第八十三話 境界線の向こう
翌朝
国境には
冷たい朝霧が立ち込めていた
王国軍と魔族軍は
互いに一定の距離を保ち
静かに向かい合っている
その中央には
誰の国にも属さない
小さな草原が広がっていた
ここが
中立地帯だった
――――
「浩平さん」
エリオットが静かに声を掛ける
「ここから先は」
「あなた方だけです」
浩平は頷く
「分かりました」
円が隣に並ぶ
「行こう」
二人はゆっくり歩き出した
王国軍の兵士たちは
固唾を飲んで見守っている
――――
反対側からも
一人の男が歩いてくる
護衛はいない
漆黒の外套をまとい
堂々とした足取りで近付いてくる
男が立ち止まる
浩平たちとの距離は
数メートル
静かな風が吹き抜けた
「初めまして」
男は穏やかな声で口を開く
「余が」
「魔王だ」
浩平は驚いた
もっと恐ろしい姿を想像していた
しかし目の前にいるのは
威厳こそあるものの
落ち着いた雰囲気を持つ一人の男だった
浩平は軽く頭を下げる
「初めまして」
「相澤浩平です」
「便利屋をしています」
その言葉に
魔王は少し目を丸くした
「便利屋……か」
「面白い肩書きだ」
――――
しばらく沈黙が続く
やがて魔王が微笑んだ
「人間は」
「会うなり剣を抜く者ばかりだった」
「お前は違うようだな」
浩平も笑う
「私は」
「直すのが仕事です」
「壊すのは苦手なんです」
魔王は小さく笑った
「なるほど」
「噂どおりの男だ」
――――
円が静かに口を開く
「私たちは」
「戦争を終わらせたいと思っています」
魔王は円へ視線を向ける
「余も同じだ」
その一言に
浩平は思わず顔を上げた
「本当ですか」
「ああ」
「失うものが増えるほど」
「戦争は愚かなものだと分かる」
その表情には
偽りは感じられなかった
――――
その時だった
ズン……
ズン……
遠くの森から
低い地響きが聞こえてくる
魔王の表情が変わる
「この音は……」
浩平も耳を澄ます
兵士たちがざわめき始める
森の奥で
何か巨大なものが動いていた
魔王は静かに呟く
「予想より早かったか」
浩平は魔王を見る
「何が来るんですか」
魔王は険しい表情で答えた
「人間でも」
「魔族でもない」
「共通の敵だ」
静まり返った国境に
再び地響きが響いた




