『弟』後編
2話連続投稿なので、弟視点前編が前に投稿されています。ご注意ください。
僕の血縁上の父親を排除してからは、それまでと比べ物にならない平穏な日々が続いた。
僕は解雇された使用人達を再び雇い直し、伯父上に当主としてあるべき姿を学びながら、日々を過ごした。
姉上の事は、悔しいがどうにも出来なかった。何しろ向こうは大貴族、こちらは吹けば飛ぶような弱小貴族だ。
……と、くよくよ悩む僕を嘲笑うかのように、姉上から手紙が届いたのは、姉上が売られていってから1年も経っていなかった頃だろう。
「エドへ」と懐かしい筆跡で書かれた手紙を、最初僕は開けられなかった。姉上が苦しんでいる様子を、冷静に見られる気がしなかったのだ。その時の僕に言ってやりたい、「いいからさっさと読め」と。
結果から言うと、僕の心配はただの杞憂でしかなかった。
姉上はさらりと、引き取られた先で養子になる事になったと書いていた。その内遊びに来て欲しいとも。僕は読み進めながら、大笑いしてしまった。
その時に流れた涙はきっと、笑いすぎた所為で零れてしまったのだろう。
僕が姉上に会いに行った時、姉上は姉上の義母様と散歩しているところだった。
まず姉上が溌剌と元気そうな事にほっとし、次に姉上の義母様が美しさで名高い『妖精姫』である事に驚いた。僕は姉上を買った姉上の義父様の事は調べても、その奥方の事は調べる対象にしていなかったのだ。
姉上は我が家にいた時よりものほほんとした顔で、姉上の義母様の妖精っぷりについて語り倒し、彼女の頬を染めていた。天然人たらしは健在のようだった。
それから時々姉上と会いつつ、姉上の義父様に教えを乞うたりしていたら、あっという間に月日は流れ、姉上の義母様が双子を出産したのは僕が11歳の頃。
本来なら家族ですらない僕を出産の時に呼び寄せたのは、姉上が不安定になっていたからだったようだ。なので、僕にまで生まれた双子を見せてくれるとは思わなかった。
赤子達は小さくてくしゃくしゃで、ふにゃふにゃと泣く、何とも頼りない存在だった。後に会話を交わせるような自我を持つようになるとは、思えないような。
双子がすくすくと育ちゆく傍らで、姉上もめきめきと知識を吸収して、会う度に淑女らしくなっていった。後継ぎが生まれたので、姉上の扱いが悪くなったらどうしようかと危惧していたけれど、むしろ、どこに出しても、誰と話しても恥ずかしくない教養を身につけさせてもらっていたようで、僕は一瞬でも姉上の義両親を疑った事を恥じた。
姉上は社交界で受け入れられ、王妃にも気に入られ、双子は僕を慕ってくれていて、とても可愛らしい。昔からは想像出来ない程に順風満帆で、穏やかな日々。
後の気がかりは、姉上が18歳になっても婚約者すらいない……有り体に言えば行き遅れかけている事。とはいえ今でも姉上に婚約の申し込みは山のように来ているようだが、姉上の義父様が全て握り潰しているようだ。恋愛婚をしてほしいからなどと言っていたが、あれは完全に『娘を嫁にやりたくない父親』でしかなかった。
……なので、姉上が「気になる人がいるんです」と言い出した時、姉上の義父様は表立って反対出来ずに、苦虫を噛み潰したような顔をしていた訳だ。
姉上は、令嬢達や家族達の鉄壁の護りの弊害で、男性への耐性が無かった。したがって、恋に落ちるのは一瞬だったのだ。
僕も姉上の義父様も、相手の男の事は徹底的に調べた。……今時珍しい程の真面目な青年だった。
名前はフレッド、隣の領地の当主を父に持ち、次期当主の兄とは違い、社交界にあまり顔を出さず、愛想を振りまける質ではない。女性があまり得意ではないので婚約者はおらず、薬草研究で名が知れている事からそれなりに自由を許されている模様。
夜会で姉上に挨拶され、恋心が芽生えるも、高嶺の花と思って断念。しかし王都の街中で困っている姉上に再会し、手助け。仲を育み始める。
姉上以外の女性には見向きもせず、姉上にまめな手紙やちょっとした贈り物を欠かさず贈る……。
「何だこの好青年は!逆に胡散臭いだろう!」
僕と姉上の義両親で密かに集まり、調べた結果を目の当たりにして、姉上の義父様は憤っていた。
「あら、わたくしはよくこんな好物件が残っていたなと感心しておりますわよ?」
「これは絶対裏がある!」
「旦那様もいい加減アンジュ離れすべきですわね。今度我が家にいらっしゃるようですから、そこで裏があるのか見極めたらよろしいのではなくて?」
「アンジュ離れは君も出来ていないだろうに……」
「な、に、か、おっしゃいまして?旦那様?」
あの時の姉上の義母様は、笑顔なのに底冷えする恐ろしさだった。姉上の義父様が小さくなっていたのも仕方のない事だろう。
実際に会ってみたフレッド様は、少し気が弱そうで頼りなくも見える、穏やかな青年だった。
「はじめまして。弟のエドワードと申します」
「はじめまして」
第一印象は落ち着いた人、だった。しかし、小声で「アンジュ嬢にそっくりだ」と呟いていたのを聴いて、何ともいえない気持ちになった。
僕は気を取り直して、少し踏み込んでみた。
「あの鈍くて男性に慣れていない姉上を、どうやって手なずけたのでしょう?」
純粋さを装って、慇懃無礼に尋ねてみたら、照れ笑いが返ってきた。
「本当に夢のようだと思っています。あのアンジュ嬢と親しくさせてもらえるなんて」
まるで草食動物のような人だと思った。僕が刺のある言葉を投げかけても、誰かを彷彿とさせる雰囲気で、のほほんと笑っている。
ここまでのやり取りで、姉上と彼がお似合いだとは確信してしまったので、これ以上いびるのはやめておいて差し上げた。何というか、とぼけ具合が姉上にそっくりで、波長が合うのもさもありなん、という感じだった。
しかし後日、双子が言うには随分と格好良い事を言っていたらしい。考えてみれば、ただの馬鹿である筈は無かった。薬草研究は頭が切れないとまともに成果を残せない分野だし、フレッド様はそんな中で名を馳せていたのだから。
何度かフレッド様と会話してみるうちに、頭の良さが時折垣間見れ、内心舌を巻く事もあったが、やがて分かった。たまに出るとぼけた発言も地であり、つまりは天然が入っている天才なのだろう。
双子は姉上を奪われてなるものか、と威嚇していたから、宥めておいた。姉上は周りの人の仲が良いと嬉しそうにするから。
「……良かったですね、姉上。どうぞお幸せに」
僕は、例の如くさらりと書かれた姉上からの手紙、『近々婚儀に招待する』という一文を撫で、少しだけ微笑った。
次回は久々のアンジュ視点になると思います!




