2. 『死神』
国が認定した神子には、二つ名と呼ばれる称号のような名称が与えられる。先に述べられたセラ・フローライトの例で言うと、『揺籃』という呼び名がそれに当たる。二つ名によって待遇や地位が変わるなどということはなく単なる渾名のようなものではあるが、貴族における爵位名のように、神子を呼称する時は二つ名も併せて使われることが常だった。
二つ名は神子を選んだ神や、その権能にちなんだ意味の言葉で作られる。アルヴィ・スピネルもまた例外ではなく、国から与えられた二つ名があり、公式の場ではそちらで呼ばれている。だが彼の場合、二つ名とは異なる悪名のような呼び名の方がよく知られていた。
平等に、そして慈悲なく、終わりをもたらす者。逃れられない運命へと導く案内人。命を刈り取る執行者。
すなわち──死神である。
◆◇◆
必要事項を全て聞き終えたアルヴィが退室した後も、シャンドリ伯爵はすぐには立ち上がらず、一つ溜息をついた。入室後からずっと傍らで控えていた秘書……パウエル男爵は、何とも言えないような表情で呟く。
「……スピネル殿に直接お会いしたのは、これが初めてでございますが。いささか、風評とは異なる方のようですな」
「風評か。概ね予想はつくが、君は彼についてどんな風に聞いていたのかね」
「その、聞いたままを申し上げますと……見るも悍ましい容貌で、その目を見てしまった者は三日三晩悪夢に魘されるとか。殺戮を何より好んでいて、気まぐれに周囲にいる人間の命を奪おうとするとか……先ほど閣下と会話されていた時は全く普通の穏やかな青年で、そんな様子は微塵もありませんでしたが」
「当たり前だ。たかが噂話とはいえ、よくもまあそんな悪罵をまことしやかに囀るものだな。そのような危険人物が王宮に仕えるなどできないということくらい、少し考えればわかるだろうに」
伯爵は不愉快な表情を隠しもせずに首を振る。アルヴィもアルヴィで、何を言われようと否定するどころか、あえて肯定して流してしまう。悪意のある視線に長年晒され続けて心が麻痺してしまったのかもしれないが、六年前の彼がまだ少年だった頃から接している身としてはやりきれない話である。
「確かに彼の、神子としての能力は非力な人間にとって恐ろしいものではある。過去に、事情があったとはいえ数多の死をもたらしたことも本当だ。だが、決してただそれだけではない。──彼もまた、心を持つ一人の人間であることに変わりはないのだがな……」
◆◇◆
伯爵の執務室から辞して屋外へ出ると、まだ昼前ではあるものの出発時より日は高く上り、空の青色はいくぶん濃くなっていた。アルヴィは歩き続けながら急に飛び込んできた遠征準備の算段を立てていたがふと、先ほど聞いた今回の護衛対象についての情報を思い出す。
(『揺籃』の神子──セラ・フローライト。癒しの神に選ばれた少女、か)
石の名の姓ということは自分と同じ平民出身かもしれないな、と考える。このウォーテル国では姓を持たない平民が神子になった場合、鉱石の名を姓として与えるという習わしがあるのだ。
伯爵の説明でようやく知ったが、セラは半年前に神子となったばかりの、十五歳の少女だということだった。彼女を選んだ神は癒しと浄化を司る一柱であるため、その神子である彼女も当然ながら闘いに利用できる権能は持ち得ない。それでも今回駆り出されることになったのは、将来戦場などで傷ついた兵士たちを回復させる役割が期待されており、その訓練のためということだった。
(僕とは正反対の性質だな。それなのに結局同じように戦場でこき使われるなんて。ああ、でも──僕と違って、人気者になるだろうから……並べて語るなんておこがましいか)
自嘲すると、自然と口元が皮肉げに歪む。
アルヴィを選んだ神の権能は、ただ一つ。それはどう頑張っても命を奪う目的でしか使いようがなく、だからこそありとあらゆる人間に忌避され、嫌悪されてきた。気まぐれに自分を殺せるような相手に対し好意的に接することのできる人間など、そうはいない。
シャンドリ伯爵は今王宮にいる人々の中ではほぼ唯一と言ってよいお人好しだと、アルヴィは常々思っている。もちろん感謝はしているが、自分の存在が彼の足を引っ張っていることを考えると後ろめたさもあり、もう放っておいてくれてもよいのにとも考えてしまう。初めて会った六年前……十二歳の子どもだった頃とは、もう違うのだから。
(セラか魔導士部隊の何人かはたぶん体力温存目的で同じ馬車になるだろうな。まず話しかけてはこないだろうけど、今から空気になる練習しとこ)
憂鬱な物思いを無理矢理斜め上の方向に切り替えた彼は、再び明日に向けた準備の段取りに意識を戻す。突発的な予定を入れられて困るほど多忙な身では決してないが、明日の出立時刻は夜明け頃だ。頭の中で優先順位を組み立てると、アルヴィは使用人宿舎棟へと向かって行った。




