【エピローグ②】君のいる明日
〈某異世界〉
――それから。
二人の生活が始まった。
六十二年前には叶わなかった、何でもない、二人の日常が――
「おい」
「なに?」
「食うな」
「食べてないよ」
「口動いてるだろ」
「味見」
「五回目だぞ」
「聖女の舌は繊細なの」
「料理人の舌を信用しろ!」
純弥はこの世界でも料理人になった。
知らない食材。
知らない調味料。
知らない文化。
最初は失敗ばかり。
それでも面白かった。
一方。
唯依奈は相変わらず、聖女だった。
困っている人がいれば、首を突っ込む。
頼まれていなくても、首を突っ込む。
その度に。
女神の始末書は増えた。
その一方で。
表彰状も増えていった。
――何も特別ではない日々。
一緒に朝を迎える。
一緒に飯を食う。
喧嘩する。
笑う。
夜になれば、同じ家へ帰る。
そんな。
二人にとってはずっと手に入らなかった日常。
――それから。
しばらくの時が流れた。
一つの新しい命が。
いや。
二つの新しい命が。
この世界に、生まれようとしていた。
「純弥!」
「うるせえ!」
「どうしよう!」
「俺に聞くな!」
「二人いる!」
「双子なんだから当たり前だろ!」
「知ってるよ!」
「じゃあ騒ぐな!」
「――だって!」
『……いい加減落ち着きなさい』
『私が事前に伝えていましたよね?』
「……こっちの世界にエコーがないのが悪い」
『女神よりエコーを信じるのですか?』
「……慣れの問題です」
『大丈夫ですよ』
『すぐに慣れると思いますから』
女神と純弥の横では、
ベッドの上の唯依奈が、二人の赤ん坊を見つめていた。
女の子。
男の子。
小さな身体に小さな手。
二人並んで眠っていた。
「かわいい……」
「……ああ」
純弥も隣から二人を覗き込む。
何度経験しても不思議だった。
「ねえ」
「ん?」
「どっちが純弥似?」
「知らねえよ」
「まだ分かんない?」
「生まれたばっかだぞ」
「女の子は私かな?」
「どっちでもいいだろ」
「よくない!」
「元気ならいいよ」
「お前も子供たちも」
「……」
唯依奈が少しだけ目を丸くする。
そして、笑った。
「うん」
「そうだね」
その時。
女の子が小さく手を動かした。
「……ん?」
純弥が目を細める。
“何か”が握られていた。
――見覚えのある何か。
「……おい」
「なに?」
「女の子のほう」
「――変なの持ってないか?」
「え?」
唯依奈が覗き込む。
小さな。
小さな手。
その中に淡い光が輝いていた。
「……」
唯依奈の顔から笑顔が消える。
「え?」
「これ……」
唯依奈も見覚えがあった。
忘れるはずがない。
かつて、一人の少女の命を救ったもの。
魔王から借りた宝玉。
「……なんで?」
純弥も目を見開く。
「これ」
「結愛の……」
『ようやく気付きましたか……』
女神が赤ん坊を見る。
その表情はどこか、呆れているようにも見えた。
「女神様」
唯依奈が女の子の手を見る。
「これ……」
『はい』
「なんで」
『……』
女神はすぐには答えなかった。
ただ、小さくため息を吐く。
『本当に』
「?」
『親子というのは』
『似るものなのですね』
「どういう意味?」
『こちらの話です』
「女神様?」
『すぐに分かります』
「またそれ!?」
『あなたにだけは言われたくありません』
「なんで!?」
純弥は女神を見る。
そして、女の子を見つめる。
「……結愛?」
小さく名前を呼ぶ。
女の子がにやりと笑った気がした。
「……まさかな」
「純弥?」
「いや」
「なんでもない」
不安を感じた純弥は、その隣の男の子を見つめる。
目が合った途端、小さく鼻を動かした。
「……」
「?」
純弥が男の子を見る。
すん。
すん。
何かの匂いを探しているように。
「……なんだこいつ」
「お腹空いたんじゃない?」
「そうなのか?」
「たぶん」
純弥が指を近づける。
