2日目
鳥人類の世界に来て二日目の朝。
私は、慣れない羽毛ベッドから起き上がって大きく欠伸をした。うーんよく眠れなかった。
羽毛が入ったベッドはとても柔らかくて気持ちが良かったんだけど、起きて思ったことは「夢じゃなかったんだ」ってことだった。
「夢オチなら良かったのに〜」
渋々起きあがり窓の外を見る。
チュンチュンと朝を告げる小鳥の囀り。
うん? 囀り?
小鳥は喋らないのかな。
いまいち世界に馴染めていない。
扉をノックする音が聞こえたので返事をした。
入ってきたのは、昨日会ったばかりのメンフクロウ。
長身で、足は長く身体つきもモデルさんみたい。
でも顔はメンフクロウ。
服装は、私にも馴染み深いズボンに長袖のシャツ。少し違うところは、袖の部分は羽毛で嵩張っちゃうからなのか、長い袖になっていて、下の部分が紐で編んである。
見たことないけれど、空を飛んだりする時に服が邪魔になるからだって。
どうやって飛ぶんだろう。
「おはようございます、賢者様」
「おはようございます」
「朝食のお支度が出来ましたよ」
「はーい」
私はのんびりと返事をしながら、彼に着いていく。
昨日は、何故召喚されたのかとか、今居る場所について教えてもらった。
この世界は、色々な鳥類が混在しているけれど、こうして彼のように人と同じように手足がある人は、あくまでごく一部の人らしい。
さっき聞こえてきた鳥の囀りは、私の世界と同じで鳥類のまま進化を遂げたらしい? よく分からないけれど。
「その辺、詳しく説明をすると、恐らく長時間の授業が始まってしまいますので掻い摘んで説明します」
「それでお願いします……」
私、歴史は苦手なんです。
暗記モノは睡魔が襲ってくるから。
「覚えておいて頂きたいことは、私のいる猛禽類の一族が、とある一族と戦争を起こす直前になるほど緊迫した状態であるということで、貴方様にはその戦争を回避して頂くためにお越し頂きました」
相変わらず責任重大な役割だった。
「私なんかで役に立ちますか?」
「それはもう。私達では考えも及ばない能力を、貴方はお持ちなのですから」
なんてメンフクロウのアルバさんはそう言っていた。
そうそう、彼の名前はアルバって名前らしい。
苗字という概念はないそうだ。
おおよその世界に関する話を聞いて、突然の状況に混乱があったということもあってその日はさっさと休んでくださいと、何処かの屋敷に連れて行かれた。
あれよあれよという間にベッドの中。
厳禁なことに、お布団に入ってすぐ眠ってしまったみたい。
私も相当肝が座ってる。
そして今日。二日目の朝。
朝食に出されたメニューは、サラダにスープ。それから美味しいお水。そして、見たことが無いハンバーグのようなもの。
何だろうと思って一口食べてみたら、独特な麦の味がした。美味しい。味付けもケチャップみたいに野菜をベースにしたものみたいで、ジャンクそうに見えるけどヘルシーな料理だった。
「賢者様のお口に合いますか?」
「大丈夫です! 美味しいです」
美味しくてニコニコ笑っている私に、メンフクロウのアルバはホウ、と小さな鳥の鳴き声を漏らした。
うーん可愛い。
長身で私より体型が大きいのに可愛い。
食事を終えた後、改めて屋敷の中を案内された。
不思議なことに、アルバ以外には誰も見つからなかった。てっきり召使いとかいそうなのに。
そんな話をしたらアルバは嘴を僅かに上げた。
「猿人類の方はだいぶ薄れているようですが、私達鳥人類は縄張り意識が強いのです。なので、身内以外を自宅に入れるような行為は極力致しません」
「そうなんですね」
一つ気になるワードが出てきた。
「アルバさんに身内……奥さんとかいらっしゃるんですか?」
「……おやおや、これはこれは」
喉元をグルルと鳴らす。
「生憎、私はこのように性格が破綻しかけているため、大事な人を娶らないようにしているのです」
「あ、そうなんですか」
自分で破綻しているって気付いていましたか。
「そこはお世辞でもそんな事ないですよと言ってくださいよ」
アルバさんは悲しそうに私を見ていた。細目で。
食事を食べたら、外の世界を見てみましょうと言われていたので、楽しみに待っていた。
洋服は、いつの間に揃えていたのかこの世界で女性が着る洋服が用意されていた。
長いスカートが可愛らしい。そして袖にはアルバさんとお揃いのように紐がある。
「それでは失礼して」
外に出た途端、アルバさんは私を姫抱っこしてきた。
人生で二回目の姫抱っこも、トゥンクとしなかった。でもやっぱり羽毛は気持ち良い。
と、思っていたけれど。
「すみません、空を飛びたいのでしがみついてください」
と言われた。
しがみつくと言われても。とりあえず私はアルバさんの首にしっかりとしがみついた。
考えれば恋人いない歴年齢の私が、異性とこんなに接近したのって初めてだ!(ただし鳥類だけど)
そんなことを呑気に考えていたら、抱きしめてくれていた腕が離れた。ぶらん、とぶら下がるみたいに私はアルバさんにくっついている。首、痛くないかな。
すると、私と同じ形をしていたはずの指が、手が、腕が、流れるようにして翼に変わった。
「えっ」
呆然と眺めていたけれど、身体が突然の重力に押されて、私は本気でアルバさんに首にしがみついた。
と、と、と、飛んでる!
