第七十五話 変わらない二人
工房には
静かな時間が流れていた
浩平と円は
作業台の横に並んで腰を下ろす
お互いに笑っている
それだけで十分だった
「本当に浩平なんだね」
円がそっと呟く
「うん」
「本物だよ」
浩平は照れくさそうに笑う
「少し老けた?」
円は浩平の顔をじっと見つめる
「ううん」
「ちょっとだけかな」
二人で笑った
――――
円はバッグから
もう一枚写真を取り出した
「これ見て」
浩平は写真を受け取る
そこには
息子夫婦と椿綺が写っていた
椿綺は満面の笑みで
カメラへ手を伸ばしている
浩平は思わず笑顔になる
「大きくなったな」
「歩くようになった?」
「うん」
「毎日元気に走り回ってる」
「そうか」
浩平は写真を何度も見つめた
「会いたいな」
その一言に
円は静かに頷く
「みんなも同じだよ」
――――
「そうだ」
円は思い出したように紙袋を差し出す
「お母さんから」
「浩ちゃんにって」
浩平は中をのぞく
「飴だ」
思わず笑ってしまう
「お母さんらしいな」
一つ口へ入れる
懐かしい甘さが広がった
「変わらない味だ」
「お母さんも」
「浩ちゃんは絶対喜ぶって言ってたよ」
浩平は少し照れくさそうに笑った
――――
しばらくして
円が辺りを見回す
「ここが」
「浩平のいた世界なんだね」
「うん」
「異世界」
「でも」
「暮らしは日本とあまり変わらないよ」
「みんな優しい」
「そうなんだ」
円は安心したように微笑んだ
「浩平らしいね」
「困ってる人を放っておけないんでしょ」
「分かる?」
「四十年近く一緒にいるんだから」
浩平は苦笑する
「隠せないか」
「全然」
また二人で笑った
――――
その時
静かだった工具箱が光を放つ
【特別依頼 継続中】
浩平と円は同時に工具箱を見る
新しい文字が浮かび上がる
【残る工程 一つ】
【家族へ笑顔を届けてください】
浩平は表示を見つめた
「笑顔……」
円も優しく頷く
「きっと」
「まだ終わりじゃないんだね」
浩平は工具箱を静かに閉じる
「うん」
「もう少しだけ」
「付き合ってくれる?」
円は迷うことなく笑った
「もちろん」
二人は立ち上がる
工房の外では
柔らかな風が
新しい物語の始まりを知らせるように吹いていた




