に手を当てて俯きます。
「さあ、ここにはわたくししかいませんし。さあ!」
「……貴女と私だけの秘密ですよ?」
「ええ勿論!」
フレッド様と初めてお会いしたのは、とある夜会での事だったのですが、生憎と私は覚えていないのです。私は相次ぐ挨拶に気力を持っていかれ、フレッド様と言葉を交わした時には集中力を欠いていたので。
ですから、私がフレッド様を認識したのは2回目の邂逅、王都の公園での事になります。
私はその時、申し訳程度の町娘の変装をしていたのですが、靴が合っていなかったのか、靴擦れを起こしてしまって。公園の長椅子に腰掛け、護衛の1人が薬を買いに行こうかという時にフレッド様が通り掛かったのです。
フレッド様は、街中で転んだ子供を手当て出来るように、自作の傷薬をいつも持ち歩いていらしたそうなのですが、その傷薬を使って私の靴擦れをてきぱきと治療してくださいました。
……その、お恥ずかしい話、私は婚約話が全く来ない程人気が無く、夜会に出ても気遣って話し掛けてくださるのはセバスくらいのお年の紳士の方くらいで……女性のお友達はたくさんいるのに。ですから、優しくして頂いて、私が落ちるまではほんの一瞬でした。屋敷まで送ってくださったのなんて、微笑みかけてもらえたのなんて、初めてだったんです、仕方がないんです!
なので、次に夜会でお会いした時には勇気を出して話し掛けに行きました。
お友達(全員女性)や親友のリアーナには随分と驚かれ、心配をかけてしまいましたが、彼女達の協力を得られてからはすぐでした。女性の情報網と行動力は凄いですね。
「……という事で、あまりにあれよあれよと事態が進むので、正直私もあまり実感が……」
「婚儀も執り行ったのに、ですか?」
「夢を見ているような気が、未だに少し……」
呆れ顔で見られ、身体を縮こめていたら、馬車が止まりました。到着したようです。
私はこれ幸いと、御者に手を預け、馬車を降りました。……妾になりに行った時は、誰も降ろしてはくれなかったので、飛び降りたのですよね……今となっては懐かしい思い出です。
視線を前に遣れば、フレッド様が微笑んでくださいました。
うう、フレッド様が何だかきらきら輝いて見えて眩しいです……。
「ようこそ我が家へ、両親も兄もアンジュが来るのを心待ちにしていたよ」
「……フレッド様は?」
「愚問だよ、指折り数えていたとも」
私達の背後で、専属侍女が何か呟いていましたが、風にさらわれて私の耳には届きませんでした。
「あら、実感がない、なんて仰っていたけれど、そんなに幸せそうなお顔をなさっているのなら大丈夫ですね」
お金の為に妾になった筈が、愛する人の妻になりました。
今は何だか、幸せのお裾分けをしたい気分です。
みんな、幸せになりますように。
これで完結になります。もう詐欺もありません、正真正銘の完結です!笑
もう少し書こうかとも思いましたが、少し休んだ時に読み返してみたら、これ以上はアンジュ賛美が続いて飽きるな?と気付いてしまい……。
ともあれ、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!また別の作品でお会い出来れば嬉しく思います!