見下ろせば森は足元に。さっきまで過ごしていた屋敷は小さくなっていた。
あれ、よく見たらアルバさんの足元が、鳥になってる!
いや、元々鳥なんだけど。
さっきまで靴履いていたように思ったんだけど、今はまさに鳥の脚。
えーっと、何て言うんだっけ。
あ、そうそう。あしゆび? 趾だっけ。ゲンさんに教えてもらったはず。
大きく見たこともないサイズ。
顔はお面かもなんて疑っていたけれど、こうして空を飛ばれて、鳥と同じ脚を見せられて。
ああもう、疑う余地はないや。
私は二日目にして、やっと現実を受け入れた。
「到着しました」
そろそろ腕が痺れる頃に、アルバさんは私を下ろしてくれた。
しがみついていて分からなかったけれど、下された場所を見て私は声をあげた。
だって、アルバさんみたいな人? 鳥が沢山そこには居たのだから。
連れてこられた場所はキレイな泉のほとりだった。
周りには木で作られた小さな小屋や屋台が見える。
不思議なことに、アルバさんのように顔が鳥、身体が人のタイプもいるけれど、他にも色んなタイプがいた。
さっきみたいに飛ぶ状態で見せてくれたアルバさんの様子……足と羽根が鳥の形をしている人もいれば。
姿が全く私と同じ……人のタイプも見かけられた。ああでも、よく見ると尾羽がある。あ、あっちはトサカが。
かといえば、もう、100%鳥類! なんてタイプもいた。サイズ感が全然ばらつきがあって、不思議な光景だった。
うーん、人によっては気絶しそうな光景だけど、私は結構好きかも。
羽毛最高。
「フクロウ以外にも種族がいるんですね」
「ええ。ただ、この一帯を管轄している種族が、貴方の世界で言う猛禽類ですね」
「そういえばどうして私、言葉が通じているんでしょう?」
あまりに違和感なく会話しているから気づかなかった。
「それを話すと、また長い授業になりますけど」
「じゃあ遠慮しておきます」
異世界はすごい、ということで私は片付けておきました。
「色々な姿があるんですね」
気を取り直して私は思ったことを口にしてみた。
私にとっては当たり前とも言える姿を人型と言うらしい。
それと、アルバさんのように顔が鳥の姿は鳥人型だとか。
他には完全に鳥の姿は鳥型。
この世界の自動翻訳は分かりやすい。
「皆、過ごしやすい格好をしていますけれど人型になれる者は少ないですね」
ということは。
「もしかしてアルバさんも人型になれるんですか?」
人型の姿を見かけた時にふと思った。
だって、尾羽とかトサカがなければ絶対に同じ人だって勘違いしちゃうような姿。
過ごしやすい格好にするために、人型から鳥型、鳥人型など姿形を自由に変えられる鳥もいるらしい。
だったらアルバさんも出来るんじゃないかな?
じっとアルバさんを見つめていたけれど、相変わず何考えてるかよく分からない目を細めているだけだった。
うん、これははぐらかそうとしているな。
「さて、賢者様。まずはこの集落を護る者を紹介しましょう」
完全スルーして話を進められた。
うーん、賢者に対しても塩対応。アルバさんの性格がちょっと分かってきた気がする。
「ゴルド」
アルバさんが遠くにいるであろう、誰かの名前を呼ぶ。でも、周りを見渡しても反応する姿は見当たらない。
見間違いでもしたのかな、なんて思っていたら。
空から突然人が降りてきた。
「何の用だ? アルバ」
「賢者様をお連れしたんだよ」
「賢者だぁ?」
鋭い目つき。
あ、これは見覚えある。ギロっとした感じ。
人型をしているのに分かった。
「アルバさん、この方はアメリカンワシミミズクですね!」
「お、流石賢者様。正解です」
「無視すんじゃねえよ!」
口の悪いアメリカンワシミミズクの人は、人の顔をしているけれど、顔つきがそのままミミズクだったのですぐに分かっちゃった。
「賢者様、紹介します。この森一帯を護衛してくれるゴルドです」
「あかねと言います。よろしくお願いします」
私はだいぶ見上げる形でゴルドさんに挨拶をした。
ゴルドさんは更に瞳を鋭く睨みながら、私から目を逸らしてアルバさんを見た。
「今度はうまくいくといいな」
ん? 今度は?
「ゴルド。賢者様にはまだ何も説明していないのですから、誤解を招くような言い方はしないでくださいね」
やんわりと諫めるアルバさん。
ハッと鼻で笑うゴルドさん。
「時間の問題だろ。一体この賢者様は、俺達に何をしてくださるんだろうな」
うーんこの感じ。
どうやら歓迎されていないみたい。
でもゴルドさんの言う通りだと思う。
私は一体、何をするんでしょう?