第九十四話 帰る場所
眩しい光が
浩平と円を包み込む
一歩
また一歩
鏡の中を進んでいく
やがて
光が静かに消えた
――――
浩平はゆっくりと目を開く
目の前に広がっていたのは
見慣れた景色だった
青い空
アスファルトの道路
電柱
遠くを走る車の音
「帰ってきた……」
思わず言葉がこぼれる
円も辺りを見回し
小さく微笑んだ
「日本だね」
浩平は静かに頷く
「ああ」
「帰ってきた」
――――
二人は
ゆっくりと歩き始める
見慣れた道
信号機
コンビニ
何気ない景色が
どこか懐かしかった
円が空を見上げる
「向こうと同じ空なのに」
「少し違って見えるね」
浩平は笑う
「そうだな」
「帰る場所だからかな」
――――
しばらく歩くと
見覚えのある駅が見えてきた
人々が忙しそうに行き交う
誰も
浩平たちが異世界から帰ってきたことなど知らない
それが
少しおかしかった
「なんだか」
「夢だったみたいだな」
浩平がそう呟くと
円は首を横へ振る
「夢じゃないよ」
「ちゃんとここにある」
そう言って
浩平の工具箱へそっと触れる
浩平も工具箱を見る
もう光ることはない
けれど
傷だらけの木箱には
異世界で過ごした日々が
確かに刻まれていた
「そうだな」
「夢じゃない」
浩平は優しく工具箱を肩へ掛け直した
――――
夕暮れが近付く頃
二人は
見慣れた住宅街へたどり着く
「あそこだ」
浩平が指差す
見慣れた我が家
庭の木も
玄関も
何も変わっていない
浩平は立ち止まり
深く息を吸った
円がそっと手を握る
「帰ろう」
「ああ」
二人は並んで歩き出す
玄関の前まで来ると
浩平は少しだけ笑った
「なんだか」
「緊張するな」
円も笑う
「私も」
浩平はゆっくりと
チャイムへ手を伸ばした
ピンポーン
家の中から
誰かが走ってくる音が聞こえる
浩平と円は顔を見合わせ
静かに微笑んだ