男の子の小さな手がその指を掴んだ。
「……」
妙に力が強い。
「いてて」
「大袈裟」
「結構強いぞ」
「純弥に似たんじゃない?」
「俺はこんなんじゃねえよ」
女神がそんな二人を見ていた。
そして。
もう一度、女の子へ視線を戻す。
女神と女の子の目が合う。
『……』
女の子が小さく笑った。
そして。
片方の目を閉じた。
一瞬。
ほんの一瞬のウインク。
『…………』
女神の眉間に深い皺が寄った。
やがて。
諦めたように息を吐く。
『……お久しぶりですね』
『――結愛さん』
「……は?」
純弥の動きが止まった。
唯依奈も目を見開いている。
その時。
隣の男の子が小さく鼻を動かした。
すん。
すん。
『そして』
女神が男の子を見る。
『――初めまして、璃玖さん』
「…………」
純弥が双子を交互に見る。
「……は?」
女の子が。
また、にやりと笑った気がした。
女神がため息を吐く。
とても。
とても。
長い。
ため息。
『本当に……あなたたち親子は……』
「何?」
『何でもありません』
「気になる!」
『……純弥』
「……?」
『プリンが食べたい気分ですので、よろしくお願いします』
「……おいおい」
『この子たちの分まで食べますので』
『――くれぐれもお願いしますね』
「…………」
『――奇跡のプリンの力ですかね?』
純弥の頬が引きつる。
女の子――結愛が。
楽しそうに笑ったような気がした。
男の子――璃玖も。
どこか満足そうに純弥の指を握っている。
「……お前ら」
純弥が頭を抱えた。
「ここまでやって来るのかよ……」
呆れた声とは裏腹に、口元には笑みが浮かんでいた。
左には、昔から何一つ変わらないようで。
それでも、長い時間を一緒に歩いてきた唯依奈。
腕の中には。
かつて、現世で自分を見送ってくれた大切な二人。
形を変えて、もう一度。
自分の子供として戻ってきた。
「……なんだよ」
純弥が小さく笑う。
「結局」
「お前らも、いるじゃねえか」
「……何が?」
唯依奈が首を傾げる。
「なんでもねえよ」
純弥はそう言って。
もう一度、双子を見た――。
雨は降っていない。
明日もきっと来る。
その明日には、唯依奈がいる。
二人の子供もいる。
そして。
また、くだらないことで笑い合うのだろう。
「純弥」
「ん?」
「幸せ?」
「……急になんだよ」
「いいから」
「……」
純弥は唯依奈を見る。
十八歳の時、約束した少女。
一度。
永遠に失ったと思った。
もう会えないと思った。
望んでいる明日は、二度と来ないと思った。
それでも。
何度も遠回りして。
何度も別れて。
ようやく、ここまで来た。
純弥は、二人の子供を見る。
それから、唯依奈を見る。
「まあ」
「悪くねえよ」
「何それ!」
「十分だろ」
「ちゃんと言って!」
「面倒くせえ!」
「純弥!」
笑い声が部屋に響く。
その声は誰にも遮られない。
隣にいる人へ届いていた。
――約束した明日は。
ずいぶん遅れて、ようやく二人のもとへやってきた。
結愛と璃玖まで連れて――。
(――おまけがついてくるなんて、聞いてねぇよ!)
――完――
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて『聖女の力で幼馴染を転生させたのに、すでに子持ちでした』完結となります。
唯依奈と純弥、そして結愛たちの物語を最後まで見届けていただけたこと、
とても嬉しく思います。
少しでも「面白かった」「読んでよかった」と感じていただけましたら、
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唯依奈と純弥たちの「その先」が、皆様にとって笑顔の残る物語になっていれば幸いです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




